第8話 命を転がす者たち


 

 「うあっ!!」

 

 けたたましい轟音と粉塵の中、俺は地面に背中を打ち付ける。踵を返した途端、血相を変えて走り出し、懐に飛び込んできたリヴィアのせいだ。


 だが、彼女が動いてくれなかったら、俺は石板にめり込んだあの鉄球の下敷きになっていただろう。


 「ご主人様! お怪我はありませんか?!」

 「げほっ! あ、ああ! 何が起こった?!」

 「敵襲です!」


 リヴィアは素早く立ち上がり、俺を跨ぐようにして身構える。

 

 彼女が睨み付ける先は、俺たちが下ってきたばかりの階段の上。開きっぱなしのドアの前に、たくさんのメイドに囲まれている3人組がいた。


 「へへっ。やったな、全員まとめてペチャンコだ」

 

 左にいるのは、自分の両側に露出の多い美人メイドをはべらせて、彼女たちの肩に馴れ馴れしく腕を回して大破した石板をニヤニヤと見下ろしている、俺と同世代くらいの男。

 

 「アンタどこ見てんの? 生き残ってんじゃん、2人も」

 

 右側にいるのは、こちらから見て半身に立ち、髪を弄りながら興味無さそうに俺たちを指差す、キャバクラ嬢のような派手なメイクと盛り髪をした、20代くらいの女性。

 

 「ああっ? うわっ、マジじゃねーか。おい、何やってんだよキャロル。外してんじゃねーよバカ。ちゃんとぶっ殺しとけよ」

 「あー、はいはい。マジすんませーん」

 「ちっ……部屋に戻ったら覚えとけよお前」


 ご機嫌だった男は、俺たちの姿を視認すると、たちまちしかめっ面になって前にいるメイドを罵倒する。男の隣にいる美女と負けず劣らすのグラマラスかつ露出が多いフレンチメイドで、その手には巨大鉄球から伸びる鎖が握られていた。この攻撃は彼女の仕業か。


 「……やはり、あの方たちでしたか」

 

 その時、3人組を見つめながらリヴィアがポツリと零す。彼女の股下から這いずって出た俺は、立ち上がりながら問うた。

 

 「知っているのか? あいつらのことを」

 「はい……誰かしらが来ることは予想していましたが、まさかお三方とも……それも、こんなに早いなんて。完全に想定外です」

 

 ギリ、と歯ぎしりが聞こえてきそうなほどにリヴィアは奥歯を噛み締める。その横顔は、明らかな焦燥に歪んでいた。2対1の不利な状況でも常に冷静だった彼女がこんな顔をするなんて……あいつらは一体?

 

 いや、待て。リヴィアのこの取り乱し方……そして、3人組であり、さらに彼らを守るように並んでいるたくさんのメイドたち。まさか、こいつらって……!

 

 「私たちの戦いに乱入してきた、先ほどのメイド」

 

 様々な要素から推察される一つの事実。リヴィアが言葉を紡ぎ始めたのは、そこに考えが至ったのとほぼ同時だった。

 

 「彼女は明らかに魔力解放が成されていませんでした。エントランスホールで待ち伏せするよう、命令を受けていたということは、主人は戦闘を想定していたはず。あのタイミングでそのような命令を出す、ということは、狙いは十中八九、私たちでしょう。恐らく、館内の開放区域すべてにメイドを送り出し、それ故に魔力解放をしなかった。ですが、保有しているメイドの数が少ない者なら、そんな使い捨てるような真似はしませんし、そもそもそのような命令はできません。つまり……」

 「主人はメイドの保有数が多い連中……やっぱりそうか。あいつらが三頭さんとう連合なんだな?!」

 

 俺が問い質すと、リヴィアは険しい顔を小さく上下に揺らした。

 

 睨んだ通り、やはりあいつらが三頭連合か。どうりでリヴィアが焦るはずだ。恐らく、自分のメイドがやられた事に気付いて、このアナスタシスにやってきたんだろう。館の呪いによって復活した自分のメイドを回収するために。

 

