第37話 腰砕けの包囲網

 関ケ原でそれぞれの陣営が雌雄を決して一か月が経った。その情報が全国各地に伝わり、本戦の結果を知った諸大名はそれぞれに折り合いを付けて戦いを収束させていった……最南端の島津を覗いて。


   ◆


 鍋島勢の猛攻を受けていた立花家が仲介を受けて降伏したのは、十月末の事だ。これで反徳川方なのは、島津の一家のみとなった。


 最後の抵抗勢力・島津を攻め取らんと、西海道では徳川内府の命を受けて島津討伐軍が編成された。

 主力は元から徳川派の黒田、加藤。それに加え官僚派に付いた贖罪しょくざいで参加を命じられた鍋島、立花の四家。その他の小大名も全員。

 普通の戦いなら正直、主力の四家だけでもやり過ぎなくらいの戦力ではある。それぞれが戦歴も豊かな名将で、本拠地からの出撃とあって連合軍は軽く三万を超える。

 西海道全軍での総攻撃に対し、一方の島津には援軍のアテも無し。


 これは豊国大公による島津攻めの再来かと思われたが……。


   ◆


「ふむ」

 諸所から届いた報告を読んだ島津家当主義歌は、形の良い柳眉を不愉快そうに歪めて書状を投げ捨てた。

「加藤、黒田、鍋島、立花。今頃エテ公豊国大公の腰巾着どもがぞろぞろと……いつぞやの屈辱を思い出すな」

 元から“都会者”中央の連中が嫌いな義歌が、さらに機嫌を悪くした。


 あの時はまもなく西海道全域を手に入れられるはずだった。なのに負け続けて没落した大友が猿ジジイ大公の野郎に泣きついて、碁盤状況をひっくり返すという禁じ手をしてくれた。

「……自分が制覇しそうな時は散々周りに偉ぶっておきながら、いざ潰されそうになったら都の大物に恥も外聞もなく……」


 歯ぎしりする義歌が握りしめた脇息肘置きが、メキメキと音を立てて壊れ始めたのを見て。

(あ、これ……火に油を注ぐってヤツだ……)

 色々察した軍議の参加者は全員、うっかり目を合わせないように下を向いた。


   ◆


「じい、連中の動きはどうだ」

「はっ」

 かろうじて暴れるのをこらえた当主の問いに、進み出た山田有信が西海道の地図に指を這わせる。

「肥後の八代に集結し、薩摩北部から侵攻する予定……のようでございます」

「含みがあるな?」

「これだけの戦力があれば、普通は多方面から侵入するものではないでしょうか? ただでさえ山で進入路が限られるのに、大隅方面に備えなしとは……一気に我が薩摩の中心を突く短期決戦にしても、我らの抵抗が大きくなるのは目に見えています」

「……内府にやる気のある所を見せているだけ、の可能性もあるか」


 この付近の大名で、あの西海動乱を知らない者はいない。

 黒田や加藤はその後に入って来たよそ者だが、大公の下で動乱に参戦した当事者でもある。島津の戦いを知らないわけでもない。

「なるほど」

 義歌は破壊した脇息を庭に投げ捨てると、膝を打って姉妹を見た。

「歳歌、おまえは出水方面を守れ」

「はいよ」

「久歌、おまえには伊佐から人吉にかけてに布陣してもらおうかと思ったが……」

「他の者に替えるの?」

 それを聞いて、軍議の参加者が一斉に手をあげる。

 島津隼人は“議ば好かん”議論は好きじゃない。小難しいことを今こうして話し合っているより、前線に派遣されて槍を振るっている方が良い。つまり、脳筋だ。

 だが義歌は彼らの要望を無視した。

「おまえには日向方面の遊撃に回ってもらう。伊佐は」

 

“「私が出る」”


「義姉が!? 自分で!?」

「何を驚く事がある。かつては私も戦場に出ていたであろうが」

「それは、それはそうなんだけど……!?」

 知っているからこそ、聞き返した妹は蒼白な顔で黙り込んだ。


 島津“竜伯”義歌。

 他勢力に押されかけていた島津を盛り返した中興の祖。

 かつては西海道統一あと一歩のところまで突き進んだ女。

 それはつまり……。


 徳川に対する方針は、一応“和解”だけれど……もしあちらが、島津の飲めない条件を譲らないのならば。

(西海道が、丸焼けになるわ……)

