第58話
「マスター!流石に今の行動は酷いと思う!私は盾じゃないぞ!!」
「…っ!?」
「……え?おまえ首チョンパされたのに生きてんのか?」
首だけの状態のクロがギャンギャンと大助に文句を伝える。それは敵対する女からすれば異常過ぎる光景だ。足元に転がっていたクロの頭部を持ちあげる大助。
「当然だ!私のような超エリートな竜は頭を落としたぐらいじゃ死なない。この心の臓が破壊されない限り何度でも復活するぞ」
「……」
面倒な事になったと大助が焦る。大助の脳内予定ではクロを蘇生させてからの奇襲攻撃を対殺し屋用に考えてたのだ。
(第一プランは無理だな。第二プランで行くか)
「…悪かったな。でも俺が死んだらお前の復活とか無理だろ?あれは仕方がない行動だったんだよ」
「む~!」
「分かった分かった。出血大サービスだ。40万円以内で好きなだけ魚を買ってやる」
「んむむ!?も…もう一押し!」
「釣った魚をその場で食べられる究極の釣り堀に招待する事を約束しよう」
「それなら許すしかないな!」
クロは気づかない。大助がクロの命を40万円程度にしか考えていないことを。
「……話は終わったか?」
面倒そうな顔つきの女が大助に問いかける。
「ああ…そうだな。あともう少しってところかな」
大助が女に視線を向けつつ答える。両者共に戦いの準備は整っているのだ。あとはタイミングだけだ。大助はあえて隙を見せる事で攻撃を待っている。そして殺し屋は必殺の機会を待っている。
「クロ。スマホの電源は入れとけよ___‘ピーマン‘」
「マスター!?」
手のひらの内側に転移草を仕込んだ大助がクロを押し飛ばす。キーワードの詠唱と共にクロの首と体は別の場所に転送された。
(やっぱりな。この結界は俺だけを対象にしてる。まったく面倒な「気術」を使いやがってよ。転移草の残り使用回数は3回。それまでに仕留められるか?)
「ふっ!!」
「おっとっと…!?」
右からの打突を避け、流れるように振るわれる回転左肘をブロック。勢いを殺さずに繰り出そうとしていた前蹴りを右足でカットする大助。
「ちっ…!」
左右と大助の頭部を狙ったフックの連撃をリズムよく躱し、回転蹴りが振るわれる前に1歩距離を詰め足を掴んで押し返す。
「___‘風刃‘」
「単調だな!!」
距離が空けば飛び道具を使うだろうと予測していた大助。後ろには下がらず前に出る。ピストルの形状を取ろうとしていた女の右腕を左側に蹴りつけ能力の発動を阻害。不完全な形で放たれた暴風が海面を叩き割った。
「なっ!?」
「ふっ…!!」
大助の右ストーレートが放たれる。そしてコンマ1秒で振るわれる追撃の肘打ち。体勢を変えずに打ち込まれる膝蹴り。殺意100%の3連撃。そしてその攻撃を当然のように受け止める殺し屋。
「はっ…単調だな」
(嘘つけ。フェイントの肘打ちに引っかかりそうになってただろ。だがこいつ、本命を膝蹴りだと先に当を付けてガードしてやがった。こりゃ厄介だぞ…)
「なるほど。まあ、少しは楽しめそうだな」
「なんか変な音がしねえか?」
「あ~?爆弾じゃねえの?」
「んなわけねえだろ~」
一連の音は花火によってかき消され一般人には届かない。
「「ふっ!!」」
ぐぐぐっと互いの腕に力を入れ拮抗状態に突入する大助と殺し屋。ゼロ距離でのクリンチ一歩手前の状態だ。猛獣のような表情を浮かべた二人の視線が交差する。
(いいね~…飢えた野獣のような剥き出しの殺意。ゾクゾクしちまうよ。だが…まだ足りない。もっともっと…おかしくならなきゃダメなんだ)
「そんなに焦んなよ。まだまだパーティーは始まったばかりだろ?」
「イカレ野郎が…」
(ここだと埒が明かない。場所を変える必要があるな)
「だったらもっと面白いものを見せてやるよ!」
「っ!?」
頭突きで女の体勢を崩しスカイアッパーで顎を狙う大助。そしてこの攻撃も防がれた。だがここまでは彼の予想通りだ。
「___‘パプリカ‘」
一瞬の内に景色が切り替わる。そこはサンビーチ近郊のホテル屋上。大助が事前に転移草を仕込んでおいた場所だ。これで転移草の残り使用回数は2回。こうなると大助も使用には慎重になる。
(結界内部の転移なら可能か。結界術のレベル自体はそこまで高くないな。能力に「バフ」が掛かってるわけでもないし「異界化」もしてない。「制約」の内容もそうだが本当に俺を逃がさない為だけに展開してるな)
「なるほど!随分と面白い小道具を持ってるみたいだな!?」
「おわっ!?」
近距離で抜かれたシースナイフ特有の音に反応し大助がスウェーで回避する。
「終わりだ…!」
それを待っていた殺し屋が素手では回避不能な一撃を大助に叩き込む。
「抜いたな?」
これを同じく得物を抜いた大助が弾き返す。共に「魔力」と「気力」が込められた人外の一撃。その余波だけで鉄筋コンクリートの床にヒビが入る。大助が手にした凶器。それを見た殺し屋から再び本音の言葉が漏れた。
「……十手だと?」
「ああ。刃物はあまり好みじゃないんでね」
長さ約45cm程度の武骨な鉄の棒。江戸時代、犯人を殺さず生け捕りにするために振るわれた対悪党用の護身武器。そして金本大助が愛用する武器の1つだ。
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