スプーキーナイトメア・ぷうけえ! 3

 気がつくと、あたしは倒れていた。

 赤い空。いつのまにか、夕方になったのかな。それにしては、太陽の位置がおかしい気がする。

 夕方だとしたら、太陽があたしの頭のてっぺんにあるのはおかしい。なんだか、怖いな。気味がワルい空だ。

 からだをおこすと、ここが公園だということに気づく。さびた遊具に、草が伸びきった地面。近所の公園じゃない。

 ここ、どこ?

「夢でも見てるのかな」

 それにしては草の感触も、生ぬるい空気の温度もリアルに感じる。

 たまに触れる、少しとがった石のするどさが痛い。

 これ、夢じゃないんじゃないかな。

「知らない場所だ……こわいな……」

「こわい?」

「ひえっ?」

 あたしはカエルみたいに飛び退いて、声がしたほうを振り返った。

 同い年くらいの男の子が、にこにこしながらあたしを見下ろしている。

 短い黒髪に、きつねみたいな細い目。雪のような白い肌に、へんなつなぎの服。

「見たところ、ケガはないようだけど、痛いところある?」

「だ、誰っ?」

「ぼくは、タタラ。きみのために、この世界を案内する役目をおおせつかっているよ」

「な、何の話?」

「きみは、今、ぷうけえのなかにいるって話」

「あなた、何をいってんの……?」

 ぷうけえって、ゲームの名前だったよね。

 ぷうけえのなかにいる、ってどういうこと?

 この人は、なんなの?

 ここは、どこなの?

 聞きたいことは山ほどあるのに、声が出ない。

 奇妙な赤い空が、じわじわと赤みを増している気がした。

 どろどろしていて、まるで……血の色みたい。

 背筋がゾクッとする。だめだめ、変なこと考えるな、あたし。

「あそこ見て」

 タタラがあたしの後ろを指さした。

 振り返ると、そこには見知らぬ小学校があった。

 タタラに手を引かれ、あたしは門の前に連れて行かれる。もう、なんなのー。

「ここ、読んでみて」

 門柱の表札に、『××郡立明日手小学校』と書いてある。

「××郡? ばつばつ? へんなの。どうやって読むの、これ」

「これは、伏字だよ」

「伏字って、動画でよくある、ピー音のこと? でも、学校の名前が伏せられてるのなんて、聞いたことないよ」

「現実世界だったらまず、ありえないよね。こんな表札。つまりここは、現実世界じゃないってことさ」

 そういえば『明日手村』ってどこかで聞いたことがあるような気がする。

 どこで見たんだっけ。つい最近、見たはずなんだけど。

 そうだ、ゲームのパッケージ。ぷうけえだ!

 待って。それじゃ、ここって……?

「ここ……もしかして、ゲームのなかだったりする?」

「うん」

「マジッ? あたし、ゲームのなかに来ちゃったの?」

 大好きなゲームのなかに入っちゃったなんて、ファンタジーがあたしに起こるなんて、すごすぎ!

 なんだか、変な雰囲気のゲームだけど、謎解きゲームならありがちな演出なのかな?

 序盤は不穏な展開だけど、これから面白い展開に——。

「うん。ホラーゲーム【ぷうけえ】のなかにね」

 え……ほ、ホラゲー? 今、ホラーゲームっていった?

 全身の血の気が、サーッと引いていくのを感じる。

「ぷうけえって、謎解きゲームじゃないの」

「謎解きゲームって?」

「え……た、例えば、プレイヤーが探偵役になって、パズルやクイズに答えていく、みたいな……」

「そういうくくりでいったら、違うかな。このゲームは……」

 ——ポトン、と何かが近くに落ちる音がした。

「な、何?」

「あれが落ちたんだ」

 タタラが草の上に転がっている、小さな靴を指さした。

 赤いストラップシューズ。三歳くらいの子が履くような、子ども用の靴だ。

「ど、どうしてこんなところに靴が……」

 しかも、右足用しか落ちていない。

 片いっぽうが見当たらないのだ。

 今さっき落ちてきたといわんばかりの音がしたのも、奇妙だし。

 おかしな状況のせいで、普段だったら可愛い靴としか思わないものが、どうやっても不気味に思えてしまう。

 まるで、今まさに子どもが何者かに連れ去られて、片方の靴だけ落としていったみたいな。

「このゲームは、ホラーゲームだよ」

「ほ、ホラー……ゲーム……?」

 ぞわり、と背筋に冷たいものがたれていく。

 汗だ。暑くもないのに、あたしは汗をかいていた。

 す……す……。

 目線を上に向けると、影が立っているのが見えた。

 す……す……と、一歩ずつこちらに近づいてくる。

 黒い影のなかに、複数の目玉がゆらゆらと浮かんでいる。

 それは、赤く血走っている。

 ひとつひとつが、ぎょろぎょろとあたりを見渡している。

 その一つと、ぴったり、目があった。

 瞬間、あたしに向かって走ってきた。ずずず、と影が大きくなって、おおいかぶさろうとしてくる。

「わあああああああ——ッ!」

 あたしは、地面に尻もちをついた。

 ガクガクと体中が、どこかへと逃げたがっている。

 本物の、目の前の恐怖から。

 こんなの、ゲームじゃない。

 マジの、リアルじゃん。

 こわいよ、こわい、こわい!!

 ホラーゲームなんて、やったことない。

 あたしはホラーゲームだけはやってこなかったんだもん。

 だって、こわいものを見たら、お風呂で頭を洗えなくなるし、夜トイレに行かなくなるし、布団にもぐらないと眠れなくなるし!

 つまり、あたしはこわいものが大の苦手なのだ。 

「出たか」

 タタラは影からあたしをかばうように、前に進み出てた。タタラのおかげで、影が見えなくなる。

「きみ、大丈夫?」

「な、なんなのあれ」

「こわいもの。きみを怖がらせるためのね」

「な……なにそれ」

「ホラーゲームだからね。でも、ぼくがいるから」

 タタラは、どこからともなく木目のついた細長いものを取り出した。

「じゃ、仕事をさせてもらおうかな」

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