第41話 佐渡の切り札
“島津
島津維新と言えば“ロリ島津”の別名で有名な、まだ年端も行かぬお子様だ。今の話を聞くだけでも、ぽろぽろ失言するような粗忽な性格だと分かる。
それで決定的な一言を本人から聞き出そうと、本多は弘歌の聴取をしたいと要求した。
……が。
当然島津も
山田は(態度だけ)すまなそうに、頭を搔いた。
「あー、弘姫様なのですが……本人も責任を痛感しておりまして、ただいま謹慎中で城にはおられません」
「ほう……殊勝なことですな」
それはつまり“悪いことをした”自覚があるのですね? と本多は続けようとした。
が、その前に山田が。
「ええ。弘姫様は身を慎み、今は波乗りや海釣り、素振り百回などをエンジョ……の苦行をかかさず行う毎日でございます。見上げたお心がけですわ」
「今エンジョイと言いかけたな!?」
「いえ全然」
「それは毎日遊び歩いているんじゃないのか!?」
「いやいや、よく考えて下さい。十にもならないお子様にとっては厳しい鍛錬の毎日ですぞ? これが罰でなくて何でしょうか、ハハハハハ」
「どこが厳しい鍛錬……あっ!?」
佐渡がハッと気が付いた時には、論点がずらされていた。
(いかんいかん、問題はそこじゃない。落ち着け、弥八郎……このまま島津の理屈に巻き込まれるな!)
身を乗り出していた佐渡は一旦座り直し、とにかく弘歌の尋問を要求する最初の方針に立ち返った。
「それでは維新殿は、ご自分のお屋敷で謹慎していらっしゃるのか?」
「いえ、家ではサボるかもしれないと」
「どこが責任を痛感している態度なのか……!?」
「桜島にあるお寺に籠らせております」
…………。
本多はまだ続いている噴火を指さした。
「桜島?」
山田も当然のようにうなずいた。
「桜島」
「すでに死んでいるのではないのか⁉」
「ハッハッハ、あのぐらいの噴火でそんなバカな」
「いや、あのぐらいって……」
バンバン火を噴き上げているんですけど?
「薩摩の民は桜島とは長年の付き合いですぞ? 避難せねばならないほど荒れてるかどうかは、火口の吹き出す勢いを見れば分かります。ま、我らにしてみれば雲を見て天気を占うようなものですな」
「それにしても、ちょっとアレは……えぇー……?」
本多はもう一度、噴煙を勢いよく吹き上げる火山を眺めた。
(くそっ、先を読んで穴を塞いできよる……!)
島津が素直に聴取に応じなかったら、こちらから押しかけようと思っていたが……嘘か真か分からないが、あんなところに案内せよとはとても言えない。
弘歌の行状から島津本体に責任を取れと迫る手も厳しい。
(結果論で言えば敵対したのだから、詫びろと要求自体はできるが……伏見入城の件を『誰のせいだ!?』と言い立てて、不平不満をあちこちに言って回る可能性があるな)
言いがかりをつけて責め立てる口実にするのは外交の常套手段だ。
だが、今はマズい。徳川は関ケ原に到るまでの短期間に前田、上杉とその手を使って討伐するぞと脅している。
そこへ来て島津にまで言い訳も訊かずに「とにかく謝罪しろ」とやったら、無法なことをしているのは徳川のほうと世間に印象付けてしまう。有力大名たちはどこも「次はうちか!?」と動揺するだろう。
(ごり押しで同じ手ばかりを繰り返せば、敵を増やすだけだ)
どうしても今、ここで決着を付けねばならない。
(……切り札を出すか)
本多佐渡はわざわざ薩摩まで下向するにあたり、決して島津どもが無視できない情報を隠し玉として持参していた。
この空とぼけた家老が、アレを聞いてどう反応するのか……それを考えるだけでも暗い愉悦が腹の底から湧き上がってくる。
佐渡はさりげない風を装い、こぼした茶の入れ替えをしている……いや、その徳利また焼酎だろ!? ……山田に声をかけた。
「……実は山田殿。ひとつお知らせがございます」
「はあ」
「先日あらためて畿内一帯で落ち武者の捜索をしたところ、大和国の平等寺に貴家の兵が逃れて匿われているのが見つかりまして」
「ほう! まだ生き延びている者がおりましたか。それはめでたい」
「ええ、ええ、まったくですな。で、その一隊の指揮官が……」
佐渡は無邪気に喜ぶ山田を見つめ、口元を歪めた。
「島津
関ケ原に参戦した島津の一門衆。席次は弘歌に次ぐにしても当主義歌の
せめて確実な生死の情報だけでもと、島津家が行方を捜しているであろうことは想像に難くない。その当人が生きて捕まっている。これはのらりくらりしている島津も無視できる話ではない。
「なんと!? その者は豊姫様と申しておられるのですか!?」
予想通り、家老はその情報に飛びついてきた。
「ええ。本人の証言によれば」
「その者はこう、長い黒髪でほっそりとした……確かに若い女でしたか!?」
……おかしなことを確認し始めた。
「え? ああ、そう聞いているが……他に見間違えるようなような者がいたのですかな?」
「いや、うちの兵のことですので何をやらかすか……先日も身の丈八尺の木脇という者が」
「はあ?」
「飲んだ勢いで『これほど好きなんだから、もう
「そんな仮装の変態に我が兵が騙されると思いますか!?」
「豊姫様がご無事でおられたとは!? それはなんと、なんと……!」
予想通りに驚愕している山田の反応に、手ごたえを感じた本多は身を乗り出した。
「まあ、侍従殿が無事にそのままこちらへ帰されるか。それは我が主、徳川の腹積もりひとつで……」
「これは嬉しい話じゃ! 急ぎ他の者にも知らせて来ますのじゃ! 今しばらくお待ち下され!」
「あ、山田殿!?」
本多が交渉に移ろうとしたら、驚喜した山田は話に入る前にドタドタと座敷を出て行ってしまった。
「……ちっ! 毒が過ぎたか」
やはり島津にとって、侍従の話は重大情報だった。ちょっと効き目が強すぎて、あちらが我を忘れてしまったのは誤算であったが。
「まあいい。ヤツが家内に触れて回ってくれた方が、こちらも助かる」
島津豊歌を交渉材料とした場合。山田有信と島津義歌が家を守るため、二人だけで豊歌を見捨てる決断をする可能性もあった。
だが呑気に山田が無事を触れ回ってくれれば、家中に人気がある若武者を隠密裏に切り捨てる事はできなくなる。
(下の者から“豊歌を助けろ!”と突き上げがあれば、かの
無邪気に喜んで、自分の取れる手段の幅を狭めてくれるとは。
佐渡は心の中でせせら笑いながら、山田が帰ってくるのをゆるりと待つ事にした。
◆
そして山田は
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物語の豆知識:
島津豊久の死に際は、通説だけでも三つ四つ。結局死体は見つからなかったみたいなので、どこでどうなったのかは分からないという事みたいです。
そもそも撤退戦を始めた時にはもう消息不明になっていたみたいな話もあるので、華々しい散り様は江戸時代の薩摩の宣伝かなあ……と思います。
一方で美濃樫原に残る伝説も、同じような話で地元民が手厚く介護して最期を看取った話と関わり合いを避ける住民を恨みながら死んだ話とあって、こっちはこっちで村おこしの宣伝臭がするのが面白い。
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