第5話 メイドたちの戦い


 

 「はあああああっ!!」

 「てぃやあああ~っ!」

 

 それぞれの武器を振り翳して、アーミィとエブリウスがリヴィアに斬りかかる!

 

 「ふっ!」

 

 対してリヴィアは2人に向けてナイフを投擲とうてき。アーミィはそれをショートソードで弾き、エブリウスは横に飛んで回避した。

 だが、すかさずリヴィアが両腕を胸の前でクロスさせると、標的を逃した二本のナイフはそれぞれの軌道を描いて2人を追跡する。

 

 「うあっ?!」

 「うにゃああああっ?!」

 

 処理したはずのナイフのまさかの追撃に対応できず、アーミィは左腕を斬られて床に倒れ込んだ。一方、ロングスカートを貫かれたエブリウスは、そのまま飛んでいくナイフに連れられて壁に強く叩きつけられる。

 

 同時にリヴィアは走り出し、アーミィを攻撃したナイフを空中でキャッチ。素早くそれを逆手さかてに持ち替え、倒れたアーミィに飛び掛かった!

 

 「く、そっ!」

 

 アーミィは急いで体を起こし、ショートソードを頭上に構えて、間一髪のタイミングでナイフの刃先を防ぐ。

 

 だが、

 

 「はあっ!」

 「ぐがっ?!」

 

 続けざまに放たれたリヴィアの回し蹴りは避けられず、顔面を蹴られた彼女は踊り場まで吹き飛ばされた。

 

 「すげぇ……」

 

 その間、わずか10秒程度か。流れるような体術と能力による現実離れした攻防を目の当たりにして、自然と感嘆の声が口から零れた。

 

 そんな俺に、リヴィアは少しだけ首を回して振り返り、

 

 「ご主人様。危険なので壁際まで退避を」

 

 と、忠告を寄せてきた。普段のクールの中に闘争の熱を宿した、鋭い双眸そうぼう。その気迫に吞まれた俺は、「あ、ああ」とぎこちなく返事をするのがやっとである。

 

 「お、おい! 大丈夫なのかよお前たち! 相手はたった1人なんだぞ?!」

 

 そうして壁まで後退している時だった。二階で戦いを見守っていた細身の男が、焦りに強張った声でアーミィたちに叫んだ。数的に有利なはずなのに、自軍が劣勢に立たされているのが認められない気持ちも分かるが、まずは彼女たちの心配をする方が先じゃないのか?

 

 「ぺっ……アタシたち2人に威勢を吐くだけのことはあんな。ケッコーやるじゃん」

 

 だが、主の言葉はどんなものでも彼女たちへの鼓舞こぶになるのか。血の唾を吐いたアーミィは手摺りを頼りにしてゆっくりと立ち上がり、

 

 「そーだねー。数で勝ってるからって、楽観しちゃいけない相手みたい。ちょっと本気を出さないとかもね~」

 

 スカートを自らの手で引き裂き、壁に刺さったナイフの拘束から逃れたエブリウスは、落とした剣を拾いながらホールの中央まで戻ってきた。

 

 「だけどぉ、先に向こうの能力を知れたのはラッキーかもぉ」

 「だね……メイド同士の戦闘において、相手の能力を把握することは基本にして最大の勝ち筋。つまり、勝負はここからが本番ってこと!」

 

 再び体に黄色の湯気のようなものを纏い始めたアーミィは、おもむろに右手を高くかざした。すると、体を覆っていた黄色の湯気が彼女の頭上に集まっていき、輝く球体となる。やがて、その中からゆっくりと出てきたのは……無数の剣の束。

 

 「アンタの能力は多分、魔力を注いだ物を思い通りに動かす、的なモンじゃん? 最初は驚いたけど、タネが分かれば大した魔法じゃないね。状況を一変させるような威力があるわけでもなさそうだし……攻めて攻めて攻めまくって反撃のチャンスを与えなきゃこっちの勝ちってわけじゃん?!」

 

 言葉が終わると同時にアーミィが右手を前に下ろす。それに連動して、頭上にある大量の剣がリヴィアへと降り注いだ!

