遭難したから漫才コンビ結成した

川木

遭難したから漫才コンビを結成した

「ねぇ。絵美(えみ)、一緒に漫才コンビを組もうよ」

「……雅子(まさこ)、気でも狂ったの?」


 これが平時に言われたなら、いやなんでやねん。と笑い飛ばせただろう。だけどとてもではないが、笑えなかった。何故なら今、遭難している最中なのだから。


 絵美と雅美の出会いは高校時代。部活動の地区大会で出会い、ライバルとして切磋琢磨してきた。そしてお互い燃え尽きた大学入学で再開し、だらだらと時を重ね、気が付けば恋人になっていた。

 雅子との会話は普段から冗談ばかりで、なかなかそう言う雰囲気にならなかったのもあり、お互いに探りあいながらも旅行をすることになった。時間が有り余っている大学生活と言うのを利用し、一週間かけて船旅で南の島へ行き、関係を深める目的であった。


 しかしその船が難破してしまった。時間は余っていてもお金のは余っていなかったので、格安にしたのが悪かったようで、嵐により船は完全に転覆。荷物共々放りだされてしまった。

 幸い二人とも同じく放り出された大きなトランクケースにつかまって二人一緒にどこぞの島へとたどり着いたが、住民もいないし船着き場もない小さな島だ。周囲は全て砂浜で、トランクケースを目印に一周して一時間もかからない程度だ。

 トランクケースの中身のお蔭で最低限の着替えや火はあったし、木々を少し探ると謎の果物が生えていたので、最低限の食料は何とかなっている。


 いずれ救助が来ると思いたいが、三日目の現在まで表面固めで中は白くしっかりしたほんのり甘みのある何かと、柔らかくて水分多めのかすかに甘酸っぱい何かで生活している。あまり奥へ行くのも何かの声が聞こえて恐いし、肝心の救助を見逃しては意味がないので、結局ほぼこの砂浜で二人並んでいる。

 二人きりの満天の星空。時間が有り余る中、ついでに有り余った性欲で旅行の目標は達成したが、同時に命も達してしまいそうだ。そんな中、漫才の誘いだ。本気で気が狂ったのか、と心配して聞いたのは絵美の人生で初めてのことだ。


「狂ってないよ。ただ、折角の南の島なんだから、面白おかしく過ごそうと思ってさ」

「折角って」

「考えない? もしこのまま救助が来なかったらって。まっずい果物? だけ食べ続けて娯楽もなしに生きていくなんて耐えられないでしょ。だから、漫才コンビを組もうよ」

「……ふははっ」


 なんだその発想は。天才か。いつ救助されるのか、もしかして一生このままなのか、そんな風に襲い来る不安を吹き飛ばすような能天気な雅子の提案に、呆れを通り越して笑ってしまう。

 雅子の、こういうところが好きだ。いつでも明るくて、突拍子もないことばかり言う。だからいつまでも一緒にいたいと思ったし、遭難中の不安でたまらなくて泣きそうな中、「綺麗な夜空だね。でも、君の方が綺麗だぜ」なんていう馬鹿みたいな口説き文句に身をゆだねた。


