第3話 謎の解明

十一月の初旬。朝晩の冷え込みが肌ではっきりと感じ取れるようになりました。

なのに晴天は続いていて、日中は暖かな陽気です。

霜が降りる前に、今年初めて植えた安納芋を掘り起こすことにしました。

家の裏に畑がありました。十メートルほどの畝が五通り。

自分で植えたのに、気重な塔子でしたが、掘り始めると夢中で土を掘りました。

そのうち、何故かアクタと勝負に突入です。

数と大きさの競争。途中まで力技でアクタが買っていましたが、勝敗は最後に塔子が引っこ抜いた特大のサツマイモで決定。

「はい、私の勝ち」

ニカッと笑ってピースサイン。

今年はアクタという予定外の人足もあって、午前中のうちに作業が終わりました。

「さて、もうひと仕事しなきゃ」

塔子は、泥土を洗い落とすため、冷たい水に両手を突っ込みました。

「冷っ」

「手伝うよ」

アクタは塔子の手からたわしを抜き取りました。

「ありがとう」


「・・ねえ、今頃みんな、アクタがいなくて寂しくないかな」

「ん、どうだろう。しょっちゅういないことはよくあったし」

水道の音と、ビオトープに流れる水の音が重なって、まるであの庭にいるようでした。

「まあ、僕は必ず戻ることが分かっているから」

メダカが家族で泳いで、カエルはホテイアオイの上を飛び跳ねて、それから、無数の光が水辺一帯に浮かんで、長い夏の夜を楽しんで・・・

そして、彼が奏でるハーディーガーディガーディの音色。

まるで、そこにいるかのよう・・。




その頃、二階では、瀬人の沐浴が終わったところでした。

「最近、どんどんばあちゃんが若くなってる気がするんだけど」

「ん・・だいたい大人で、時々子供?」

優衣の言葉に奏は噴き出しました。

「その表現、言えてる」

瀬人は夢中で哺乳瓶の乳首に吸い付いています。

「・・・あの体になって帰ってきたときは混乱したけど、最近慣れたというか、それより、戻って来てくれて、ずっと、両親の代わりに育ててくれたこと、すっげー感謝してるんだ」

そう言いながら、必死でミルクを飲んでいる赤ん坊の頭をそっと撫でました。

「瀬人のひいばあちゃんは面白くていいなあ」

よほど、お腹を空かせていたのか、みるみるうちに哺乳瓶は空となり、無くなると同時に瀬人は静かな寝息をたてました。



「実はさ、今度の春、百年花が咲きそうなんだ」

「百年!?そんな花なかなかお目にかかれないわよね?どこに?」

「中庭」

そこはかつて、老いた自分があの花を見つけた場所です。

「あそこには何かあるのかしらね」

塔子は思わず吹き出しました。

「まあ、そう言っているのはオーウォンなんだけどさ。何だってあいつはあそこのホストだし」

「そうね。金星の庭・・・始まりと終わり」

世界の縮図。あらゆる植物が存在し、花たちは春と夏の間中、百花繚乱に咲き誇る場所。庭中がお日様と土の匂いで満たされていて、

そして、今ではムシキのおかげで、秩序と彩りがもたらされていると言っても過言ではありません。


「僕はその頃には帰るよ」

山積みだったさつまいもは、ようやく終わりが見えました。二人とも黙ったまま残りの作業の終了です。



翌朝、アクタがけたましく、塔子の部屋のドアを叩きました。

「な・・どうしたの・・」

眠気まなこで、塔子は起き上がりました。

「これ!」

アクタは持ってきた小箱を塔子の目の前に差し出しました。

「これって、確か、奏の・・」

「やっぱりそうか」

それは、確か、二階のおもちゃ箱にしまっていたはずでした。

「どうしても、気になって押入れを開けて見たんだよ」

「気になってって・・」

奏が昔、大事にしていた宝箱です。蓋の表には『たからものあけるな』と黒で太く書かれていました。幸い、今日は年末の大掃除日。


「いいよ」

リビングに戻ってテレビを観ている奏が言いました。

「僕が小学生だった時のものだ。懐かしいなあ」

奏はそれをじっくり眺めた後、アクタに渡しました。

「何を入れてたかもう覚えていないよ」

カラカラと小さな音がして、アクタは蓋に力を込めました。

「うわっ、懐かしい」

キラキラとしたホログラムの入ったカードの束を持ち上げました。その中から一枚のカードを引き抜きました。白いマジシャンの猫が手招いています。

「これ、ビギナーズラックカード。原価二百円のものが当時六千円までプレミアがついたんだ。ちきちょう。あの時、売っとけば良かったな」

他にも他の種類のカードの他に四つに畳んだ手紙(意味深な??)など、貝や石。丸くて平たい形。水晶に似た石などもありました。

(あいつなら、きっと詳しいだろうなあ)

特に水晶には何かのまじないがかかっているのが感じ取れます。そんなことを考えながら、アクタは、イシュという、親友の顔を思い浮かべました。あった!

