第7話 メイドたちの存在意義



 ヘラデリカさんの背中に従ってしばらく廊下を歩く。やがて木造の道はタイルの石壁に代わり、さらに進むと廊下の途中に洞穴のような大口と、下へと続く階段が現れた。

 

 「階段? この館には地下があるのか?」

 「ええ。暗いので注意してお進みください」

 

 俺たちに注意を促し、階段を下り始めるヘラデリカさん。躊躇いつつ後に続き、最後にリヴィアが殿しんがりに着く。


 「この館の時空が歪んでいるのは再三さいさん、説明した通りです」

 

 そうして階段を下っていると、唐突にリヴィアが話し始めた。


 「時空とは『時間』と『空間』のこと。そのうち、空間が歪んでいることはもうお伝えしましたよね?」

 「ああ。この館の中が迷宮になっているのはそれが原因だろ?」

 「そうです。そしてもう一つ、『時間』も歪んでいるのです。レオンハルト様の魔法により内部の時間は固定化され、以降、館内は同一の時間を延々と繰り返しています」

 「さっき、エントランスホールの壊れたところが勝手に治りだしていたのは、館が同一の時間に戻っていたから……ってことなのか」

 「その通りです。そしてその『時間の復元』は我々メイドにも適用されます。いえ、、と言うべきでしょうか……」


 不吉な余韻を残してリヴィアは言葉を切り、それとほぼ同じタイミングで階段が終わって、俺たちは大きな両開きのドアの前に辿り着いた。ヘラデリカさんは両手でどちらも押し開け、けれど先に入らず、横にズレて奥を手で示しながら俺に微笑みかけてくる。


 お先にどうぞ、ということなのだろう。俺は頷き、一歩いっぽ踏み締めながらドアを潜っていく。

 

 中はとても広い地下空間だった。レンガの壁がドーム状に広がり、石畳の床の中心には、何かの文字列や絵がビッシリと彫られた巨大な石板が埋め込まれている。


 「ここは……?」

 

 まるで古代遺跡の中にいるような、不思議で神秘的で現実離れした感覚に囚われながら、俺は目の前の階段を下って石板へと近づいていく。

 

 「ここはアナスタシスという儀式場です。館内の開放区域の一つであり、我々メイドにとってある意味、最も重要な施設です。まあ、呪いの根源の地、とも言えますがね」

 「呪いの根源? さっきもそんなこと言ってたな……確か呪いって、元当主がこの館に仕掛けた、外に出られない魔法のことなんだろ? だから、この館はメイドを支配する檻って……」

 「はい。メイドをこの館に縛り付けるレオンハルト様の呪い……我々はいかなる手段をもってしてもそれから逃れることはできないのです。時間を復元する魔法は、生物には適用されません。故に、実際に時間は経過していなくとも、主人候補もメイドも日常生活を営むことができますし、植物や動物を育てることもできます。しかし、となったら話は別です」

 「死体……まさか! んおっ?」

 

 リヴィアの説明からある可能性を見出した、その瞬間。薄暗い地下空間に突然、光が生まれて俺は反射的に頭上を仰ぐ。

 

 石板の上空を、無数の光の粒が踊っていた。それは時間が経つごとに数を増していき、やがて空中に漂う二つの塊になる。

 

 「おや、始まりましたか。やはり、損傷部分が少ないと復元は早いですね」

 「リヴィア……これは? この光の粒は、さっきの……」

 「……ええ。ご主人様の推察の通りです。メイドの死体は時間の復元の対象となり、元の形を取り戻します。ならば、元の形とは何か? レオンハルト様が定めた同一の時間の頃の状態。すなわち……」


 最後まで語らず、リヴィアは顔を上げる。仕方がないので俺も光の塊に視線を戻し、その行く末を見守った。


 壁や天井を貫通してやってくる光の粒によってその二つの塊はどんどん大きくなり、次第に卵のような形を成していく。間も無く、パァン! と光の塊は淡い衝撃波を生んで弾け飛び、そこには2人のメイドだけが残った。


 そう……ソウタロウとかいう細身の男のメイドであり、先ほどの戦闘でリヴィアと、そして乱入してきた褐色肌のメイドによって殺害されたアーミィとエブリウス、その人たちだ。

 

