第26話

「グエェエエ…!?狙いがブレて…ぐぬぬぬ!?」


「……」


(ダメだなこいつは…ここで「処分」しとくか…?だけどあれだけコインを使ったのにたったの2分でクーリング・オフってのもなぁ……)


 閃光の放出が止まると同時に大助は少女の首を肘で圧迫しながら和服の襟もとを掴み、体を回転させ床に叩き付けようとする。そうはさせないと少女が力任せに体勢を戻そうと力を入れた。


「ふぬううう…!!」


「そりゃ悪手だな」


 姿勢を元に戻そうとする少女の力を利用し大助も反対側に重心をかけ、足を引っかけると同時に床に組み倒す。片腕の関節を固めた後、少女の両目1cm前に指を2本ピッタリと突きつける。


「…ふ、ふん!人間にしては中々やるじゃないか」


「動くなよ。どこか一か所でも力を入れたらお前の眼窩から両目を抉り出す」


「んひっ…!?」


 このとき、少女は初めて男の瞳を見た。ドロドロに淀んで濁った黒い瞳。その顔には少女が今まで見たこともないような表情が浮かんでいた。それは路傍の石ころや蟻へと向けられる表情。お前には何の価値も無いのだと。そう暗に告げる瞳が少女を射抜く。


「お嬢ちゃんよぉ…俺は今めちゃくちゃ怒ってんのよ。ここから先はその辺も考慮した上で発言してくれよな~」


 大助が少しだけおどけたような口調でそう語りかける。ただし表情は一切変わらず指先も眼球先から離さない。


「お前の名前は?」


「…ふん!なんでそんなことを……いえ、えっと、名前はまだ無い………です」


 ピクリと動きそうになった指を見て慌てて少女が素直に答える。返答次第で大助は本気で眼球を取りに来ると少女は本能で理解した。


「へ~そうなの。じゃあ「クロ」とでも呼ぶわ。…てめえよぉ?部屋の中でブレスはダメだろ?…見て見ろ。お前のおかげで窓際付近がめちゃくちゃだ」


 ポッカリと穴が開き焼き焦げた窓際付近を指差す大助。


「…まあ、最悪ご近所さんが焦げ肉になってても俺としてはどうでもいいんだが。…そんな事よりもだ。……修繕費費用にいくらかかると思ってんだこのボケがぁ!!」


「んひゃ!?」


 大助の怒声が反響する。自身の命よりも部屋の修繕費と損壊説明の面倒さにブチ切れる男がそこにはいた。


「賃貸物件の損壊説明がどんだけ面倒か、てめえの小さい脳ミソでも理解できるだろ?……いや、今のは撤回するわ。そうだな。無知は罪。お前には正しい現代知識と教養が必要だ」


 大助の脳内で少女の処遇が決定する。


「…え?…え?」


「というわけで損害金を回収するまでお前はタダ働き決定だ。後で見積書を送るからしっかりと働いてくれよな」


「ちょ、ちょっとマスター!?」


 有無を言わさず大助がスマートフォンを操作しブラックドラゴンを放置モードへと転送する。そして教育係のラビに向けてメッセージを作成した。


<ラビへ。どうしようもないレベルのアホドラゴンをそちらに送りました。最低限使い物になるレベルまで教育してください>


「これでよし」


 メールを送信し、大助が目の前に広がる惨状へと目を向けた。


「…もうやだ。お掃除面倒クサイよぉ……」


 脳が溶けるような多幸感は完全に覚め、頭を抱えたくなるような過酷な現実と向き合う大助。箒と塵取り、そしてゴミ袋を駆使してなんとか部屋を掃除していく。ポッカリと空いた窓と壁を見つめ、再び大助の口からため息が漏れた。


(…最悪だ。パッと見だとなんかヤバい薬品でも爆発させた感じに見える)


「とりあえず何か上手い言い訳を考えないと…」


 管理会社に説明する「現実的」な言い訳を考えつつ、大助の1日は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る