第55話

「おお。まだ営業はしてたみたいだな」


 大助とクロがラーメン屋に到着した。


(飲食店は1年や2年で潰れてもおかしくないからな。そう考えるとこの店は結構儲かってるのか)


「いらっしゃい。おやおや~随分と可愛らしい娘さんを連れてるんだね~家族旅行か何かかい?」


 老齢の店主の言葉を受けて大助の頬に青筋がピクリと浮かび上がる。


「…あははは。まあそんな感じです」


 無難に返答する大助。事細かに事情を説明する気などないがその内心は複雑だ。


(このじじい。俺が子持ちに見えるほど老けて見えるって言いてえのか!?)


「んははは!どうやらこのご老人は私の素晴らしさをちゃ~んと理解しているみたいだぞぉ?マスター」


「え?マス…なんだって?」


「あはははは!ちょっと複雑な年頃の娘でして~もう~あんまり変な事を言ってると内臓えぐり出しちゃうぞ♡」

 

「ぴゃあ!?」


 大助の余計な事を言うなという目と本物の殺意に震えあがるクロ。


「ああ~確かに今時の子供は何考えてるかわからんからな~」


「ですよね~」


「…ひえええ」


 適当に話を合わせつつ奥のテーブル席へと移動する大助とクロ。席に着き、両者共に水を1飲みした段階で大助が話を始める。


「クロ。とりあえずこの旅行中の間はマスター呼び禁止な。俺が本物の変態だと思われちまうから」


「んえ!?それならなんと呼べば良いんだ?…お、お父様とかか?」


「……うええええ」


 心底嫌そうな顔で水をもう1飲みする大助。


「流石にその反応は私でも傷つくぞ!?」


(こんなのが俺の娘だったら心労で倒れちまうよ)


「普通に「大助」と呼んでくれ」


「…わ、分かった」


 作戦会議が終わり、ようやく2人がメニュー表へと目を通し始める。


「な~な~マス…いや大助!この丸い円盤のような食べ物は何なんだ?」


「…お?良い所に目を付けたな。そいつは餃子だ。しかも普通の餃子じゃなくて「浜松餃子」ていう有名なやつだな」


「浜松餃子?」


「ああ。円型焼きって言うらしくてな、10個以上の餃子をまとめて焼き上げるらしい。それとヤバい量のキャベツが使われてるのも特徴だったか」


「おお~人間は本当に面白い事を考えるな」


「俺もそう思う。これの12個セットと醤油ラーメンを頼むけど、クロはどうする?」


「私はこの大量の肉が乗ったラーメンが食べたい!あとこの餃子も頼むぞ!」


「よし、注文するか。すいませ~ん!!」


 店員さんに希望のメニューを伝えた。しばらく待つと、美味しそうなラーメンと餃子が届く。


「おお~良い匂いがするぞ!!」


 ダラダラとご馳走を前に涎を溢すクロ。涎を拭くよう伝えようかと思った大助がその口を閉じた。


(食事時にガチャガチャ言うのは無粋ってやつだな。本人が楽しめればそれでいいか)


「ほんと美味そうだよなこれ!よし!いただきます!!」


「んごごごご!!」


(……ん?)


 爆速でラーメンを食べ始めるクロを眺めていた大助がふと、視線を感じた。


(面白いやつを見るような視線じゃない。この感じは……)


 大助から見て左奥の席。そこにはサングラスをかけたスーツ姿の女性が1人、大助を無言で見つめていた。


(…ヘえ)


 ブロンドの髪に長身。恐らくは外国人だと大助が判断する。だがそれよりも気になったのはその目だ。サングラスの奥のその暗い瞳。それと同じような目をした人間を金本大助はよくよく知っていた。


「うまうま!!」


「……」


「……」


 言葉もなく、ただ両者の視線だけが交差する。そしてゆっくりと女性が自身の頭に指をコツンと当て、銃を弾くようなジェスチャーを取った。


 ___それはつまり、今夜あなたをブチ殺しますよという同類からのメッセージだ。


(……♡)


 ニッコリと、とびっきりの笑顔をプレゼントする大助。その顔を汚物を見るような目で睨みながら女は退店した。


「んおお。マ…いや大助もそんな顔をするんだな」


 クロが驚きの表情を浮かべる。


「…ん?俺そんな変な顔してたか?」


「いや…何というかその、財宝を前に舌なめずりと皮算用を始める初心者冒険者のような顔をしていたぞ」


「うははは!なんだよそれ。具体的過ぎだろ」


 ケタケタと心底愉快そうに大助が笑う。これにはクロもびっくりだ。


「おお。マスターが楽しそうで何よりだ!」


「そうそう!やっぱ人間ってのは面白おかしく生きないとなぁ!?」


(…いいね。世界はまだまだ狂気に満ち溢れてる)


 熱烈なラブレターへの返事をどうするか。それを考えるだけでも大助は幸福だった。

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