第3話 館の主になるために


 

 握手を終えた後、リヴィアは背筋を伸ばして言った。


 「それでは活動を始める前に、まず朝食にいたしましょう。洋食がいいですか? それとも和食がいいですか?」

 「和食? 和食なんて用意できるのか?」

 

 洋館とか言ってたし、リヴィアもヘラデリカさんも西洋人っぽいから、和食なんて選択肢が出てくるなんて意外だ。

 

 「もちろん。では、和食にしましょうか。ただいま用意いたししますので、しばしの間くつろいでお待ちください。決して部屋からは出ないようにお願いします」

 「あ、ああ。分かった……」

 

 リヴィアはお辞儀すると、ヘラデリカさんが出ていったドアとは違うドアへ消えていった。あそこはキッチンなのだろうか?

 手持無沙汰てもちぶさたになった俺は、とりあえずベッドから出て室内の徘徊はいかいを始める。とはいえリヴィアが担当しているというこの部屋は、広さの割りに家具が少なく、興味を惹かれるものはあまり見つからない。一つ一つは高級品なんだろうが、なんだか殺風景に感じてしまう内情だ。

 

 「というか、今は朝なんだな。部屋に窓が無いから外の様子も分からない……部屋から出るな、とも言われたしな。さて、どうしたもんか……ん? これは……?」

 

 当ても無くブラブラしていると、部屋の隅に不自然に置かれた小さなテーブルを見つける。そこには写真立てのようなものが倒れていた。何が写っているんだろう? 小さなワクワクを胸に、俺はそれに手を伸ばす。

 

 「ご主人様」

 

 が、写真立てに触れる寸前、後ろから呼ばれて動きを止めた。平淡ながら、圧を感じさせる声。おそるおそる振り返ると、ワゴンを押して部屋に入ってくるリヴィアがジトっとした半眼で俺を見つめていた。

 

 「レディの部屋を勝手に物色するなんて、紳士が取る行動としては相応しくありませんね」

 「す、すまんっ。暇だったからつい……」

 「はぁ……そんな所を探しても、ご主人様のお目当ての物はありませんよ」

 

 と、何やら含みのあることを言いながらリヴィアは部屋の中央にある丸テーブルへ向かっていく。そして、ワゴンに乗ってある料理をテーブルに移しつつ、片方の手で壁側にある洋箪笥たんすを示した。


 「ご主人様の探し求めてる物はそこの下から二段目と三段目に納まってます」

 「は?」

 「二段目がブラジャー、三段目がショーツなので、お好みのものをどうぞ。使ったらご自身の洗濯物と一緒に出してください」

 「いらんわ。ってか、使うってなんだ使うって」

 「なんと……洗濯したものに興味は無いと? ずいぶんと特殊な性癖をお持ちのようで……しかし、主人の期待・望みに応えるのがメイドの務め」

 「ンなけったいな性癖持ってないわ。……おい、スカートの中に手を入れて何をしてる。やめろ、脱ごうとするな。おいっ!」

 

 前かがみになったリヴィアの、たくし上げられたスカートの裾からオレンジ色の布のようなものが見えた瞬間、俺は慌てて走り出した。

 

 

 

 リヴィアの奇行を止めた俺はテーブルにつき、彼女が用意してくれた朝食に対峙する。

 献立は鮭の塩焼きに卵焼き、ほうれん草のお浸しに白米とみそ物、それに漬物。まるで旅館に出てくるような伝統的な日本の朝食だ。


 「本当に和風だ……いただきます」

 

 箸を取り、まずは焼き鮭を口に運ぶ。ホロホロと崩れる身に程よい塩梅が乗って、とても美味しい。外はフワフワ、中はトロトロの卵焼きは優しい甘さに頬が緩むし、ほうれん草のお浸しの苦味は馴染んだ舌を引き締めて、食欲を促進させる。どれも実に俺好みの味だ。


 「うまい……これ全部リヴィアが作ったのか?」

 「もちろん。ご主人様の世話を抜かりなく完遂するため、一通りの家事スキルは身に付けておりますので」

 

 急須きゅうすで湯呑に緑茶を注ぎながら、リヴィアは涼しい顔で答える。だが、どことなく声が弾んでいるように聞こえるのは気のせいではないだろう。


 「いや、本当にうまいよ。完璧に日本食だし……でも、よく材料が揃ったな? ここは、その……異世界? よく分からないけど、俺たちの世界とは違うんだろ?」

 「はい。ご主人様の出身地である『ニホン』とも、それを含む『チキュウ』とも完全に異なる世界です。しかし、この館には定期的にチキュウから主人候補が送られてくるので、チキュウの様々な食文化や知識、生活スタイルが定着しています。また、多くの人種が集まってくることを想定し、あらゆる言語がその者の習得言語に変換される魔法が館全域に掛けられています」

 「ふーん……こうして俺がキミと会話できているのも、その魔法のおかげなのか。そりゃあなんとも都合の良い魔法だが……それよりも気になるのは別の部分。〝定期的にチキュウから主人候補が送られてくる〟ってトコだ」

