第38話 奇跡の大逆転(を希望)
勢いよく走る軽い足音がして、座敷に弘歌が飛び込んできた。
「旅庵!」
「弘姫様!」
腰を浮かしかけた旅装の男に、弘歌はそのままの勢いで飛びついた。
「よくぞ、よくぞ戻ったのじゃ……!」
関ケ原で弘歌たち本隊を退却させるため、居残って
「徳川方の陣に飛び込んで引っ掻き回しているあいだに、隊は散り散りになってしまいまして……とりあえず生き残った者たちと鞍馬に逃げ込んで隠れていたところで、探索に来た山口新五郎に見つかったのです」
落ち武者狩りに来たのが偶然知人だったので、旅庵以下は大人しく捕まって徳川軍の捕虜となった。
「それで内府殿に尋問を受けまして、島津家との交渉をなんとかする為に仲介役で釈放されました」
「内府も話し合いで片を付けたいのじゃ?」
「もう徳川の覇権は揺るがないところまで持ち込みましたからね。これで最後の〆に島津を攻めるのは、蛇足というか、そこまでしなくても……という印象を外様に与えかねません。徳川としては“島津が下手に出てくれれば”、と考えていますね」
「だがそこで、こちらが不利益を被るわけには行かん」
新納と対面していた義歌が、そこは大事だときっぱり断言した。
「あれ? 姉ちゃん、おったのじゃ?」
「新納が今、誰に帰着の報告をしていたと思っているのだ」
「我らが徳川の覇権を認める。徳川は敵がいなくなって気持ちよく覇者の座に就く。それは良い。だが……」
義歌は新納や
「
「となると、内府殿に近い……もしくは今回の戦で功績のあった武将に仲立ちを頼むのが良いですね。誰に口利きさせるかで、内府殿も態度が変わるでしょう」
「適当なのはいるか?」
「関ケ原で戦った大名に、隠密裏に接触してみます」
「うむ」
打合せが終わって皆が席を立ち始める中、弘歌は
「誰を間に入れても、徳川が乗って来なかったらどうなるのじゃ?」
「嫁入りの支度をしておけ、弘歌」
「
◆
「これはこれは、島津の……」
珍客を前に、福島侍従は珍しく酒が抜けた状態で座っていた。
本当は晩酌をしようかなー……と思っていたところなのだが、来客、しかもロクな思い出の無い島津からの使者とあっては泥酔して話すわけにもいかない。
「本日はお時間をいただきまして、誠にかたじけなく……」
「いや、それは構わぬのだが」
意外に腰が低い
「お願いにあたりまして、何か手土産をと思ったのですが……侍従様はかの古田織部様ともご親交がある
「いや、それほどでも……」
「それでこちら、まず畿内では手に入らない薩摩の逸品でございまして……」
「ほう?」
福島は茶の湯とかはそんなに熱心にはしていないが、それでも希少なお宝と聞けば興味はある。
身を乗り出してみていると、島津の使者は妙な石を出してきた。細かい穴の開いた軽石のデカい塊に見える。
「これは……?」
「我が薩摩の誇り、桜島の噴石にございます」
ニコニコしながら揉み手をする
「こちらを配しますと、お庭の情景もグンと引き締まること間違いなし! 作庭の際に大量に必要でしたら、いくらでもご用意いたしますので」
「あ、ああ……」
枯山水だろうが古来の池泉回遊式だろうが、軽石を積み上げた庭なんか聞いたこともない。
「それと、こちらはですね……」
使者はまたごそごそ風呂敷を開け始めた。
「そ、そちらも薩摩の特産か?」
また変なものが出るんじゃないかと福島が慌てたら、島津の家臣が首を横に振った。
「いえ、こちらは近江の焼き物でして……
「ほう、近江の?」
茶碗か花器か……どちらにしても近江産の陶器なら、おかしなものでもないだろう。そう思った福島の前に出されたのは……。
タヌキ。
まぬけな顔をしたタヌキが、なぜか
「維新様が
「あ、うん……」
一応言われたとおりに持ってみたけど……。
これ、どうしろっていうんだろう……。
用途の分からない置物を手にして呆然とする福島に、島津の使者は照れてみせる。
「侘び寂びの利いた茶室の床の間にこれを置きますと、こう、素朴な趣きで渋さが引き立つといいますか……こういうのを“利休好み”というんですかな。ハッハッハ」
その解釈は、間違いなく違う。
◆
「いや、こんな格好で失礼する」
井伊兵部は寝床に起き上がり、あぐらをかいた状態で客人を迎えた。
とても良識のある人間の態度ではないが、実際問題身動きが取れないのでどうしようもない。戦いの中で深手を負ったので、自由が利かないのだ。
しかも今迎えた相手というのが、その傷を負わせてくれた島津の縁者とあれば……正直兵部としては、会ってやっただけでも恩に着て欲しいくらい。
やって来た島津の使者も、その点は特に気にしていないようだった。
「御目通りを許していただきまして、ありがとうございます」
深々と頭を下げた新納は、頭をあげると井伊の姿を見やった。
「ご就寝中のところに押しかけてしまいまして、申し訳ございません」
「いやいや、気にされるな。これも武士のならいとて……」
「大きな戦が終わりますと、気が抜けてしばらく眠くなりますよね。分かります」
「これはっ! 怪我でっ! 起きられぬのだっ!」
「……ああ!」
自分の勘違いに気が付いた使者が詫びた。
「お怪我されてたんですか。お歳の事もありますので、やんちゃもほどほどに……」
「遊んでいて怪我したわけではないわ!? 貴公のところの女武将にやられたのだ! 関ケ原でな!」
「おや! 関ケ原で? そうでしたか、それはそれは。そうすると、豊姫様かなあ……他には弘姫様しかいないし」
「大きい方だ。チビのほうではないぞ!? チビのほうではな!」
井伊はどこかとぼけた感じの使者に、嫌味を込めて“チビ”を強調してやった。が、あんまり効いている感じはしない。
「なるほど。相手が豊姫様だったので、ご褒美をもらいに行っちゃったんですね?」
「……は?」
「でも、さすがに立てないほどは身体に毒ですよ? 鞭でしばかれるくらいになされた方がよろしい」
「……いや、おまえ何を……」
「いやいやいや、しかし井伊様がそのような御趣味をお持ちだとは。もしなんでしたら、徳川様と和睦の暁には……」
一回言葉を切って、
「
◆
戦後処理を進める徳川内府の元へは、様々な問題が持ち込まれてくる。あまりに多いので直接内府が見る前に、その優先度を幕僚が仕分けしなければならない。
今日も忙しく書状を次々見ていた本多佐渡は、同じような内容の書状が続いたので手を止めた。
「どうしたものかな」
「どうされました、父上」
「島津の事だ」
共に働く息子に聞かれ、佐渡は手にした書状の束を彼に渡した。
「一度、儂が会ってみるか……」
どの大名からのとりなしを頼む書状にも、異口同音に同じことがかかれている。
曰く。
“島津はイカレてる”
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物語の豆知識:
信楽焼のタヌキ、発祥は明治時代みたいでけっこう歴史は浅いです。
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