「あははは、はーっ、おかしい」

「うけたね、じゃあ早速ネタをくんでいこうか」

「気晴らしにしても帰る方法考えたほうがよくない」

「助けがくるしか無理でしょ。仮に船があったとして、地図もないし方位磁石もないのに、どうやって脱出しろと?」

「そこは現実的なのかよ」

「人生には笑いが大切だよ。絵美だって、悲劇よりコメディが好きでしょ? 死んでバッドエンドじゃなくて、笑いながら死ぬまで暮らしました、がいいじゃん」

「それ死ぬまでの期間短くない?」

「絵美の突っ込みは前から世界狙えると思ってた」

「どんな世界だよ」

「MZ-1GPだよ」


 意地でも漫才の話題がしたいらしい。明かりがないので真っ暗だけど、どうせ火を消さないように交代で寝るにもまだ時間はある。仕方ないから付き合ってあげよう。

 絵美は気持ちを切り替える。元々二人ともバラエティ番組は好きで、GPだって欠かさず見ているくらいだ。ちょっとくらいわけあり顔で語るくらい訳はない。


「いま漫才界も大変だからね、いくら私らが美人女子大生だとしても簡単にはトップは狙えないよ」

「お、やるきだねぇ。やっぱ基本は王道のかけあい漫才でいきたいよね。まずは、一つテーマを決めた方がいいよね。遭難をネタに考えよう」

「えぇ……それはちょっとなぁ。気持ち落ち込まない?」

「そう? むしろ前向きに状況をとらえられない? 例えば、遭難あるある。究極に喉が渇くと海水だってわかってても飲みたくなる」

「あるあるー、ってなるか! 遭難があるある向きだって何で判断した!?」

「え? 飲みたくならなかった?」

「実際に遭難の経験が、普通ないってんの」


 あるあるネタは基本、観客にあるあるーと思わせるものなのに、まず大多数が経験ないものでしようとするな。


「遭難なら、無難に遭難するとしたら無人島に何をもっていく? から話を膨らませるのが無難じゃない?」

「あー、それでお互いに遭難シーンを演じるやつね」

「そうそう」

「じゃあやってみよう」

「え? まだ何にもネタできてないけど」

「アドリブで。大丈夫! 私たちならできる!」

「なんなの、その無駄な信頼。そんな信頼向けられる覚えないけど」


 とりあえずやることにした。そうしてアドリブで思いついたネタをお互いにだしてはツッコみをいれ、ダメ出しや修正をしていく。やると決めたら大真面目に取り組む絵美に、雅子も全力で楽しんでいるので久しぶりに遭難している悲壮な現実を忘れて楽しむことができた。


「ふー、これで一通り形になったね。とは言っても、夜のテンションでは判断誤りがちだから、明日の朝にもう一回見直さなきゃね」

「そうだね。いやー、最初にしてはいい感じのできだよね。絵美、意外とボケの幅もひろかったし。さすが相方」

「はいはい、はぁ、笑い疲れたわ」


 絵美はそう言いながら眠れるようにそのまま寝転がる。順番的に今日は絵美からだし、元々砂浜の火の前で寝起きしているので、このまま寝るだけだ。

 見上げると満天の星空。これだけは何度見ても息をのむほど美しくて、うっとりしてしまう。


「……それにしても、絵美は本当にお笑いが好きだよね」

「えー? 実際にしようとする雅美ほどじゃないでしょ」

「それはそうだけど」


 雅子は絵美に覆いかぶさってキスをした。キスは旅行前から経験済みだけど、こんなに自然にできるようになったのは昨日からだ。まだまだ新鮮で、照れてしまう。


「だって、私が愛を囁くより、今の方が目をキラキラさせて、笑ってたでしょ。嫉妬しちゃうな」

「……馬鹿だね。そんなの、雅子だからじゃん」


 雅子だから遭難していてもパニックで泣き叫んだりせず、まだ冷静にいられた。雅子といるから、会話の余裕がある。他の人だったら話題を振られた時点でキレている。


「それは私もだけどさ。遭難したのも、絵美だから平静を装えるわけだし」


 それは雅美もわかっているくせに、拗ねたような顔をしてもう一度キスをしてくる。絵美はそっと雅子の顔をつかんでそれに応える。砂がついてじゃりじゃりしているので、優しく。


「ん……私もよ。いつもありがとう、雅子。愛してる」

「私も。絶対、一緒に家に帰れるから。大丈夫。私が必ず、あなたをGP決勝戦の舞台へ連れていくから」

「ふはっ、はは。はいはい。帰れたらね」


 キスをやめて立ち上がってオーバーリアクションで空を指さす雅美に絵美は、そのネタまだ続けるのかよ。とツッコむより先に笑ってしまった。

 絵美はきっと漫才師には向いてない。とっさにつっこまずに笑ってしまうんだから。だけど雅子が言うなら、それが現実にだってなってしまいそうな気がした。


 本当に帰れるなら、一度くらい雅子と漫才を本気でしたっていいかもしれない。なにせこの遭難と言う悲惨な非日常でさえ、こんなに明るい気持ちになれる。それだけの力をお笑いはもっているのだから。


「あー、言ったな。絵美、今日はすごくいい天気だよ。昨日も大概だったけど、今日は本当に、遠くまでよく見えるくらい。ほら、流れ星も見えるんだから。絶対、願いはかなうよ」