 「復活……した? まさかとは思ったが……本当に蘇りやがった。し、死んだはずの人間が!」

 「これが、この館に勤めるメイドに課せられた悲運。メイドは死後、この地下施設にて復活を果たし、そして再び終わりなき闘争に巻き込まれていくのです。死ですら我々をこの館から解き放つことはできない。レオンハルト様が残した鉄のおきて……いえ、もはや呪いであるこの魔法を解除することができるのは、ただ1人」

 「……館の、真の当主だけ、ってことか」

 

 俺が話を引き継ぐと、リヴィアは重く頷いた。

 

 なんてこった……当主という立場がそこまで重大なものだったなんて。単に従者メイドの存在意義を確立させるための飾りじゃない。彼女たちの人生を完全に掌握しているんだな。

 

 「どうりで……当主を決めるだけなのに、なんで殺し合いにまで発展しているのか……メイドたちにとってそれだけ必要な存在だからだったんだ。なんとかして自分の主人を当主にして、この呪いから解放されたい……それがお前たちの戦う理由なんだな?」

 「いえ。確かに、それを願う者もいるでしょうが……メイドが主を求め、その者に従順である理由は別にあります」

 「別に? それは……おっと」

 

 話している間に2人のメイドはゆっくりと石板に降り立った。俺は急いで後退し、彼女たちと距離を取る。また襲われたら堪らないからな。

 

 「大丈夫ですよ、ご主人様。そんなに警戒なさらずとも」

 「え? だって……あっ、そっか。もうあの男はいないんだ。つまり、主従契約は解消された、ってことだよな? あいつのメイドじゃない以上、俺を襲う理由も無いわけか」

 「いいえ。確かに死亡することで主従契約は解消されますが、これはそれ以前の問題です」

 

 それ以前の問題?

 

 「んぅ……?」

 「あー……」

 

 どういうことなのか訊ねようとしたが、その前に2人が吐息を漏らして閉じていた瞼を開いてしまった。俺たちの声に導かれたのか、寝ぼけ眼で俺たちを見回し、さらに隣にいるパートナーを互いに見遣って、それから俺たちに顔を戻す。

 

 「おーぅ……もしかしてこれって、アタシたち死んじゃった、ってヤツ?」

 「ここにいるならそうなんでしょーねぇ。そして、あなたたちがエブリウスたちを殺した人たちですかぁ?」

 「え?」

 

 その挙句、口から出てきたのはまさかの質問。

 ギョッとしながらリヴィアを見下ろすと、彼女は黙ったまま小さく頷いた。


 「そうです。過去の状態で復元される以上、それ以降の記憶をメイドは失っています。故に、私たちと戦ったことも……いえ、私たちのことすら忘れています」

 「そうなのか……いや、待て。それはおかしくないか? だって、過去でもキミたちは同僚だったはずだ。仮に互いを知らなかったとしても、メイド長くらいは知っていないとおかしいだろ?」

 「……主人戦争が始まって、どれくらい経つか。詳しく覚えている者はもう、1人もいません」

 

 会話の果てに行き着いた、一つの矛盾。それを指摘する俺に対し、目を逸らしたリヴィアはその瞳に2人を宿し、語り出す。

 

 「止まった時間の中、一つの当主の座を賭けてメイドたちはそれぞれの主人候補を神輿みこしに担ぎ、闘争を繰り返してきました。そうした血みどろの戦争が数十年……あるいは数百年、続いていると言われています」

 「数百年……? そんなに長く続いていたのか……いや、続けられるものなのか? それは」

 「ええ……まともな人間ならそれだけ続けば、何か妥協案を探すか、嫌気がさして争いから遠ざかるものでしょう。しかし……戦争の中でメイドたちは何度も何度も死と復活を繰り返し、その度に記憶を失っていきました。積み重ねた苦い経験や辛い過去がリセットされるが故に、誰も闘争心を失うことなく、戦争は維持され続けてきたのです」

 「そうか……反省や教訓を得ても死んだら失ってしまうから……妥協案も解決策も見つけることができなかったんだな」

 「はい。そして……度重なる輪廻転生りんねてんせいの中で、メイドたちはいつしか自分の名前も、生まれも、親しかった友人も、大切な家族も、愛する人も……ついには戦う理由をも忘れていきました。今や残っているのは自分の能力に関する知識と、この館にいる存在意義……つまり、メイドとしての立場だけです」

 「……ずっと、妙に感じていたんだ。メイドたちが命がけで主人を守り、命令を遂行しようとする、その姿勢が。すごい魔法を使えるのに、どうして別世界から来たなんの力も無い一般人に仕えて、甲斐甲斐しく尽くすのかって……そうすることでしか自分という存在を認識できなくなっていたからか……」

