第10話 懇願
ショッピングモールで2人は久しぶりのデートを楽しんだ。
行く先々で2人は注目の的だった。
「すげー、トイレットペーパー持ってる!」
「どこで手に入れたんだ?」
「いいなあ、1ロール分けてくれないかな?」
ショッピングをしていても(実際にはウインドウショッピングだったが…)ランチをしていても、周囲の人々の囁く声が聞こえてきた。
(ふふふ、いい気分だ)
陽は注目を一身に浴びることで、これまで味わったことのない快感を得ていた。十分に自己顕示欲が満たされていた。しかし、聖は居心地が悪くて仕方がなかった。
「ねぇ、ヨウ…わたし、なんだか気持ちが悪くなってきちゃった。もう帰らない?」
「え?そうなのか?」
陽はまだまだこの優越感を味わっていたかったが、聖に無理させるわけにもいかなかった。
(残念だが…仕方ないか)
「わかった。じゃ、帰ろう」
「ごめんね、ヨウ…」
聖は申し訳なさそに言った。
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2人はまだ日が明るいうちにマンションに戻っで来た。久しぶりのデートはなんだか中途半端なものになってしまった。
マンションの階段を上がる。共用部を進み204号室に向かう。その時だった。
ガチャリ
203号室の玄関ドアが空いた。
「くっ、文春…」
2人の前に文春が立ちはだかった。陽は聖を庇うように一歩前に出た。すると…
「お願いだ、浅間さん。オレにそのトイレットペーパー…その手に持ったトイレットペーパーをを分けてくれ。この通りだ」
文春は陽の目の前で土下座をした。陽は言った。
「だ、ダメだ。それは出来ない。しかもこれ、エンボス加工だぞ!!?」
聖が大きな声で言った。
「いいじゃない、ヨウ!!うちにはたくさんあるでしょ?譲ってあげようよ…
おかしいよ、人が変わってしまったみたい…」
陽は黙っていた。
(聖のやつ…オレのお尻にはシングルがお似合いだと思っているのに、文春にはエンボス加工を譲れって言うんだな…)
「お願い、ヨウ…もとのあなたに戻って」
聖がそう言うと陽はポツリと言った。
「わかったよ、聖…」
そして文春にエンボス加工のトイレットペーパーを文春の前に置いた。
「あ、ありがとうございます、浅間さん!!」
陽は文春の声を無視して言った。
「さ、聖…部屋に入って早く休もう」
陽は聖の手を引き、部屋に入った。
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