第40話 丁々発止! じいじ、最初で最後の大活躍

 座敷に座り直した二人は、改めて頭を下げた。

「初めまして。私、当島津家で家老を務めております山田と申します」

「本多佐渡でござる」


 本多は心の中でつぶやいた。

(やっとまともな責任者を引っ張り出せたか……)

 家老の山田有信。代々の当主を支えてきた筆頭家老だ。

 これでもう、「持ち帰って検討する」だの「権限がないのでお答えしかねる」などという戯言は言わせない。


 徳川家中きっての頭脳派は、今一度居住まいを正して老臣を真正面から見据えた。

「今までのやり取りで、島津の御家中も和睦に決まったと伺っておりますが」

「ええ、私どももこのたびの騒動は本意ではございません。和睦も検討しております」


 山田は断言しない。とぼけた顔をしていてもさすがに歴代当主に仕えた古強者だ。交渉事には長けている。

(あくまで言質を掴ませないつもりか)

 内心舌打ちした佐渡は、そんな小手先の話では無理と判断する。これはハッキリと要求を飲ませないとならない。

「後々の始末は置いておき……まずは二心無い逆らう気は無いことを、竜伯義歌様またはご嫡子様の口から内府様に誓うのが急ぎと存じます」


 “当主自らが都まで出て来て、徳川に土下座して詫びろ”


 佐渡はハッキリそう要求した。

 変に回答だけ求めるから、島津はどうとでも取れる曖昧なことばかり返してくる。まずは島津が徳川に臣従したと、全ての大名にハッキリわかるように謝罪させるのが先決。

 それだけ済ませてしまえば、徳川の覇権は確立する。島津をどう料理するか、時期や罰の重さはどうでも良いことだ。

(さて、どうする?)


 佐渡に詰め寄られた山田は、何とも言えない複雑な笑みを見せた。演技には演技だろうが、ぱっと見には何を言い出すのか分からない。

「そうですなあ……やはり直接、我が主が内府様に言上申し上げるのが一番だと我々も思っておるのですが……」

「何か、問題でも?」

 佐渡が軽く睨みつけると、島津の家老はテヘッと微苦笑で答えた。


「行きたいのはやまやまなのですが……ちょっと、


 徳川きっての謀臣が、しばし物を考えられずに固まった。 

「いやはや、お恥ずかしい! なにしろ田舎に住んでいますのでね、都に行こうにも交通費だけでもバカにならなくって。薩摩から都は遠すぎるんですわ、アッハッハ!」

「……つい先日、千五百の兵を出せたのに!?」


 二か国半を領有する日ノ本でも有数の大大名が、都まで代表団を出すだけの金がない!?


 あまりに見え透いた嘘に佐渡が目を剝いて抗議すると、島津の家老はいけしゃあしゃあと言い訳を重ねた。

「アレは島津の金で出したんじゃないんです。弘姫様が個人で志願者を募って出かけられたので、都まで行った旅費はそれぞれ自腹だったんですわ。現地集合ってヤツですな」

「船は御当家で出しておられたはず!」

「それが実は、あれはご当主義歌様の御用船を弘姫様が勝手に乗って行っちゃった結果でして。しかも船が全損になった上に、帰りに堺商人から借りた船まで黒田家に襲撃されて燃やされちゃいましてね。まったく、その弁償をどうするかも頭の痛いところで……そうだ!」

 山田が期待を込めた目で本多の顔を覗き込む。

「船のことは黒田に損害賠償を請求しようと思うんですけど……本多様、あいだに入ってくれませんかねえ?」

 

 ダメだ。コイツ山田がっぷり四つに正面から組んだらいけないタイプだ。


 ああ言えばこう言うタイプの論者を相手にするなら、冷静さを欠いた方が負けだ。

(相手の呼吸に飲み込まれてはいかん。ひとまず落ち着かねば……)

