第二話・壱 ー慟哭ー

倒れている炎が発見されてから、1週間が経とうとしていた。二代目犬剣への襲名式も中止され、D-HANDSとしても、かなり痛手を被ってしまった。


「おう、どうや、陸…まだ炎の意識は戻らんか…」

ゆっくりと病室のドアを開け、父であり、初代犬剣である宝治がやってきた。関係各所への謝罪行脚のせいか、疲れが見える。

「あぁ…まだや…なんでこんなことになってもうたんや…」

一人掛けのソファにどかっと腰をおろし、書類を数枚、寝ずの看病で付きっきりだった陸に渡した。

「警察がこんな書類渡してきてな…見てくれ…」

陸は書類を見ると、信じ難い言葉が書かれていた。


【違法薬物の使用、所持の疑い】


「親父、なんや…え?薬物中毒て…どういうことや!」

宝治はため息をつく、宝治自身も信じられないようだった。

「炎の体の中に、巷で流行っとる「ミミズ」の成分が検出されたらしい…上着にもパケが入っていたらしいんや…」

陸は愕然としながらも、書類の続きを読んだ。

書類の続きには『経口摂取によるもの。舌、食道に残存有。吐しゃ物からも検出』と書かれていた。

陸は書類を握りつぶしながら、ふつふつと湧いてくる怒りを鎮めるのがやっとだった。

「んなアホな!炎にぃがクスリなんてやるわけないやろ!誰かに…せや、誰かに盛られたんや!」

「わかっとる、それくらい!」

宝治も疲労からか、落ち着きを無くした陸に怒鳴りつけてしまった。ビクッと動きを止める陸。

「あ…すまん……今、下に調べさせとる…それでやな、お前に折り入って話があってきたんや」

色々な感情を抑えられずにいる陸をなだめながら、宝治は言った。


「炎はこんな状態や…考えたんやけどな…お前の方が真面目やし皆を最終的にまとめるのが仕事やったやろ……お前がわしの跡目、継がんか?」

陸は絶句した。目の前にはまだ意識が戻らぬ炎、生きている。まだこれから二代目として引っ張って行く存在なのに父親として、息子を切るんか?と不審感が芽生えてしまった。


「それか襲名式はまだやってへん、なんなら…」

「なにいうとんねん、親父!炎にぃが犬剣の名に一番相応しいんじゃ!俺ぁできひんて…炎にぃみたいにみんなを従えるような力もないし…」

拒否する宝治は陸の肩に手を置き、やさしく

「大丈夫や、みんなお前ら兄弟のこと大好きなんやから、ちゃんとついてきてくれる。それに…」

しかし、陸は宝治の手を払い、炎のそばに行く。


「あかんて、とぅちゃん…まだ炎にぃは生きてんねん…」

炎を見つめる陸の目からは大粒の涙が流れるのだった。宝治はその涙を見て、言葉を飲み込むしかなかった。しかし、宝治は意を決し、言葉をかけた。「なぁ、陸…わしももう老いぼれとんねん。次の代に引き継がんと、わしも安心でけへんのや。それだけは分かってくれ、な?わしはお前ら二人、どっちが犬剣を継いでも、遜色ないと思てるからな。ちょっと、落ち着いたら考えてくれ…」

