第9話 ファッション
陽と聖は部屋を出た。
陽は文春の住む隣の部屋の前を通る際、玄関のドアに目を送った。
(あいつ…今日は出てこないだろうか?
ん?あれは表札…)
陽は目を細めて表札を眺めた。
(出歯…亀???
あいつ、出歯亀文春って言うのか…)
文春の部屋の前を通過した直後、背後から小さな音がした。
カチャリ…
その音に気づいた陽が振り返ると、文春の部屋のドアが数センチだけ開いていた。姿は見えなかったが文春がこちらの様子を伺っているのは間違いなかった。
陽は背筋が凍る思いがした。
ギュッ
左手で聖の手を握ると歩を早めた。驚いた聖が言った。
「ど、どうしたの?」
陽は小声で言った。
「聖、絶対振り返るなよ」
階段で2階から1階に降り、マンションを出ると陽はホッと胸を撫で下ろした。
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2人の住むマンションから最寄りの駅までは徒歩約20分。2人は手を繋いで歩いた。
すれ違う全ての人が…老若男女問わず羨望の眼差しで陽の右手を見た。いや、陽の右手に握られたトイレットペーパー1袋(12ロール入り、エンボス加工)に目を向けた。
陽はまるで庶民には絶対に手の届かない、高級ブランドバッグを手に入れたかのような高揚感に包まれていた。
「ね、ヨウ…すれ違う人、みんなこっち見てるよ。
わたし、なんか恐いよ。今からでも家に戻って、それ置いてこない?」
「大丈夫だよ。白昼堂々、ひったくりに遭ったりしないって。ここ、日本だよ?
聖は心配性だなぁ〜〜。
そんなことよりさ、オレ思うんだけど。いきなり金持ちになった成金は全身ブランドで固めちゃったりするじゃん?あれってカッコ悪いよな。お里が知れるって言うかさ。
シンプルなファストファッションに身を包み、アクセントにブランドアイテムを一つ取り入れる。そう言うのが真のオシャレだと思うんだよ」
陽はいつになく饒舌だった。
(それ、ただのトイレットペーパーだけどね…)
聖はそう思ったが、口には出さなかった。
やがて駅に着いた2人は電車に乗り、ショッピングモールに向かった。
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