第23話 ゆー あー ぐっど ぺどふぃりあ
「島津家に仕えて……何年になりますか」
長寿院盛淳は微笑みながらつぶやいた。その間に一人斬っている。
再び攻めかかって来た松平軍を、長寿院はすでに三度押し返していた。
元々仏僧であったのを義歌の要請で侍に戻ったので、仕え始めたのは齢も四十近くになってからだ。なので島津家に仕える年数は短いが、実に濃い時間を過ごしたような気がする。
「初め豊姫様の、そして弘姫様の養育を任されましたが……いや、性格の違いというのは幼いころから出るものだ」
豊歌は幼い頃から利発で大人びていたし、弘歌は頭はいいが猫のように我が強かった。そして二人とも何かの拍子にキレると手が付けられなくなる。
「普段はまるで正反対に見えるのに、火が付くと激怒するお姿までそっくりになる。それがもう、おかしくておかしくて……」
思いだすと笑ってしまう。
そして昔を回顧しているあいだにまた三人ほどかかって来たので、全部槍で返り討ちにした。
寺で住職まで務めたのを見込んでの養育係だったが、ご当主の期待に応えられたかは自信がない。むしろ姫様たちは、自分の器量ですくすく伸びた気がする。
「まあでも、まっすぐ良く育ってくれました。結果良ければ、でしょうかね」
脇から飛び出してきた足軽を片手で抜いた打刀で斬り捨てると、長寿院は先を行く弘歌たちの事を想った。
◆
「道を塞ぐ変なヤツが邪魔で、抜けません!」
なんか身分の高そうな鎧武者が、ボーっと道の真ん中に突っ立って考え事をしている。
ところが攻撃すると、するりとかわして的確に反撃して来て……周囲に返り討ちにあった者で山ができていた。
「なんなんだ、アイツは!?」
松平下野守も歯噛みするが、さすがに自分で討ってかかる度胸はない。それだけ異様な男だった。
「回り込めないのか!?」
「あんなのがまだ大勢います!」
「どうなっているんだ、島津兵は!?」
ここに至るまでに、道の脇の草むらや土山に隠れていた伏兵に散々苦しめられている。五人十人といった人数でしかないのだが、そこかしこで待ち構えている島津兵は全滅するまで暴れ回って手が付けられなかった。
「矢の雨を降らせてやれ!」
「やってはいるのですが……」
指示を受けて疲れた様子の弓兵が一斉に構えて、射る。
変なオッサン、上の空のまま槍を回してほとんど撃墜。
「なんなんだ、アイツは!?」
松平はもう一度叫んだ。
開戦時の恥辱をそそぐのもあるが、島津隊の撃滅はこの戦場で手柄を上げる最後の機会だ。それに最後の最後に敵将に悠々と逃げられるというのは、大勝した徳川方としてあまりに外聞が悪い。この辺り、脱落した福島隊と同じ心理状態に下野守も陥っていた。
見ているあいだにも配下は消極的な攻撃を繰り出し……またしても、あっという間に撃退された。
◆
「そういえば、あの商人は何と言っていたかな……」
長寿院はふと、前に出会った南蛮人……いや、紅毛人の商人が来航した時のことを思い出した。
薩摩隼人は酒が好きだ。その日の長寿院は接待で出された洋酒が珍しくて、飲み過ぎて外国人を相手に教育論を熱弁してしまった。
『それでですな、豊姫様のなんでも素直に聞いてくれるのも良いのですが……弘姫様の
ついついくどい長話をしてしまったと酔いながらも反省し、話の最後に詫びたのだが……。
その男は長寿院の悪酔いを責めることなく、なんだか同志を見る目つきでむしろ褒めてくれた。
『
外国人にまで褒められると恥ずかしいものがあるが、一意専心で子育てに勤めてきた長寿院にはあの思い出も
「うむ。弘姫様になんとしてでも薩摩に生きて戻ってもらう為です。最後のご奉公をもうひと踏ん張り、するとしましょうか!」
◆
長寿院が半生を振り返り終わってやる気を
次に誰が行くかで尻込みする将兵に業を煮やし、松平は叱咤した。
「おそらくあの男が
──そうは言われても。
言われた家臣たちのほうは、いまいち浮かない顔をしている。
まともに討ち取れる相手なら、もう誰もが行っている。手柄は欲しいのだから。ところがあの男、強いうえにどう見ても普通じゃない。なんだか、関わり合いになりたくない雰囲気を滲みだしている。
「これでは埒があかん!」
すでに一度掴んだ勝利で気が緩み、家臣たちが死に物狂いには慣れない様子に下野守は危機感を覚えた。
マズい。
非常にマズい。
このままでは、
(別動隊が間に合わない兄上に差を付けて、こちらは手柄を立てて評価が上がるはずだったのに……)
相対評価で兄を上回るはずが……いや、それよりも。今回連合を組んだ協力関係の他大名の視線が気になる。
(兄弟そろってへまをすれば、徳川の世は後継者がダメで一代で終わる……そう受け取られるぞ!?)
念願の“天下”にやっと手が届いた父が立っている踏み台を、自分が蹴とばして転ばせた……。
「ソレだけはダメだ!?」
焦燥にかられた松平下野守は
「俺が先陣を切る! 我に続け!」
「あ、殿様!?」
主君の暴走につられ。
いまいち腰が引けていた松平軍も、一斉に前へと動き出した。
◆
「さて、さすがに……もう限界ですかね」
横一文字に展開している薩摩兵たちに声をかけると、屍のあいだから数えられるほどの返事が返ってきた。居残った時は二百ほどもいた者たちも、あとは十人もいないか……。
すでに七度の攻撃を返している。見た感じ松平勢は今度こそ、全軍あげて一斉に押し出してくるようだ。
最期に打ち合わせた時、豊歌には“最後まで生きて帰るように努力しろ”と言われていた。
だけど長寿院は離脱した時もうすでに、ここを死地と定めていた。
長寿院が長く敵を引きつければ、その分弘歌や豊歌の危険は減らせる。
だけど長寿院にはもう一つ、今ここで死んでおかねばならない理由があった。
すっかり大人になった豊歌の顔を脳裏に浮かべ、しみじみと思う。
「あんなにちっちゃくて可愛かった豊姫様も、すっかり淑女になられてしまって……」
そう。
長寿院は豊歌を育て上げて弘歌を任され、思い知ったのだ。
“どんなにかわいいロリも、すくすくと育ってあっという間に大人になってしまう”
「きっと弘姫様もすぐに大きくなって
養育係として、島津の家臣として、弘歌の立派に独り立ちした姿を見てみたかった気持ちは強い。
だが同時に、丹精込めて蝶よ花よと育てた
この戦いから生きて帰れれば、あの聡明な弘歌様は経験をバネに大きく成長されることだろう。
「それを思うと弘姫様が成長される前に、この瞬間の可愛いお姿を胸に死ぬのも……悪くありませんね」
心残りはあるが……今終わるのも、これはこれで良い人生だった。
「……そうだ、思いだした」
あの時、紅毛人の商人が言った言葉。
島津弘歌の忠臣・長寿院盛惇は、倒れた部下の手から取った種子島を押し寄せる松平軍に向けて叫んだ。
「
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物語の豆知識:
大昔の教科書からの知識ですが、ポルトガルやスペインなどの人種を「南蛮人」、イギリスやオランダなどを「紅毛人」と呼んで区別があったとのことです。
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