第91話

「どうやら…決着は付いたようだな?青年」


「…?」


 デス4専用の結界から外に出てきた大助の背中にそんな声がかけられる。


「中々に興味深い決闘だった。面白い戦い方をするんだな」


「っ!?」


 最初に感じたのは違和感。そしてその噛み合わない奇妙な感覚は結界の外の景色を見た瞬間に確信へと変わる。楽しさで茹っていた大助の脳が一瞬で覚醒。手にしていた十手を男を狙い全身全霊で投擲する。


「おいおい物騒だな青年!?」


 当然のように豪速で投擲された十手を回避する仮面の男。だが大助の本命はそれではない。


「___‘魔操刀術…‘」


 スマートフォン。そこから大助が刀を引き抜きつつ全力で抜刀しようと一歩前へと踏み込む。


「やめとけ青年。それをやるなら、俺も本気を出さざるを得なくなる」


 だが大助が刀を抜ききるよりも早く男は柄を素手で上から押さえつけ刀の抜刀を無理やり防いでいた。


「何者だ?あんた……」


 奇妙な鬼の仮面に黒のスーツ姿。そこまでなら大助もこれ程驚く事はなかっただろう。問題はその男から感じる異様な気配とその力だ。


(まったく腕が動かない。しかも一手引けば即座に殺られるという確信もある。何だこの化け物は?)

 

 ギチギチという異音と共に大助と男の0距離での拮抗状態が続いていた。


「青年、とりあえず刀を収めろ。俺はおまえと戦うつもりはない」


「よく言うぜ。それならそっちも刀を収めたらどうだ?」


「……ほぅ」


 男が大助の刀を抜けないようにしているのと同じく、大助もまた男が抜こうとしていた刀を無理やり押さえつけていたのだ。


「これは保険みたいなものなんだが…まったく仕方がないやつだな。いいだろう。ならばこうしよう」


「…はぁ?」


 あっさりと仮面の男は大助の刀から手を放し、自身が抜こうとしていた刀を鞘ごと破棄する。


「何のつもりだ?」


「言っただろう。別に戦うつもりはないと。それともまさか俺と話すのが怖いのか?」


「……」


 おそらくは自身に匹敵するレベルの化け物が武器を手放し言葉による対話を所望している。そこまでされた以上、大助としてもそのラブコールを無下にするわけにはいかない。刀の柄から手を放しつつ次に放つ言葉を大助は考え始めた。


「これ、あんたがやったのか?」


 大助が警戒しつつ部屋の惨状を指摘する。巨大な部屋の半分以上を占有する謎の巨大植物。それによってシュガーのメイド2人とミルフィーが拘束されていたのだ。


(完全に気を失ってるな。一撃で対応する間もなく制圧したのか)


「ああ。彼女達を無傷で拘束するならこのレベルの植物が必要不可欠だ」


「…理由を聞いても?」

 

「そうだな…まあ、しいて言うなら個人的な流儀とでも言えば良いのか」


「…?」


「メインのショーが終わったのに、外野がワーギャーとやっていたら興ざめだろ?何事も余韻ってのが重要だからな」


「……」


(こいつ、イカレてるな)


 大助が刀をスマートフォンへと戻しブラブラと両手を振る。それを見て満足そうに仮面の男は頷いていた。


「ダンジョンマスターが倒されたのに、何もするつもりはないのか?」


「ああ。そもそも俺はこのダンジョンに所属しているものではないからな。一対一の決闘に水を差すような阿呆な事はしないし、させない。俺の言っていることの意味は分かるよな?」


「そうか。あんただったのか……」


 大助のスマートフォンに表示されていた情報。そこには全てのお助けモンスターが戦闘不能になっているという文字が表示されていた。


(この結果は仕方がない。今のあいつらじゃこの男の相手はまだ無理だ)


「それに、今は青年の相手をしている場合ではないからな。あれを見ろ」


「…?」


 仮面の男が指差す方向に大助の視線が向く。そこには両膝を抱えて蹲るシュガーの姿があった。


「ううう…負けちゃった。しかもナメプされて負けちゃった……」


 人が変わったようにネガティブな言葉を呟くシュガー。その姿を大助は興味深そうに見ていた。


「あいつ、どうしちまったんだ?」


「ああ…あいつはな、勝負に負けるといつもああなるんだよ。あ~、今回は結構ダメージがでかそうだ…たぶん一週間はあのままだろうな」

 

「マジで!?」


「ああ。普通にヤバいよな?」


 そのまま仮面の男と大助がシュガーの生態について議論を交わしていると、目の前の空間が突然歪み始めた。そしてその空間の穴から赤髪の少女が無理やり這い出てくる。


「ミスターK。依頼されたことは全て終わらせましたけど…これはどういう状況ですか?」


(竜?そこそこ強そうではあるが…なんだろうな。まだ未完成というか…磨けば光る原石のようなものを感じる)

 

「お、いいところに来たな。悪いがシュガーを頼む。一週間はひたすらに褒めまくってやってくれ。そうすれば元に戻る。俺はこの青年と少し話があるからよろしく頼むよ」


「え!?ちょ、ちょっとミスターK!?」


「ココア~!?ごめんな~…私は本当にダメダメなダメドラゴンなんだ…」


「シュガー様!?どうしちゃったんですか!?」


「青年、少し場所を変えるぞ」


「ああ……っ!?」


 瞬きをする間もなく一瞬で巨大な倉庫のような場所へと景色が切り替わる。


「…転移か」


「似たようなものだ。さて、青年。少し話をしようか?」


「ああ」


 両者共に休憩スペースに設置されたイスへと腰掛ける。


「とりあえず自己紹介をしておこう。俺はミスターKだ。おまえの名は?」


「金本大助だ」


「……そうか。良い名前だな」


 そして奇妙な二人の男の会話が始まった。

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