 

 少し薄目の味噌汁を啜り、口の中の咀嚼物と一緒に流し込んだ俺は、箸を置いてリヴィアに訊ねる。

 

 「ヘラデリカさんは『競争』、『主人戦争』と言っていた。つまり、俺には当主の座を賭けて争う相手がいるってことだ。もしかして、そいつらがそうなのか?」

 「はい。館内にはすでにご主人様を含めて15人以上の主人候補がいます。しかし、そのほとんどが戦争参加を拒絶し、お抱えのメイドの部屋に閉じ籠っているのが実情です」

 「……まあ、当然だわな。いきなり館に放り込まれて、その挙句に戦争に参加しろ、って言われて……はい分かりました、って言う方がおかしいもんな。でも、〝ほとんど〟ってことは……?」

 「そうです。中には積極的に戦争に介入し、この館の当主を狙う主人候補もいらっしゃいます。その中で、最も警戒すべきなのは『三頭連合さんとうれんごう』と呼ばれているグループです」

 「三頭連合?」

 「はい。主人戦争を制するために、異なる目的を抱く3人の主人候補が徒党を組んだのです。今や館内最大の一大勢力であり、彼らが保有するトータルメイド数は50人以上と言われています」

 「なんだよそれ……もう勝負は決まったようなもんじゃないか」

 

 リヴィアが淹れてくれたお茶を飲んで、俺は熱い溜息と共に吐き出した。多分だけど、その50人のメイドたち全てが、彼女のように何かしらの魔法を使えるんだろう。そんな連中とこれから競い合えだって? そりゃあ部屋に引き籠るわ。

 

 〝あなたには期待しています〟……なんて言ったけど、ヘラデリカさん。完全に遅きに失しているよ。それが分かっている上で言ったのなら本当に性格が悪い。

 

 だが、悲観する俺に対し、リヴィアは「いいえ」と軽く首を横に振った。


 「勝負を諦めるのは尚早しょうそうです。確かに、戦力的には如何いかんともしがたい開きがあります。しかし、館内に存在するメイドは総勢300人以上と言われています。彼らが保有しているメイドはその一部でしかありません。なので、まだまだ逆転のチャンスはあります」

 「そんなにいるのか、この館に。だけど、チャンスはあると言われてもなぁ……数が圧倒的なことに変わりはないし。そんな連中に戦いを挑んだって……ん? いや、そもそも戦うことが目的じゃないのか? 〝戦争〟って呼ばれてるからてっきり戦うモンだと考えてたけど……本来の目的は当主になることだもんな。そもそも、何をしたらこの館の当主に認められるんだ?」


 会話の途中で思い至った、主人戦争のゴールへの道筋。当主の座を目指すことだけに囚われて、その条件に触れてこなかったことにようやく気付き、今さらながら質問する。

 

 すると、リヴィアは少しだけ表情を勇めて、それに答えた。

 

 「この主人戦争を制覇する……すなわち、レオンハルトアジールの当主として認められる条件はただ一つ。それは館内のどこかにある元当主、レオンハルト様のお部屋を見つけることです」

 「元当主の部屋を……見つける? え? そんなことでいいのか? だってそんなの、館の中を探し回れば……どんなに広くてもいずれ……」

 「いいえ。残念ながら、単純に歩き回るだけでは絶対に見つかりません。そうならないように、この館にはある魔法が施されているのです」

 「魔法? さっきの言語のヤツとは別に?」

 「そうです。この館の内部は、レオンハルト様の魔法により時空が歪められております。ひとたび部屋の外に出れば、そこは果てしなく続く無限回廊。魔力を持たない者では脱出不可能な迷宮と化しているのです」

 「迷宮? ああ、だから俺に部屋から出るな、と……そういうことか。ただ探索するだけじゃダメなんだな。それじゃあ、どうやって元当主の部屋を見つければいいんだ?」

 「方法は主に二つあります。まず一つ目はメイドをとにかく集めることです」

 

 軽く握った右手を掲げ、そのうち人差し指を立ててリヴィアは言った。

 

 「メイドを集める? つまり、多くのメイドたちの主人になれってことか? キミのように」

 「そうです。この館に存在するメイドにはそれぞれ担当する部屋や施設があります。その子たちを従える……つまり主従契約を結ぶのです。そうすることで館を『解放』していくことができます」

 「解放?」

 「はい。ただいま申し上げたように、メイドにはそれぞれ担当する部屋や施設があります。メイドと主従契約を結んだ者は、そのメイドが管理する部屋と、その一帯を占有せんゆうできる……つまり、迷宮化を解除できるのです」

 「それが『解放』か……なるほどな。メイドたちとどんどん契約を結んでいけば、館内の全貌を解き明かすことができて、いずれ元当主の部屋に行き着く……と。でも、それってものすごく時間が掛からないか?」