 だけど、メイドを消耗品のように扱う連中が、そんなに早くここを訪れるはずが無い。その前に、この地下空間を俺に紹介するついでにアーミィたちと、あわよくばあの褐色肌のメイドをいただいてやろう。多分、それがリヴィアの魂胆こんたんで、こんなに早く現れるとは想定していなかったのだ。

 

 「あん? てゆーか誰だよあいつ? おい、未久実みくみ。見たことあるか? あんなヤツ」

 

 徐々に砂煙は薄れ、視界がクリアになってくる。そこで改めて俺の顔を確認したらしい左の男が、俺を指差しながら右の女性に話しかけた。


 「だから、あいつが今日やってきた新しい主人候補なんでしょ。ヘラデリカから連絡を受けて、それで早いうちに始末しよう、って話になったんじゃない。だから各地にメイドを向かわせて、そいつがやられちゃったからここに来たんでしょ? 龍彦たつひこ、アンタ今までなに聞いてたの?」

 「あー、そういえば確かにしてたわ、そんな話。ぜんっぜんキョーミねーから忘れてたわ。そもそもここに来たのだって、今夜のパーティの下調べのついでだしな」


 未久実という女性から叱られて、龍彦と呼ばれた男は不貞腐ふてくされた顔を背けて投げやりに返す。そうか、間が悪いことに別の用事と重なって、こんなにも早く3人が集まることになったんだな。なんていう不運だ。

 

 「はっ……でもまあちょうどいいじゃん。その馬鹿メイドの失敗をここで取り返せるんだから、こんな湿っぽいところまでわざわざ来た甲斐かいがあるってもんだ」


 勝気な笑みを浮かべた龍彦は侍らせているメイドから離れ、キャロルというメイドの隣まで進み出た。

 

 「よお! 新しい主人候補くん! 来て早々で悪いが、とっととこの館から出ていってもらおうか! ここの当主はもうオレたちで決定なんだからよお! やっちまえ! キャロル!」

 「おうよ」

 

 男らしい返事で応じたキャロルは、一思いに鎖を引っ張った。あの細腕でこんなに大きな鉄球を操作できるのか――といぶかしんだ、その瞬間! 巨大鉄球はみるみるうちに縮小していき、バスケットボールくらいのサイズになって彼女の手元に納まった。

 

 そして、ひとっ飛びしたキャロルは俺たちの前に着地し、鎖鎌のように鉄球をブンブンと振り回しながら言う。


 「俺は405号室担当のキャロル。ゼルを殺ったんだってな? 魔力解放されてないとはいえ、よくあいつの奇襲から生き延びたモンだ。へへっ……いいねぇ、久々に強ぇヤツと戦えそうだ。せいぜい、俺を楽しませてくれよ!」

 

 言葉の終わりと同時に、キャロルは回転の速度を乗せて鉄球を放った。それは瞬く間に巨大化しながら俺たちに迫ってくる!

 

 「ご主人様!」

 「うおっ?!」

 

 すかさずリヴィアは俺の体を抱き締め、横へダイブした。直後、俺たちがいた場所に鉄球が撃ち込まれ、空間全体が衝撃と地響きに見舞われる。


 その後、キャロルが鎖を引けば、鉄球はまたバスケットボール程度の大きさに縮小し、彼女の手の中に戻った。

 

 「なるほど……物体の大きさを自由に変えられる能力ですか。しかし、体積だけで質量は変動しないはず。ならば、大きさに比例して強度を失うはずですが……」

 「ははっ、この武器は少し特殊でなぁ。まあ、能力者メイドがたくさんいりゃあいろいろと便利、ってことだ。さあ、テメーの能力も見せてみな! 逃げてばかりじゃあ俺には勝てねえぞ?!」

 「あひゃひゃひゃひゃ! どーだ、新人くん?! このオレの力は?! こっちにはキャロルのような優秀なメイドがたくさんいるんだよ! あ? なあ、分かるかおい?! お前はどう足掻あがいてもこのオレ様には勝てないってことだ! 向こうで潰れたトマトみたいになってる雑魚共と同じ運命が待ってるってことなんだよ! ぎゃははははは!!!」