 

 「くっ!」

 

 リヴィアは咄嗟に後ろに飛び、剣の集中豪雨を無事に回避する。それらは床に突き刺さり……やはり、さっき俺たちを襲った剣の正体は彼女によるものか。恐らく、リヴィアたちが纏っているあの湯気のようなものは魔力なのだろう。それを剣などの武器に変換する。それがアーミィの能力か!

 

 「いししっ! ほらほらぁ! どんどん行くよぉ!!」

 

 アーミィは笑いながら次々と剣や槍などの武器を生成し、マシンガンのように連射する。宣言通りの反撃の隙を与えない怒涛の攻撃。能力を使う暇すらなく、リヴィアはホール中を走り回る。

 

 「今だよ! エブリウス!」

 「たぁ~~~!」

 

 そして、突如として攻撃を止めたアーミィが叫んだ。

 次の瞬間、いつの間にかリヴィアの傍まで忍び寄っていたエブリウスが、彼女に一太刀を振るう。

 

 「甘い!」

 

 だが、リヴィアは彼女の存在をちゃんと認識していたのだろう。すぐさま反転し、手に持つナイフで剣を受け止めた。

 

 「あはっ」

 「がっ?!」

 

 不意打ちは失敗――されど、エブリウスは強気に笑い、身をひるがえしてナイフを弾く。その結果、彼女のスカートが大きく舞い、エプロンドレスをいろどるアクセサリーの一つが飛んでリヴィアの頬に当たった。

 

 「あははっ。エブリウスが意味も無くキュートなアイテムを服に散りばめているとでも思った? はい、こーげきせいこ~」

 「攻撃? この程度で……ううっ?」

 

 傍から見れば、クリスマスツリーの飾り付けのような小物が偶然に当たっただけのこと。血どころか傷痕すらついてないのに、なぜかリヴィアは頭を押さえながら膝から床に崩れ落ちた。

 

 「ど、どうしたんだリヴィア?! そんなに痛かったのか?! 今のが!」

 「い、いえ……ダメージはありません。ただ、急に……視界がっ、」

 

 俺に答えながら頭を上げるリヴィアだが、すぐによろめいてうずくまる。見たところ、まともに起き上がることすらできないようだ。一体、彼女の身に何が起きたんだ?!

 

 「あはははっ。可哀想だから、あの子のご主人様のあなたに教えてあげる」

 

 狼狽うろたえている俺を見かねて、エブリウスがにこやかな顔で話しかけてきた。

 

 「エブリウスはねぇ、魔力を与えた物体に〝攻撃を受けた者の平衡感覚を狂わせる〟って効果を付与できるの~」

 「平衡感覚を狂わせる……? じゃあ、リヴィアはいま……!」

 「そう。頭の中がグルグル状態でまともに立ってられない……酷く酒に酔ったカンジって言えばいいのかな? これじゃあ戦うことはもちろん、逃げることすらままならないよねぇ〜?」


 と、笑顔に嗜虐しぎゃくの色を乗せて、エブリウスはリヴィアに顔を戻した。そして、まるで朝の散歩のような緩やかな歩みで彼女へ近づいていく。


 「アーミィの魔力を武器に変える能力、『黒い鉄の職工ブラックスミス』で敵を追い詰めて、エブリウスの『傾き祈る三つの世界ウーティトゥチ』で行動不能にさせる。そしたらもう敵に成す術無し。エブリウスたちのコンビネーション、思い知ったか〜!」

 「は、はは! いいぞいいぞ! さすがボクのメイドたちだ! やっぱりボクたちに敵うヤツなどいない! ボクこそがこの館の当主に相応しい男なんだ! さあやれ! そのメイドにトドメを刺すんだ!」

 「は~い。エブリウスの勇姿、しっかり見ててね。ご主人様~」

 