 「ええ。なにせ、メイドの数は300以上。仮に館の半分の解放を目指すとしても150人以上との契約を果たさなければなりません。当然、他の主人候補がそれを甘んじて見守っているわけがありませんし、この手段はあまり現実的ではありませんね」

 「となると……重要になるのは二つ目の方法か」


 呟きながらその答えを目で訴えると、リヴィアは頷いて中指を立てつつ答える。


 「二つ目の方法……それは、レオンハルト様直属のメイドを従えることです」

 「レオンハルト……つまり、当主直属ってことか?」

 「そうです。当主であらせられたレオンハルト様は当然、全てのメイドの主でしたが、300人余りの従者を直接、指揮していたわけではありません。9人の信頼するメイドを側近とし、彼の命令を受けた彼女たちが各メイドたちを指揮して、この館を運営していたのです。この9人を『高貴なる9人の僕ロイヤルナイン』といいます」

 「ロイヤルナイン……元当主直属のメイド、か。なるほどな、元当主の側近だったら部屋の場所を知っている、ということだな。それだったらなんとかなりそうだな」

 「いえ……残念ながら、これも一筋縄で行く話ではありません。ロイヤルナインの全員が元当主の部屋の場所を知っているとは限りませんし、そもそも管理職に就いていた彼女たちはその立場上、この主人戦争に関与することを避けています。まず会えるかどうか分かりませんし……仮に遭遇することができたとしても、主従契約を結ぶのは困難を極めるでしょう」

 「どうしてだ? それだけ元当主への忠誠心が強い……ってことか?」 

 「いいえ。確かに、レオンハルト様へ高い忠義を捧げる者もいるでしょう。しかし、理由は極めてシンプルです。強すぎるのです、その9人は」

 

 ハッキリと、しかし、どこか吐き捨てるような語気で、リヴィアは俺の問いに答えた。

 

 宣言通りの、極めてシンプルな理由。捻りの一つも無い、あまりに有り体な言葉がかえって混乱を呼び、俺は唖然となる。

 

 そんな俺を冷たく見下ろし、リヴィアは続けた。

 

 「傍観者の立場であろうとするロイヤルナインを戦争に引き込もうとすれば、戦闘行為は避けて通れないでしょう。ですが、ロイヤルナインは館の実質的な管理者。この館のメイドたちは全員、魔法を行使することができます。もし、メイド間で何かしらのトラブルや戦闘行為、あるいは主人に対して敵対的な行動を取った場合、その鎮静・統率を図るために、レオンハルト様は特に高い戦闘能力、あるいは強力な魔法を扱う者を側近に選んだのです」

 「つまり……ロイヤルナインってのはメイドの中でも選りすぐりの精鋭集団、ってことか」

 「そういうことです。その戦闘能力、脅威度は筆舌に尽くしがたく、並のメイドでは傷一つ付けることすら出来ずにやられてしまうでしょう」

 「マジかよ……じゃあ、どうすればいいんだ?」

 「メイドを集めるしかありません。足りない質は量でカバーするのが定石です。メイドを揃えて総合的な戦闘力を高め、下手に手出しできない存在であることを示す。そうして膠着こうちゃく状態を作り出すくらいのことをしなければ、勧誘どころか対話すら叶わないでしょう」

 「結局、そこに行き着くのか……」

 「はい。すなわち、多くのメイドを従えてその統率力やリーダーシップを示すか。あるいは、行動力と計画性をもってロイヤルナインを屈服させて、その権威を認めさせるか……突き詰めればこの主人戦争、問われるのはその者の資質なのです」

 「なるほどな……主人戦争は言わば、大掛かりな試験みたいなものなのか。多くのメイドたちを指揮する能力や人徳……もしくは、前当主の側近たちを抱き込めるほどのカリスマ性。それを問うための戦いであり、勝利の足掛かりになるのがメイドを集めることだ、と」

 「そうです。ただ、戦争のためでなくとも、メイドは多く集めるに越したことはありません。戦闘はもちろん、グループ全体の防衛力を高めることもできますし、館内を解放していけば取れる選択肢も増えていきます。何より、可愛くて従順な女の子たちをいっぱいはべらせて暮らすことができますよ。男の人は好きでしょう? ハーレム」

 「当然のことのように言うな」

 

 まあ、否定はしないけど。ほとんどの男は一度くらい女の子に囲まれる夢を見るけれど。


 そんな俺の下心を見透かしてか、楽しんでいるような、もしくは怒っているような微妙な笑顔を浮かべ、リヴィアは軽く手を叩いた。

 

 「それでは、朝食が終わり次第、部屋を出て野良のらメイドを探しに行きましょう」

 「野良メイド?」

 「まだ主従契約を結んでいないメイドのことです。することが無くて、仲間同士でそこら辺にたむろして井戸端会議に花を咲かせているでしょうから。そこに乗り込んでいって片っ端から捕まえていきましょう」

 「そんな……犬や猫じゃないんだから」

 

 まるで保健所の職員みたいなことを言うリヴィアに若干、呆れながら、俺は再び味噌汁をすすった。





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