 

 耳障りな笑い声を張り上げながら、龍彦は地下空間の中心にある砕けた石板の指差した。古代遺跡の神秘的な雰囲気をかもしていたそこは今や、グチャグチャになった骨や肉塊が漂う血の池地獄と化している。言うまでも無く、逃げ切れなかったアーミィとエブリウスだったものだ。

 

 「あの野郎……!」

 

 何の罪も無い2人にこんな仕打ちをしておいて。こんなに凄惨な光景を見て、なんで笑ってられるんだ。なんで平然としてられるんだこいつは!

 

 「なっ?」

 

 その時だった。石板の上空に突如として光の粒が出現する。壁や天井から次々と集まってくるそれは徐々に一つに固まり、卵の形を成していった。

 

 「リヴィア! まさかこれは……!」

 「……はい。どうやら私が仕留めたメイドの復元が開始されたようです」

 「くそっ……こんな時に!」

 

 間も無く、光の卵は内部から炸裂し、そよ風のような衝撃波が俺たちの間を吹き抜けていく。その中で、褐色肌のメイドは光に導かれて静かに血の池に着地した。

 

 「あーん? なんだよ、復活しやがったのかよあの……えーっと、名前なんだっけあいつ? 役立たずのくせして……あーあぁ、台無しだよマジで」

 「おーい、どーすんだよ旦那。これじゃあ攻撃できねーぞ?」

 

 キャロルは鉄球を振り回す予備動作を止めて、龍彦に振り返る。褐色肌のメイドは俺たちのすぐ後ろにいるので、このままでは戦いに巻き込んでかねない、と思っての判断だろう。

 

 「……ちっ、めんどくせぇな。もういいよ。そいつ諸共もろともやっちまえ」

 「はァ? いいのかよ。あいつを回収するためにここに来たんじゃねーのか?」

 「っせえな! どうせまた復活すんだろーが、テメェらメイドは! 主の命令を果たせなかったちょうどいい罰だ。いいからイチイチ口答えしねぇでさっさとやれ!」

 「ちっ……ということらしい。悪ぃな、ゼル。お互い、ロクでもねえ主人に仕えちまった報いだな、こりゃ。せめて苦しまないよう、一瞬で済ませてやるよ」

 

 俺たちにしか聞こえない声で吐き捨てたキャロルは、再び鉄球を振り回し始める。冷たく細めた目を、石板の上で突っ立つ少女に定めて。


 「お、おい! なに考えてんだ?! お前ら仲間なんじゃないのか?! 本気であんなヤツの命令に従うつもりなのかよ?!」

 「あ? なに言ってんだテメーは。主人が望んだ以上、それを叶えるのが俺たちメイドの役目だ。仲間とかそんなのカンケーねえんだよ」

 「そんな……!」


 これが……この館に囚われたメイドたちの運命なのか? 

 

 主人の言うことに逆らえず、命令とあらば仲間ですら容赦なく切り捨てる。それがどんなに理不尽な要求だろうと、望みだろうと、拒否することはできない。


 こいつも、さっきの男も同じだ。館の当主を決めるため、同じ境遇に置かれた仲間であるはずのメイド同士で殺し合い、生と死を繰り返す中で過去も、関係も、自分の名前すら失ってしまったのに。

 そんな彼女たちをまるで道具のように、消耗品のように扱い、振り回す。挙句あげく、彼女たちを苦しめる呪いまで利用し、復活できるからと命をもてあそぶ。

 

 主従契約を結んだからって、こんな不条理がまかり通るのか? 許されていいのかよ?!

 

 「じゃあな。しばらくお別れだ、ゼル」

 

 そして、縦の回転運動の末に鉄球は撃ち出され、

 

 「あ……」

 

 たった今、ゆっくりとまぶたを開けた褐色肌のメイドへと、巨大化しながら落ちていく。


 

 「くそっ……たれがああああああああああああああああ!!!」



 気付けば俺の足は、彼女に向けて駆け出していた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る