 


 それが、メイドたちが主人を求め、その人に命を懸けて付き従う理由。


 

 だったら、俺にこんなに良くしてくれるリヴィアも。

 過去の俺が望んだ、俺のことを認め、受け入れてくれる人だと信じた彼女の本心も、実のところは……。

 

 暗く、自虐的なざわつきが胸中に広がっていく。

 そんな俺の心情を察したのだろう。リヴィアは俺の手を取り、見惚れるほどの優しい笑みを湛えて、言った。

 

 「ご安心ください。私はメイドの本能に強いられたから、あなたに仕えているわけではありません。あなたを心から信じ、あなたのためなら命を尽くしても悔いは無い。そう思っているから……私はあなたのメイドでいるのです」

 「なんで……俺たちは今日、出会ったばかりじゃないか。そんな相手に……」

 「あら、先ほどの戦いっぷりをもうお忘れですか? これでも私は歴戦のメイドなんですよ? 人を見る目に間違いはありません。ここではないどこかに行きたいと願うほど辛い日々を過ごしていたのに、もう会えない人たちや故郷のことを忍んで涙を流す……そんな心優しいあなた様だからこそ我が主に、そしてこの館を総べる当主に相応しいと思ったのです」

 

 真っ直ぐな目で見つめてきながらそう断言する、俺の専属メイド。

 

 「い、いや、別に俺は……それに、涙とか。あれはちょっと出ただけで……」

 「照れなくてもいいではありませんか。私は情けないとは思っていません。いえ、むしろとても可愛らしいと思いました。ああ、この人、私が守ってあげなきゃ、って涙を拭いながらぶっちゃけ胸がキュンキュンしてました」

 「はあ? 可愛いって……な、なに言ってんだ! そんなワケねーだろ!」

 「おや、だったら確認してみますか? 今だって照れてらっしゃるご主人様にキュンキュンなのですから。ほら、どうぞ触って確かめてみてください。私の胸に手を当てて。じっくりねっとりしっぽりと……さあ。さあさあ!」

 「しっぽりって……ぅおい、胸を押し付けてくるんじゃない。コラっ、腕を取るな! 無理やり触らせようとするな! ちょ、誰か! 誰かこの逆セクハラメイドをどーにかしてー!」


 それまでの陰鬱な空気はどこへ行ったのやら。

 俺の腕にしがみつき、執拗に胸を押し付けてくるリヴィアと熾烈な応酬を続け、

 

 「おっほん!」

 

 しばらくして、わざとらしい咳払いが響き、俺とリヴィアは動きを止めた。

 

 見れば、口元を隠してクスクスと笑っているヘラデリカさんの横で、アーミィとエブリウスがジト目で俺たちを見つめている。

 

 「おーい。アタシたちのこといつまで放置しておくつもりですかー?」

 「お二人がとっても仲良しなのはよく分かりましたけどぉ、それを見せつけられてエブリウスたちはどーすればいいんでしょーか?」

 「ああ、申し訳ありません。ご主人様のじゃれ合いに付き合っていたばかりに、お二方のことをすっかり忘れていました」

 「こっちのセリフだコラ」


 思わず乱暴な言葉が出てしまう。いやもう、これでいいか。このメイドに少しでも弱い所を見せたら、一気に付け込まれることはよく分かった。これからは軽くあしらうくらいで行こう。うん、その方がいい。

 

 そうして俺が自分自身に言い聞かせている間に、リヴィアは2人の許へ歩み寄る。そこで背筋を伸ばして威厳を醸し、少し力の込めた声で告げた。

 

 「お二人の実力、能力は先ほどの戦闘でよく分かりました。是非とも我が主の従者になってほしいのですが、いかがでしょう?」

 「別にいーよ。やることなくて館の中をブラつくのもメンドーだし。その人も悪い人じゃないことは、今のでなんとなく分かったしね」

 「エブリウスもー。あなたたちと一緒にいるとおもしろそーだからさんせーい。是非ともエブリウスのご主人様になってくださーい」


 先ほどのミニスカメイドの件もあり、また断られるんじゃないかと内心、ビクビクしていたが……今回は無事に成功したようだ。


 「ありがとうございます。では、さっそく――」


 そしてきびすを返したリヴィアがこちらへ歩き出した、その瞬間!

 


 

 ――ズドオオオオオオォォォン!!!



 

 地下空間を埋め尽くすほどの巨大な鉄球が、石板に落下した。





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