 その惨状がありありと目に浮かび、列席する一同は当主の静かな怒りに背筋の震えが止まらなくなった。


   ◆


 島津対策を一任されている西海道の徳川派諸将は、接収された旧小西家の拠点・宇土城で酒宴を開いていた。


 最年長の黒田如水がぼやいた。

「あとは島津か……骨が折れるな」

 もう少し。

 そう言えばそうなのだけど、それが難物だ。黒田は豊国大公の懐刀として活躍しただけに、西海動乱で三十万弱の討伐軍相手に戦意を失わなかった島津の厄介さを熟知している。


 老将の懸念を受けて、向かい合って杯を傾けていた地元肥後の加藤が笑った。

「これで天下分け目のいくさも最後と言えば最後。有終の美を飾るには、やはり最後の敵は強敵ラスボスでないと。その相手が島津なら、悪くはあるまい」

 渡海戦役で暴れ回った猛将は、苦戦と分かっていても強い敵と戦えるのが嬉しいらしい。


「そうは言うがな」

 黒田は自分で槍を振るうタイプの人間でないだけに、どちらかというと効率的にサクサク美味しいところだけを切り取りたい。

「薩摩、大隅を切り取ったところで、被害が大きければ旨味はないぞ」

「島津とて後詰め援軍が無いのは承知している。なに、どこかで武器を捨てるに違いない」

 それは楽観過ぎだ……とかつての名参謀がツッコもうとしたところで、顔色の悪い家臣が物見偵察の報告を持ってやってきた。

「水俣まで進出した吉村殿から、島津の陣立てが分かったと連絡が」

「おお、ちょうど良かった! ……どうした?」

 部下の様子がおかしいことを訝しんだ加藤だったが……。


「島津は配下に根こそぎ動員をかけ、肥後と薩摩の国境に駆け付けた兵力はすでに一万を超えていると思われます」

「一万……」

 集結している兵の数だけを言うなら、討伐軍は既に三万を超えている。攻者三倍の法則から言っても決して悪い数字ではないけれど。

「“あの”島津が一万……」

 島津兵の暴れぶりは誰もが知っている。やらかす事があまりに頭がおかしいので、実際の強さ以上に伝説として兵のあいだに広がっている。

 そしてつい最近。皮肉なことに今こうして島津が追討される原因になった、“関ケ原の戦い”でその逸話が補強された。


 “かつて”ではなく、“今も”島津は“どうかしている”。


 わずか二百人で伏見城天下人の城に火をつけ、戦場の真ん中で何もせずにボーっと見物し、気に食わないとウがつくものを投げつけて敵将を“狙撃”し、敵軍の留守宅に上がり込んで強請りたかりをする。

 一見ただの迷惑なおかしいヤツだが、その連中に“討ち取られている”のが徳川内府の息子に忠臣、福島父子……名だたる武将が「二度と島津の類猿人どもの顔を見たくない」と泣き言を言っていると、この日ノ本の端まで伝わってきている。


 自分たちもそれなりに実績を積んできた身。決して負けるとは思わないが……嫌な戦いになりそうだと酒がマズくなった加藤と黒田に、青い顔の家臣がさらに報告を付け加えた。

「海沿い、出水の守将は島津歳歌とのことです」

「島津四姉妹の二番目か……手ごわいな」

「そして山側の伊佐の守将は」

「出水がそうとなると、三番目久歌か」

「いえ、一番目で」

「なるほど」

 酒の回った頭でいったんは納得した加藤は、よく考えたら報告がおかしいことに気が付いた。

「おい、一番目は島津本家の当主義歌だろう」

「はい……竜伯公自らご出陣との由にございます」


 元から湿っぽかった酒宴の席が、しばらく無音の場になった。


「おい左近殿立花飛騨殿鍋島、無言で逃げるな!」

「すまぬ加藤。わし、用事を思い出した」

如水殿黒田まで!? しっかりしろ!」

竜伯公相手になんて怖くてこんな兵力で戦えるか!」

「それは分かるけど!? 俺も分かるけど!? 仕事だぜ!? ちゃんとしようよ!」 


   ◆


 その頃、畿内では。

 西海道の討伐軍がまだ戦う前から混乱しているのと時を同じくして、島津の使者が某所を訪れていた……。




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物語の豆知識:

 半分東軍だった鍋島に比べて、直前までその鍋島や加藤と激戦を繰り広げていた立花なんかは、降伏すぐの島津攻めはどういう気持ちだったんですかね……。




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