そういうと、宝治は病室から出て行った。病室からは、陸の慟哭が漏れ聞こえていた。


一方そのころ、街では宝治の指示で調査隊が組まれていた。

「どうしたのかしら、宝治さんとこの人たち…」「そうだなぁ、なんかピリピリしてるな…」

街の人々のひそひそと話す声に、調査隊の一人がしびれを切らした。

「なんや!言いたいことあるなら、言うてみいやゴラァ!……いっだぁっ!!」

威嚇する男の頭に衝撃が走る。すると、後ろには鬼の形相の辺銀が立っていた。


「バカか、てめぇら!カタギの人間に何抜かしてんだ!鉄、てめぇもいて何やってやがんでい!」

「銀さん!すんまへん…そっちもすまんかった!申し訳ない!」

銀も絡まれた者を手で「行け行け」と指図し、調査隊に向き合った。

「で、炎の様子はどうなんだ、鉄(てつ)」

「炎はまだ意識が…陸も不安定になってもうて…」銀はふぅ、と大きめのため息をついた。


「鉄、おめぇさんの店には行ってねぇって言ったよな」

「へい、俺ん店どころかあの界隈にゃ全然、むしろ襲名式やし、俺も見に行ったろって思うて閉店してたくらいで…」だよなぁ、と腕を組み銀は考えこんだ。


銀が考え込んでる間に、周囲がザワザワとしてきた。

「あら?銀おじ様?お久しぶりですぅ~」

そこにはかわいらしい小袖にエナメルのブーツ、かんざしは3本刺し…そして、猫の耳を生やした少女のインコが立っていた。

「うわ…でたぁ…」

先ほどの町人に絡んだ男が嫌な顔をして指をさした。銀は先ほどよりも強く殴った。

「お前な...おめぇ、耳!耳出てる!隠せ!」

不思議そうな顔で銀を見つめ、あらら、とフードを被り直した。

「うふふ、今日もお母さまの術が解けてしまいました…てへぇ」

「てへぇ、じゃねぇぜ、ったく……おい、鉄、あとそこのばか…今見たことは忘れろ、いいな…」

のびてしまった部下を背負った鉄も「わかりました…」としか言えない鬼の形相であった、と後に語っている。


少女のインコは身なりを直すと、くるりと回りニコリと銀に笑いかけた。

「アイコ…お前はこの世界で大事な存在なんだ!変な奴になんかされたらどうする。なんか大事な買い物あんだろ?俺もついてってやるから、サッと行って早く帰るぞ!いいな?」

「あはは、おじ様ありがとう!じゃ、久しぶりにおデートね♪」

銀はすっかり話の腰を折られ、毒気を抜かれてしまった。

「鉄!なんかわかったら、連絡くれ」

「了解っす!」

腕を絡めてくるアイコに銀は困った表情を浮かべながらも、付いていくのだった。


鉄たちと離れアイコと歩く銀、するとアイコが、

「おじ様?」と尋ねた。

「ん、どうした?」

「なんでおじさまは私たち家族を助けてくれるの?…さっきみたいに言われるの、もう慣れたよ…」

先ほどとは打って変わって、寂しげな表情を浮かべていた。

「そんなもん、慣れるもんじゃねぇ…一人で泣かずに、親父とおふくろさん、それに俺にだって言ってくれたらいいんだ。俺はお前の親父には恩がある、おふくろさんにもだ。心配すんな…俺がちゃんとお前ら家族、守ってやるからよ」

銀は慈しむように抱きしめながら、アイコを慰めた。

「……ありがと、おじ様」

アイコは一粒、ぽとりと落とし、銀の袖に絡まった。


「銀の字」

ふと銀が後ろを見やると、そこには猫手会の幹部・鉤尾(かぎお)がいた。

「どうした、今は勘弁してくれ…子供がいる…」

「それどころじゃねぇから探してんだ、こっちは!おい、銀の字、いぬっころの長男坊が死にかけってなぁ、本当か?」

その話か、と言わんばかりに、銀は深くため息をついた。

「まぁだ俺んとこにも情報は入ってねぇ…」

銀が答えるとほぼ同時に、鉤尾は胸倉をつかんでいた。

「おめぇがどんだけ犬畜生に味方してんのか知らねぇけどな、これ以上俺たちの名誉を傷つけるなら、今後てめぇも容赦しねぇからな!」

鉤尾は疲れ切ってやつれた顔を怒りに歪めていた。


「ちょっと待ちねぃ、子供が脅えてる!俺だってまだ何も聞かされてねぇってんだ。離せ馬鹿野郎…お前らの名誉をって、なんかあったんかい」

銀はアイコを近くの喫茶店に預け、怒り狂った鉤尾とベンチに座った。まだ語気が洗い鉤尾をおさめ、落ち着きを取り戻すと、鉤尾は涙を流し、語り始めた。


「すまねぇな、もううちものっぴきならねぇんだ…」

「どういうことだ?」

「犬っころの長男坊がやられたって聞いてよ、いやな予感はしてたんだよ…そしたらよ、次の日には俺らんとこに、やれ【炎様を返せ!】だ、【所詮野良猫の集まりだ、やりかねねぇ】だとか言われてよ…俺たちは何にもしちゃいねぇのに、ここまで言われるこたぁねぇんだよ…」

先ほどの勢いもなく、かなり情緒不安定になってしまっている鉤尾である。しかし、銀は

「おめぇたちんとこにそんなこと言うやつがいるとはな…まるで犯人扱いか…」

「あぁ…」銀は膝を叩き、立ち上がった。

「よし、俺もちょっと嗅ぎまわってみるか。ちょっくらいってくらぁな。昔堅気のおめぇがここまでやつれるとは、俺もさすがに寝覚めがわりぃや。じゃあな」

少し笑顔になった鉤尾は「恩に着る!」と、猫手会のほうへ走り出した。後ろ姿を見つめながら、銀は「どうなっちまってんだ…」とため息をつく。

うっすらかかっていた雲が厚くなり、遠くのほうで稲妻が鳴っていた。



ーーーーー次回 第二話・弐 -渇望-

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