 一回静かに深呼吸し、佐渡は茶碗に手を伸ばした。ふたを取って、もう冷めている茶を一口飲み……込めずに、そのままむせ返って吐き出した。

「ウゲッ、ゴフッ、グハッ!?」

「本多様!? どうされました⁉」

「こ……これ……!?」

 本多の指先に転がっている茶碗を山田が見る。

「芋焼酎はお嫌いでした?」

「芋焼酎!?」

「豊後辺りだと麦なんですが、薩摩では原料が芋になるんですわ。確かにアレかな?    よその人にはちょっとクセが強いですかな」

「原料が問題ではなくて……」

 どこの世界に、来客にいきなり焼酎を出す文化があるというのだ……。

「……さ、薩摩では茶の代わりに焼酎が?」

「そりゃもう」

 山田有信は、自分の知識をまったく疑っていない目で断言した。


「大事な客との初顔合わせで、酒を出さないような無作法はいかんですわ」


「…………」


 “心して行けよ? 国境から向こうは常識の通じない土地だぞ”


 佐渡の脳裏で、黒田の別れの言葉がリフレインした。


   ◆


 当主に詫びに来させるのは難しい。

 ならば、他にはっきり島津の謝罪が世間に見える一手は?


「……そうそう。関ヶ原から逃げ帰った維新公は、如何されておられますかな?」

 あの決戦で指揮していた(らしい)島津弘歌が、無事に薩摩に帰還したのは調べてある……というか、通ったルートであまりにいろんなことをやらかしていたので、調べる必要もないくらい簡単に情報が集まった。

「弘姫様ですか? ええ、だいぶこたえたらしく、とても反省しておりまして」

「ほう」

「ご当主様にも『もう戦の最中に指揮をほっといてお昼寝はしない』と、固く誓っておられました」

「そんなことをしてたのか⁉ 道理で島津勢に動きが無かったはずだ⁉」

「ええ、そうなんですよ。ですので、関ヶ原で我が兵は徳川と敵対していたわけではないのですわ」

「……ぐっ!?」


(しまった!)

 失言に突っ込まれ、本多は内心歯ぎしりした。

 相手があまりにアレな言動が多すぎて、言葉の端々への注意がおろそかになっていた。

「しかし、そもそも官僚派の陣営についていたのは事実ですぞ」

「それなんですが、弘姫様は元々伏見城に加勢に赴いたそうなのです。ところが敵に囲まれている中で入城を断られ、二百しかいない兵では大勢に抗しがたく……致し方なく! 石田方につかざるを得なくなったというんですな」

「当初の目的は我が方への助力と?」

「そうなんです。弘姫様は家老の新納を遣わし、何度も入れてくれと頼んだのですが……ところが大手門の守将が全く相手にしてくれなかったそうで」


 これは面倒な話だ。

(事実かどうか、こちらから確認がとれぬ)

 伏見城の主だった徳川の武将は討ち死にしている。そういう事件があったかどうかも確かめようがない。

 なんと返そうか佐渡が考えていると、山田がさらに話を付け加えた。

「その態度の悪さが頭に来たから、ついつい種子島てっぽうぶち込んで城門に火をつけちゃったそうで」

「それがだと思ったら大間違いですぞ⁉」

 

 島津の者は、どうしてどいつもこいつも……。

 おかしな理屈ばかりこねる、この連中。いったいどうしたら……と、そこまで考えた本多はこれが斬り返す一手になるのに気が付いた。

「山田殿。この件はいささか状況が込み入っているようですな」

「そうですねえ。なかなか、どのようになっていたのか分かりにくく……」

「では」

 本多佐渡は背筋を伸ばしてとぼける家老を見つめ直した。


「その場にいなかった我らがアレコレ推測しても始まりません。維新公から、直接その辺りの事情をお聞きしたい」




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物語の豆知識:

 「旅費が無くて弁明に行けない」は本当に言いました。

 しかも島津がアレコレ出した釈明、よく読むと一つも謝っていないらしい。

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