第56話
熱海市の温泉は非常に有名だ。とある大衆温泉などはわざわざその湯に入るために飛行機に乗って県外から来る人もいるという。大助自身有名な温泉には興味があるのだが、彼の場合風呂は1人で楽しみたい派だ。そうなると、必然的に選択肢は貸し切りの温泉という事になってくる。
(三泊ぐらい宿泊しようかとも思ったが予定変更だな。日帰りかつその日の内に泊まれる場所なんてあるか?……あったな)
料金は高いが部屋で露天風呂が楽しめるという最強の宿泊施設。そんな場所を大助は知っていた。部屋も広く2人での利用を推奨している旅館。その場所に大助とクロが到着する。
(今はまだ16時くらいか。夜の花火イベントまで時間はあるし温泉を楽しもう)
「おお~中々に味のある場所だな~」
「頼むから設備を壊したりするなよ」
大助がフロントで手続きを済ませ鍵を受け取る。
(クロが何かやらかす前にさっさと部屋に連れ込んじまうか)
「はいはい。とっとと部屋に行くぞお姫様」
「んおお!?」
販売所のコーヒー牛乳を怪しい目で見ていたクロを抱きかかえる大助。事件を未然に防ぐ鮮やかな行動だ。
「………」
大助の大胆な行動に真っ赤な顔で俯くクロ。彼女は基本的に押しに弱いのだ。妙な空気のまま大助とクロが部屋へと到着する。
「おお。こりゃ凄いな……」
部屋の中にはシンプルなテーブルが1台とイスが2つ設置されていた。そして何よりも目立つのがその露天風呂。広大な海の景色を楽しみながら入浴をする事ができる。そこそこの大きさがあり、2人以上でも十分に入浴できるほどのスペースだ。
「まさに絶景なり。いいねいいね~」
「…そうかそうか。そんなに楽しみにしていたのか大助。ならば私もそんな主人の期待に答えなければいけないな!」
「ぬうっ!?」
クロのショルダータックルを喰らい大助が浴室のお湯の中まで吹っ飛ばされる。
「ごばばば!?」
大助が慌てて浮上し現状の把握を始める。
(謀反か?中々悪くないタイミングじゃねえか。褒めてやる)
「ど…どうだ?…似合ってるか?」
「…ああん?」
思考を戦闘モードに切り替えようとしていた大助に見えた光景。そこには黒色の水着を着たクロの姿があった。彼女の竹を割ったような性格によく似合うスポーティーでシンプルな水着。大助の脳内評価では100点満点と言ってもいいだろう。その整った頭部からは角。そして健康的な臀部から大きな尻尾がブンブンと振るわれている。
「…悪くはないな。黒色ってのは肉体が通常よりも引き締まって見える。余計な装飾品がないところも……じゃなくてなんでお前タックルしてきたんだ?」
「ん?男はこうすると最高に喜ぶとクラリアが言っていたぞ」
「それは誤解に満ち溢れた間違いだらけの現代知識だ」
(俺にそんな崇高な趣味はねえよ!)
「まあまあそんな細かい事はいいじゃないか!」
ススッと、クロが素早く大助に密着してくる。その姿は自らスッポリと主人の手に収まりに来る大型犬そのものだ。
「ふふん!どうだどうだ!大助もこの魅惑のボディーの虜になってしまったようだなぁ!?」
「………」
ウリウリと挑発してくるクロをどうするかと考える大助。
「ああはいはい。クロちゃんの素敵なスタイルにこの金本、目から鱗が出そうですよ」
「そうかそうか!もっと褒めても良いんだぞ!」
(皮肉だよ皮肉!)
竜と鱗を掛け合わせた皮肉もクロには通じない。むしろ最高の誉め言葉と勝手に勘違いを始めてしまう。
「……はぁ」
(また1つ教訓を得たな。温泉は和服のまま入るとまったく気持ちよくない)
湯舟に体を沈めつつ頭を抱える大助。そんな世界一くだらない教訓を学んだ大助であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます