第2話 塔の女
二日前――。
随分と、雨の多い夜だった。
しとしとと降るその水かさは、やがて量を増し、ざあざあと音を立てて地面を打ちつける。
まるで世界の不快さを音にしたかのように聞こえたその中に、一際、ドスっ‥‥‥ッと鈍い音が降ってきた。
地面は固く石畳が敷かれていて、落ちてきたそれはどうやら硬さ比べには負けたらしい。
柔らかく全身を覆っていた肌は打ちつけられた威力に耐え切れず、張り裂け、中身を辺り一面にぶちまけた。
赤と白とその身にまとっていた布の色が、灰色の石畳の上に賑やかな彩を加えていく。
肉体から漏れ出した大量の血液が、その場に雨と混じり合って血の池を作るのに、数分とかからなかった。
しかし、あいにくの雨。
天を薄黒く分厚い雲が多い、三連の月はその向こうに姿を現していても、地上まではその光を届けることすらできない始末。
そこはカルサイトと呼ばれる、西の大陸の端にある、まだまだ文明の発展途上にある街だった。
死体にまだ意識がもしあるなら、うつぶせの状態を起こして仰向けになれば、周りに何があるかが見えることだろう。
左右にずっと続く灰色の石畳み。
両側には高くそびえる数百から千年を数えそうなふるぼけた石壁と、その手前には最近この街にも及んだ文明というものがもたらした、ガス灯の高い柱が定期的な感覚を開けて立っている。
しかし、その弱弱しい光では地上にまでその光をすべて届けるには、至らない。
上を見上げれば両目の視界にはいるだけで高く天を突くようにそびえる尖塔の数々が見て取れる。
カルサイトは別名、塔の街とも呼ばれ古くは千年前から建てられたという塔も、街の名物として知られていた。
もし、まだ意識が残っているならば。
彼女は自分が落ちてきた真上にある塔を見上げて、そして天に向かい手を伸ばしてこう救いを求めただろう。
「魔王、さま‥‥‥」
と。
地面を浸す血の臭いにつられてか、この地方に住むサソリが大量にそこかしこの岩の隙間や地面の穴という穴から沸いてでてくる。
本来なら真っ赤なはずのその背中に珍しく、その一部が真っ蒼な種類も混じっていた。
赤と白と赤と青の混雑。
西の大陸の北部で名を知られた魔王の部下が死んでいくのを、塔の上から見下ろしている幾つかの目が合った。
それらは互いにうなずきあい、彼女の――リタ・エゲナーという名を持つ魔王の部下の死を見届けると、静かに闇のなかへと消えていく。
明日の朝には死骸に群がったサソリたちが肉片を跡形もなく食してくれていることだろう。
他殺とも自殺とも、その区別がつかないほどに‥‥‥。
しかし、消えていった影たちは見落としていた。
そのいくつもの色どりの中からより、極彩色の小指ほどにしかないまばゆい輝きを持つ球体が飛び出したことを。
数度、死体の上を行き来し、それからなにかを決めたのか、一瞬またたくとそれは北の空めがけて、静かに飛び去っていった。
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