 細身の男に手を振って、エブリウスは剣を大きく振りかぶる。

 

 「お、おい! バカ、やめろ! それは本当に死んで――うわっ?!」


 それを見て誰が黙っていられるものか。


 だが、大声を出して走り出した矢先、目の前の床に剣が突き刺さって出鼻を挫かれる。いったい誰が――なんて、疑問を抱く余地も無い。

 視線を上げると、こちらに右腕を向けているアーミィと目が合う。そして、その隣で細身の男が、勝ち誇ったように高笑いを響かせていた。

 

 「アハハハハ!! 見苦しい真似はやめておけよ! お前は負けたんだ! 恨むなら精々、無能な主である自分を恨むんだな! ……なぁに、安心しろ。お前のメイドはこの後でボクがたっぷり可愛がってやる。だから黙って自分のメイドが無様に殺されるトコロをそこで大人しく見ているんだな! アハハハハ!!」

 「な、なに言ってんだ……殺しちまったら可愛がるもクソもねーだろうがァ!」

 

 あまりにメチャクチャなことを言う細身の男に、俺はもう我慢できなかった。剣が飛んでくるなんて知った事か。再び走り出し、リヴィアの許へ急ぐ。

 

 「あはっ。熱い人なんだね、あなたの主様。ここに来たのはついさっきのはずなのに、ずいぶんと愛されてるんだねぇ。羨ましいなぁ〜」

 「ご主人様……!」

 「これこそ運命の出会い、っていうのかなぁ? で〜も〜、残念。その運命もここでおしまい。はぁい、お疲れ様でした〜」

 「……くっ!」

 

 そして、エブリウスがまさに今、剣を振り落とそうとした瞬間、リヴィアは彼女へ右手を突き出した。


 この期に及んで伸ばしたその手は、今の窮地をひっくり返す妙手みょうしゅへの布石なのか。

 

 ……だが、俺の淡い期待に反して、変化は一つも訪れない。状況は何も覆らない。


 「あははは! なぁにその手? ちょっと待ってのつもり? そんなことしたってエブリウスは攻撃を止めないよ! 悪あがきにもなびっ?!」

 

 否、変化は遅れてやってきた。

 

 エブリウスの後ろから何かが飛んできて、鈍い音がしたかと思うと、彼女は目を見開いて動きを止める。それから頭上に掲げていた両腕を下ろし、さらに剣まで手放して、虚ろの目のまま前のめりに床に倒れ込んだ。

 

 そうして露になったエブリウスの後頭部に存在しているのは、刃の根元まで深々と突き刺さっているナイフ。それは戦闘開始直後、リヴィアが2人に対して投げた二本の片割れであり、エブリウスを連れていった後はずっと壁にめり込んでいたものだ。まさか、皆が忘れていたそれを再び利用するなんて。

 

 「エブリウス?!」

 

 誰がこの展開を予想できただろう。アーミィもまた完全に勝利を確信していたようで、ピンク髪が赤く染まりつつある少女の亡骸なきがらを唖然とした顔で見つめていた。


 そんな彼女に対し、リヴィアは再度、右手を差し向ける。その瞬間、アーミィの体が宙に浮き、猛スピードでリヴィアへと滑空していった。


 「なあああぁっ?!」

 「てやっ!」

 

 明らかな動揺を見せるアーミィに、立て続けにリヴィアは左手に持っていたナイフを投げつける。まだエブリウスの能力が効いているのか、先ほどのような直線ではなく、少し山なりの軌道を描いた、縦にクルクルと回転している一投。

 混乱の最中であってもそれを見切るのは可能だったようで、アーミィは新たに創り出したショートソードで事無げに弾き飛ばした。


 「そんな攻撃が今さらアタシに――があっ?!」


 しかし、リヴィアの真の目的はそのナイフにあらず。

 

