第89話

「どうする金本大助!?降参するなら今の内だぞ~?今なら半年間強制労働の刑で許してやろう!」


「ん~?…まあ、そういう展開も悪くはないよな……」


 大助が少しだけ悩む。あるいは全てを捨ててでのリスタート。それも大助から見れば輝いて見える可能性の1つだ。


「……やっぱりそれは止めておくか」


「…む?」


「勝ち筋が見えている勝負をわざと放棄する程、俺は阿呆じゃないんでな」


 大助が手に持つ十手を左右に軽く振り拒絶のサインをシュガーに送った。


「ふん。ならば仕方がない。おまえに待つのは死だけだ」


 シュガーが最後の命令を魔物に出そうと動き出す。そのタイミングを見計らったように大助がシュガーに声をかける。


「おいおい…まだ気が付かないのか?冷静になってよく考えて見ろよ?」


「…?」


 そこで初めてシュガーは大助の表情をマジマジと見つめる。


 ___そこには、少女が今まで見たこともないような種類の笑顔が浮かんでいた。


「おまえが倒したあの魔物、ライフカウンターを2つも使って出したんだぞ?…普通の魔物のわけがないだろ?」


「…それがどうした?仮に何か効果を使ったとしてもこの状況を逆転できるわけがない」


「ヒントを出そう。デス4に勝つにはどうすればいい?」


「……あっ!?」


「気づいたようだな」


 大助がわざとシュガーにも見えるように1枚のカードの表面を公開する。


「デス4の敗北条件は3つある。1つ、ライフカウンターを全て失う事。2つ、デッキが0の状態になる事。そして3つ目が…」


「特殊勝利か!?おまえ、最初からそれを狙って……」


「いや、これは最終手段さ。おまえが予想以上に強くてな。正攻法だとヤバそうだから途中で戦法を変えただけだ」


「「妖精との出会い」「妖精の導き」「妖精との冒険」「妖精との旅路」「小さな妖精」「呪いの妖精」「呪いの妖精王女」この7枚がゲーム中に発動済であること、ライフカウンターが残り1つであること、自分の場のカードが0の場合のみこのカードは使用できる」


「「旅の終わり」を発動だ。俺の手札とデッキから「大妖精の祝福」を除いて全てゲームから取り除き、デッキからカードを1枚だけ引く事ができる」


「ヒュドラ!その人間を殺せ!!」


 シュガーの指示で巨大な魔物が大助に襲い掛かる。だが大助のカードを動かす手は止まらない。片手でヒュドラの頭部を掴み取り地面へと叩きつける。

 

「悪いね。おまえ以外の魔物は…正直ただの障害物でしかないんだ」


「がっ!?ち…ちくしょう!!」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべた大助がそのカードを発動する。


「「大妖精の祝福」を発動だ」


 その瞬間、大助の前に巨大な妖精が召喚された。一礼の後にその妖精が喋り始める。


「‘さあ、あなたの望みを教えて?何でも叶えてあげる‘」


「そうだな…俺とシュガーのライフカウンターを1に固定。デッキに1枚だけカードを残してそれ以外のカードを全てゲームから取り除いてくれ。そういうのは可能か?」


「はあああぁああぁぁ!?馬鹿人間!!おまえ何考えてるんだ!?」


 シュガーは大助の発言に驚愕していた。大妖精の祝福は発動すれば勝利が確定する類のカードだ。その権利を放棄し大助はゲームを続行しようとしている。正気の沙汰ではなかった。


「‘そこの竜もこう言ってるけど、本当にいいの?‘」


「ああ。だってさ、そっちの方が絶対面白いだろ?」


 大助は笑顔でそう答える。


「‘変わった人間ね。いいわ。その願いを叶えてあげる‘」


 大妖精は邪悪な笑みを浮かべつつその姿を消した。そして次々とカードが消失していく。


「がああああああああああああっ!?せっかく苦労して召喚したのにいいいいいい!!」


 シュガーが顔を真っ赤にしながら地団駄を踏み鳴らす。


■金本大助 残り手札0枚 残りデッキ1枚 残りライフカウンターは1つ。


■シュガー・カフェリア 残り手札0枚 残りデッキ1枚 残りライフカウンターは1つ。


「やっぱ戦いってのは自分の手で決着を付けるのが一番だ。おまえもそう思わないか?」


「…デッキを1枚だけ残したのはそのためか。イカレた男だな」


 デス4はデッキが0になった瞬間に敗北が決定する。つまりここから先の戦いはカードを使えないということだ。


「さてと…そんじゃ、そろそろ最終ラウンドと行こうか?」


 大助が十手を正眼に構え半身を後ろに下げる。その動作だけで全ての準備が整っていた。


「…ふん。私にナメプした事を死ぬほど後悔させてやる」


 シュガーが全ての防具を解除。予備の剣だけを手に最も身軽な戦闘スタイルへと移行する。


「人が…竜に勝てるとでも思っているのか?」


「勝てるとも。人間の可能性に限界はない」


 両者が同時に前に踏み込む。そして正真正銘の最後の戦いが始まった。

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