「え? 流れ星どこ?」

「ほら、あの、ちょっと低いところの」


 こんなに素晴らしい星空でも、流れ星はまだ見ていない。雅子の指摘に慌てて絵美は起き上がって、指さされた方角を見る。そこには確かに動いている光があって。


「……いやあんな遅い流れ星があるか! 船でしょ!」

「えっ、やば!」


 二人で火を増やしたり振ったりして存在をアピールした。元々救助の為に着てくれていた船であり、無事保護され二人の二泊三日の遭難旅は終了した。


「いやー、終わってみれば楽しかったね! 忘れられない思い出もできたし」

「ほんと、雅子は大物になるよ」

「私が大物になるってことは、絵美もなるってことじゃん」


 二人はずっと手を握り合いながら、軽口をたたいて帰国した。遭難したって離れられない二人の絆は、これからも絶対に離れないと確信しながら。








 雅子にとって絵美は他の誰でもなく、一番大切な友達だった。つい思ったことが口から飛び出てしまうから、空気を読まないし、ふざけてばかりいると思われてしまう。だけど絵美だけはいつも笑って受け入れてくれた。

 絵美が特別な存在になるまで時間はかからなかったし、だから同じ大学も目指した。念願かなって恋人になれた。


 だからこそ、遭難してすごく後悔した。南の海を提案したのも、船旅を言い出したのも雅子だ。旅行だって絵美が言わなければ雅子が言っただろう。雅子のせいなのだ。

 きっと助けは来るだろう。操作は圏外だし操作はできないものの、トランクの中にスマホも入っていたし、一晩中流されたとは言え何百キロも流されたわけでもない。食料も一週間程度ならなんとかなるだろう。


 だけど絵美は心細そうで、今にも泣いてしまいそうだった。当然だ。雅子が図太すぎるのだ。知っている。

 それを慰めたくて、大丈夫。傍にいるよ。そう伝えて抱きしめれば少しは微笑んでくれた。

 少しでも忘れてほしくて、ずるいかもしれないけど雰囲気のまま波打ち際で抱いたけれど、それでもやっぱりその瞳には悲哀が消えなかった。


 雅子は無力だ。恋人の心をささえることすらできない。だけどはっと思い出した。こんなのは自分らしくない。

 絵美はいつも笑ってくれた。でもそれは何にもないのに一人で笑ってたわけじゃない。雅子が馬鹿みたいにいつも思い付きのまま楽しく話していたから、一緒に楽しくなってくれていたのだ。


「ねぇ。絵美、一緒に漫才コンビを組もうよ」


 だからそう言った。今一番、絵美に必要なものは笑顔だ。そして絵美が好きでよく笑っていたのは、お笑い番組を見ている時だ。

 自分だけの力ではなく、お笑いの力を借りなければならないのは悔しいけど、ようやく絵美は遭難も忘れたように笑顔になってくれた。


 雅子が大好きな、世界で一番大切な笑顔。この笑顔の為なら、雅子は何だってできる。何だってしてみせる。


 さすがに自覚してなかったけど私も精神的にきていたのか、船にすぐ気が付かなかったのはショックだけど、無事私たちは家に帰れた。

 家族には心配されて、もう一生船に乗るなと言われてしまったけど、さすがに二人とも船はこりごりなので同意した。


 その代り、二人で一緒に住むことにした。もはや離れる事なんて考えられなかったから。


「雅子ー、早く早く。一組目はじまるよ!」

「わーかってるって」


 隣に滑り込み、絵美に並んでテレビに向かう。休日の昼下がり。MZー1GPの敗者復活戦がが始まるところだ。

 去年も見たけれど、今年は自分たちで漫才をいくつかつくって友人たちに披露したりしている今はまた意気込みが違うようだ。


「うーん、今のところ最初のが一番面白いかな。雅子はどう?」

「そうだねぇ、あと五組目も結構面白かったけど。敗者復活戦はやっぱり微妙なのも結構いるよね」

「それはさすがにはっきり言いすぎでしょ」

「ねぇねぇ、来年、マジで応募してみない?」

「えー? どうしよっかなぁ」


 絵美はふふっと軽快に微笑んで、それから次の漫才コンビに大爆笑した。

 やっぱりまだ、お笑いには勝てないのか。雅子はちょっとだけ面白くなくて、絵美の頬にキスをした。


「はは、もう、なに? 今いいところなんだけど」

「私との方が、いいところでしょ?」

「えー?」


 絵美は笑いながら、GP本番が始まるまでいちゃいちゃに付き合ってくれた。もっともっと、絵美が雅子に夢中になればいいのに。そう思いながら雅子は次の漫才のネタを考えていた。


 この後、二人が本当に漫才をして決勝の舞台に立つかについては、神のみぞ知る話である。

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遭難したから漫才コンビ結成した 川木 @kspan

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