ようやく、底の隅の方にお目当ての物を捉えました。




華やかでウキウキなクリスマスが終わり、一年の最後、大晦日です。

アクタがここへ来て丸二月、もう少しで三か月が経とうとしていました。

「アクタ!ここの世界も、あっちと同じで大掃除の日なの。お掃除手伝ってもらえる?」

塔子は午前中のうちに、家中から不要な物を集めてきました。

「こっちのはまだ使う予定だから、外の物置にしまってもらえる?」

アクタは頷いてこっちじゃない方を指さしました。

「処分するものよ」

うんうんと頷いてにんまりしていました。

「だめよ!これは捨てるものなの!きちんと分別したから、裏に運んで置いてもらえる?」

「うん、わかった・・・」

「まあ、どうせ捨てるものだし、欲しいものが合ったらあげるわ。でも散らかさないでね」

「うん!わかった!ありがとう!」

アクタはまるで飼いならされた良犬のように満面の笑みで応えました。



晴天でした。寒いけれど、掃除日よりです。

昼食後、ガレージにアクタはいました。ちょうど、奏が車を出したスペースで前に手に入れた古い自転車を取り出しました。

「どうしたの?その自転車」

「持ち主がもうずっと戻って来ないらしい」

「ずっと・・って」

金属部分は全体が赤く錆びれて、サドルの端はパックリと裂かれていました。どのくらいの月日、放置されていたのでしょうか。

「とても大事にされていたみたいなんだ。だから、直して戻そうかなって」

その言葉に塔子は驚きました。耳を疑ってしまうようなセリフでしたから。

「何だい。僕だって相手の気持ちを尊重するよ?」

さらに耳を疑うようなセリフでした。ムシキが聞けば、さぞかし嬉しがることでしょう。


「タイヤのチューブはあるし、あとはサドルをどうするか・・」

「それなら、倉庫にあると思うわ。あの人もこうやってよく直していたから」

塔子はもういない大事な人を想ってそう言いました。

「それが終わったら返しに行くんでしょう?」

「うん」

「そしたら、一緒に買い物良いかしら?」



「このサドルいいね。トーコってばすごいよ」

「そう?」

塔子は余り布を使って、中のウレタンまで裂かれていたサドルの補強と、パッチワークを施したのです。

信号が青へと変わり、重たそうな荷物を抱えて足を引きづっている女性に気が付きました。右足には痛々しく包帯が巻かれています。

アクタは女性の荷物を持ち上げました。女性は驚いて後方を振り返りました。

「どちらまで?」

「す、すぐそこの、青海駅」

突然のことに動揺しながら、改めて、アクタを見上げました。

「なら、荷物は持つよ」

怪訝そうに女性が見るので、塔子は慌てて説明しました。

「足、辛そうですね」

二人は、アクタの後ろを歩きました。塔子とはちょうど、身長が同じでした。

「無理しないで、タクシーを使えば良かった。ごめんなさい、見ず知らずの人にご迷惑おかけして」

「良いんです。私たちは西口方向へ行くんですから、向かうところは一緒です」

駅前で、女性は、アクタから荷物を受け取りました。その時、何かに気づいたような表情をして、自転車に近づいてきました。



「お父さんの・・・」



その言葉で、アクタの脳裏で何かがはじけました。

「そうなんだ。そうなんだね?」

両手のハンドルに話しかけるようにして。

「どうしたの?」

「さっきから気になっていたんだ。あまりに波長を合わせてくるから」

塔子はもしかして・・・と前を歩く女性を見ました。こんな偶然があるでしょうか?

「これは父のものです。このステッカーは私が昔貼ったもの」

女性はサドルの裏にお菓子の絵柄のステッカーをなぞりました。

「でも、どうして・・これを?」

(ほら、そうなるよね?)

塔子は思わず天を見上げました。

「あそこに」

アクタは駐輪場を指しました。

「待っている人が来なくて、寂しいと僕を呼んでさ、連れて帰ったんだ」

まるで、子供のことを話すような口調でそう言いました。

それを聞いた女性は淋しそうな顔をして俯きました。

「でも、壊れていたでしょ?」

「直したよ」

その言葉に女性は、少し驚いた表情で「そうなの」と頷きました。

「・・父はもういないの。二か月前に事故で亡くなったの」

持ち主はもういない。

でも、だからといって勝手に持って来ていいわけがありません。

それに、大事な人を亡くした気持ちは自分には痛いほどわかります。

「父は電車通勤だったから。仕事にもこれで行ったこともあったな」

今はいない故人の思い出。その中に、この自転車はどの場面にも主の隣にいたのでしょう。

「そういえば、さっきこれが寂しくて呼んだって・・?」

アクタは頷きました。

「今も?」

もう一度頷きました。

「ずっと、そうだよ」

「父が・・父がもう戻らないことを伝えることは出来るの?」

アクタは首を横に振りました。

「・・じゃあ、寂しいままなんだ」

「また、元のところへ置いておくよ」

アクタは荷物を渡して、背中を向けました。

「もし・・もしも、迷惑でなければもらってくれない?」

それを聞いて、アクタの瞳が輝きました。

「父は、もういないから」

アクタは立ち止まって、満面の笑みを浮かべて、振り返りました。塔子は肩からため息を落としました。この頃、ますますムシキの気持ちが分かるようになった気がします。

「ありがとう!大事にするよ」

そう言って、思わず女性の両手を握りました。彼女はハンドルやサドルを優しく撫でて、丁寧に頭を下げました。

「今までありがとう」


ブレーキ音がして、人々の往来は増々激しくなりました。

二人は彼女がエスカレーターからいなくなるまで見つめていました。

「何だかとっても嬉しそうね」

「うん、嬉しいよ」

アクタは狭い路地に入ると、指を広げました。チャッと金属音がしただけで自転車は瞬く間にアクタのショルダーバックに収まりました。

その光景を初めて目の当たりにした塔子は、バックから目が離せません。

道理で、あの戸口の狭い部屋の中へアクタは大きな家具や一枚壁まで、持ち込めるはずです。ずっと、謎だったことがここでようやく解明出来ました。

そして、この自転車もまた、あの薄暗い山積みの部屋に並べられるのです。

瞼の裏で、セピア色の映像が浮かんできて、思わずアクタの腕を塔子は掴みました。

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