 エブリウスが落とした剣を急いで手にしたリヴィアは、ふらつきながらも何とか立ち上がり、それを前に構える。間も無く、その刃先はナイフを弾いたことで無防備になったアーミィの胴体に刺さり、背中まで一気に貫いたのだった。

 

 「げふっ! な……なんで……!」

 「……なんで、私の能力があなたの肉体に発動したのか……ですか? 簡単な話です。あなたの顔面を蹴り飛ばした際、同時に私の魔力をあなたに注いでおいたのですよ」

 「あ、あの時かぁ……!」

 「少し戦況が有利になったからといって浮かれず、冷静に自分や周囲の状態を確認すれば、私の魔力の存在も、そして壁に刺さったナイフが攻撃の手段になりうることも見抜けたはずなのに……あなたもこの子もまだまだ未熟ですね」

 「ぐうぅっ」

 

 言葉の終わりに合わせてリヴィアは肩でアーミィの体を押し、彼女から距離を取りつつ剣を引き抜いた。その瞬間、傷口から鮮血がほとばしり、赤い絨毯をさらなる真紅に染めた。


 だが、それだけの重傷を負いながら、アーミィは倒れない。二歩、三歩と後ろに歩を刻んだ彼女は、歯を食いしばりながら踏みとどまり、左手で腹部の傷口を押さえつつ、右手で床に突き刺さっている自身が生み出した剣の一つを掴んだ。

 

 「まだ……まだだ! アタシはまだ戦える! ここまで、やられて……好き勝手言われて! だぁ、誰が黙って死んでやるかよ! 主の顔に泥を塗ったまま終われるか……せ、めて! アンタも道連れだ!!」

 「……死期を悟って尚、従者の矜持きょうじを貫きますか。その心意気や良し。頭の酔いもそろそろ醒めてきました……あなたの覚悟を尊重し、私も全力で最期まで付き合ってあげましょう」

 

 そして攻撃態勢を取るアーミィに対し、リヴィアもまた、エプロンの下から新たにナイフを取り出して、彼女に身構える。

 

 「ま、待て待て待て! 戦いはもう十分だろ! もう決着はついた! それよりも早く手当てしないと本当に死んじまうぞアンタ! リヴィアも少し落ち着け!」

 

 さんざん戦って、すでに死人まで出ているというのに、飽き足らずにまだ殺し合いを続けるつもりなのか。それがメイドのすることか。


 だが、慌てて口を挟んだ俺に返ってくる言葉は無かった。それどころか、こちらを一瞥いちべつしたアーミィは、フッと口の端を歪ませてリヴィアに言う。

 

 「はっ……アンタのご主人様の慌てっぷり。まさかアンタ、絶対に主に教えておかなきゃいけない、まだ伝えてないの?」

 

 メイドの特性?


 「……まずはメイドを増やすことを優先するつもりです。そのことをお伝えするのはある程度、数を増やしてからでいい……と判断したまで」

 「リヴィア……? どういう意味だ? まだ俺に話してないことが……?」

 「……詳しい事情は必ず後で話します。なのでどうか、危険ですので壁まで下がっていてください」

 

 振り返ることなく、リヴィアは背後の俺に答える。その背中からは、反論を受け付けない隔たりを強く感じられた。どうやら本気で最後までやり合うつもりらしい。

 

 果たして、このまま彼女たちの好きにさせていいのだろうか。救える命があるのなら、ここは身をていしてでも争いを止めるように説得するべきじゃないだろうか。

 

 頭の中で自問自答しながら、ぼんやりとリヴィアの後姿を見つめていた――その時だ。

 

 俺たちの真上に位置するシャンデリアの光によって作り出される、リヴィアの影。彼女のやや左後ろに伸びるそれが微かにうごめいたのを、俺は見逃さなかった。

 

 なんだろう? 不思議に思いながら観察していた矢先、そこから人影のような何かが飛び出してきた!

 

 「リヴィアぁ!!」


 その瞬間、俺は咄嗟に床を蹴って目の前の背中へダイブした。





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