第51話

「温泉に行きたい…」


 翌日、のんびりと縁側で寝転がっていた大助がそう呟く。


(あまりにも毎日が暇すぎる)


「油揚げを備えて、庭の掃除をして、筋トレして、飯を食って寝る。このままじゃダメ人間になる……あれ?世間一般的な考えだと十分に充実してるのか?」


 だがしかし、これが大助の求めていた幸福かと問われれば彼は否定するだろう。


(普通の幸せって何だろうな。そもそも「普通」てのはいったいどこの誰が定義したんだ?よくよく考えれば実にあやふやな概念だと思うんだが)


「いかんいかん。また無駄な思考を始めちまったな」


(ストップだ。この問題に明確な答えなんて存在しない。つまりは考えるだけ時間の無駄ってやつだ)


「難しい顔をしてどうしたんだマスター?」


「ん?」


 クロが横になっていた大助の顔を覗き込む。


「考えるよりも体を動かした方がいいぞ~悩んで出した答えなんて大抵はろくでもない結果になるからな」


「むむ。中々良い事を言うじゃないか」


「だろだろ~もっと褒めてもいいんだぞ~」


 フン!と尊大に自己アピールをするクロ。全ての苦悩から解放されたその能天気そうな顔は大助からしてみれば眩しく見えた。


「そうだな。偶には頭を空っぽにして阿呆になる事も必要か」


「そうだぞ!この私を見習って…というかそれ本当に褒めてるのかマスター?」


「褒めてるとも。お前は凄いやつだよ」


「ふふん!どうやらようやくマスターのこの私の凄さを理解したようだな!」


 褒められて有頂天になるクロを呆れた目で見る大助。この悪癖さえなければ彼女のスペックは悪くないのだ。


(話が逸れたな。本題に戻ろう。今を楽しむ為には阿呆になる必要がある。つまりは普通では思いつかないブッ飛んだアイデアが必要という事だ)


 そこまで考えた大助の脳にアイデアが舞い降りる。


「クロ。お前っていつでも竜の姿に戻れるのか?」


 大助が気になっていた質問をクロに投げかける。


「んお?いつでも戻れるぞ」


「…素晴らしい」


「?」


「てことはよ、あの姿なら人間1人背負って空を飛ぶのなんてチョロイよな?」


「余裕だな」


 自信満々にクロが答える。その姿を見て満足そうに大助は頷いた。


「…決めた。今から俺は温泉旅行に行くぞ」


「んお?急だなマスター」


「何をボケッとしてるんだ?お前も俺と一緒に行くんだよ」


「ええっ!?本当に急だな!?」


 同行を求められるとは思っていなかったクロが驚く。


「分かった。とりあえずラビに連絡しておかないとな」


 黒色のスマートフォンを取り出そうとしたクロの動きをやんわりと大助が静止する。


「どど、どうしたんだマスター?」


 動揺するクロの耳元に大助が顔を近づけ、そっと魔法の言葉を囁く。


「俺はクロと二人っきりで旅行を楽しみたいんだ。電源は切っておけ」


「ええ!?」


(こんな面白そうなイベントを邪魔されるわけにはいかないからな)


 押しに弱いクロが動揺する。その隙を見逃さずにそっとクロの腕を掴み電源スイッチへと導いていく。


「ほら。切れるよな?」


「……あう」


 押し負けたクロがスマートフォンの電源を落とし服へと仕舞う。


「うん。良い子だ」


「…あ」


 大助が優しくクロの頭を撫でる。


(ほんと綺麗な髪をしてるよなこいつ。高級なシャンプーとか使えば俺もこんな感じになんのかね?)


「……初めて頭を撫でて貰った」


 ボーと頭に手を置いて放心するクロをじっと観察する大助。


(褒められ慣れてない感じだな。効果ありと。とりあえずこの路線で行ってみるか)


 大助が今後の教育方針を固める。それは大助にとって都合の良い存在に仕上げるためのプランだ。


「よし。そんじゃちょっと庭の中心まで来てくれ」


「…?」


「説明しよう。この俺のパーフェクト温泉計画を!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る