第46話

「でもでも、マスターと一緒に死ねるならそれはそれで幸せかも!?」


 トチ狂ったラビがいよいよ本音を口にし始める。


(何をわけのわからない事を言ってやがるんだか)


「それじゃ行くぞ~」


(えっと、魔力を充填してキーワードも設定した。あとはあの言葉を唱えるだけだな)


「‘ニンジン!!‘」


「ひゃ!?」


 大助の視界が一瞬で切り替わる。目の前にはアワアワと落ち着きなく視線を動かすラビの真っ赤な顔が1つ、見下ろす形で見える。


「だ、大丈夫ですか?」


「ああ。とりあえず実験成功ってところかな」


(ひゃあああああああああああ!!すっげええ瞬間移動成功だよおいいいいい!!)


 大助が内心で歓喜の声を上げていた。


「分かるかラビ?俺は今歓喜の絶頂に打ち震えている。この喜びを分かち合おうじゃないか。さあ手を出せ」


「えっ!?えええっ!?」


 スルスルとラビが装備していた手袋を剥ぎ取り始める大助。


「あの、その、えっと!?」


「綺麗な指をしてるな」


「ひゃ!?」


「嫌か?」


 大助がジッとラビの瞳を覗き込む。その仕草だけでもラビのピンクな脳が許容限界に震える。


「いえっ!?むしろ嬉しいくらいなんですけど!そ、その……できればお部屋の中でお願いしたいというかなんというか。そ、外はまだ私には早過ぎるような気が」


「あん?わけのわからない事を言ってないで、こんな感じで両腕を上げろ」


 大助がバンザイのポーズを取る。


「…え?こうですか?」


 ラビも大助と同じようにポーズを取った。


「そうそうそんな感じ。そんじゃ改めて、いえ~~~い!!」


 大助がラビの手のひらを軽く打ち付けるように合わせ叩く。ペチッ!という手のひらを合わせた時に出る独特の音が響いた。


「うん。やっぱこれは素手でやるに限るな。……てどうしたラビ?なんでそんな呼吸が荒いんだ?」


「いえ!なんでもないですよなんでも!?」


 ラビがブンブンと顔と耳を振るって平然をアピールする。


(…まだまだお子様だな)


 その様子をさり気なく観察する大助。ラビの勘違いなどではない。この男は意図的に勘違いさせるような言動を取りその反応を見ていたのだ。人間は突然の出来事にこそ本性が現れる。良い機会だからと大助はラビの忠誠心を確認していたのだ。


(好感度100ってところかな?扱いやすくて助かる)


 生まれた雛鳥が最初に見たものを親だと勘違いするように、この少女は大助の事を盲目的に信じ切っている。突発的に命じられた命懸けの実験に参加している事からもその事は十分に窺えた。


(ふふ。あんまり他人を信じ過ぎてると、どこかの悪い大人に都合良く利用されるだけだぜ?)


 その勘違いを是正する気など大助にはさらさらない。信じたいものを信じる。それもまた1つの人生だからだ。


「ほら!そっちからも来いよ!全力で来な!!」


 大助が手をブンブン!と振るう。ハイタッチを待つ合図だ。


「……むぅ。分かりました!それじゃ行きますよ!!いえ~~い!!」


 ラビが無茶苦茶なテンションのまま大助の手に手を打ち付ける。


(おう?)


 パチン!などという生易しい音ではなく、コンクリートの壁に重機を叩きつけたときのような音が響き渡る。合わせた手のひらから衝撃波が発生し、バキバキメキ!と、大助の両手首の骨が複雑骨折していく音が大助の骨を伝い彼の耳に届く。


(ぎゃあああああああ!?これ完全に骨がイッちゃってんじゃねか!?)


「どうですか!?これが私の全力のハイタッチです!」


 ドヤ顔でさもやり切ったという顔を浮かべるラビ。


「…ああ。お前の熱い思いが伝わって来たぜ。嬉しくて涙が出そうだよ。いや、ほんと冗談抜きで」


 ___この日、大助は1つの教訓を得た。


 ___年頃の少女をからかうと命の危険があるという事を。

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