三戦目! レッツ ハイキング!

第12話 ザコのおじちゃん登場

 弘歌たちの到着した関ヶ原は、特に何もない盆地だった。

「ここで徳川を迎え撃つのじゃ?」

 すっくと立ちあがった弘歌は周囲を見回した。夏も終わったばかりで、まだまだ勢いの衰えない青草が伸び放題になっている。

「どの辺りに陣を張れば良いのか、新納殿が割り当てを聞きに行ってます」

「うむ。見晴らしのいい所が良いのじゃ」

「弓鉄砲で狙われますぞ」

「中ぐらいに見晴らしのいい所が良いのじゃ」


 当然ながら、まだ徳川派の姿は無い。高い所から見れば平野のあちこちで、すでに来ているどこぞの軍勢が馬防柵を立てているのが見える。

「いよいよいくさじゃのう……!」

 弘歌も地元では幾度か合戦に出たこともあるが、これほどの大決戦に臨むのは初めてだ。日ノ本の運命を決める大一番。

(しかも相手は最有力大名の徳川なのじゃ……これは大仕事なのじゃ)

 この一戦で「日ノ本に島津あり!」と名を轟かす。それを思うと、弘歌は胸が高揚感でいっぱいになった。


「んー、ところで盛淳」

「はっ、何でしょうか?」

 弘歌は遠くに見える山の稜線を指さした。

「あっちが大垣であろ? あの山を土塁代わりに使えば、守りが容易たやすいのではないか?」

「おそらく石田様はネズミ徳川軍を袋に追い込むつもりなのでしょう」

 長寿院盛淳が両手の指で馬蹄型を作ってみせた。

「あそこの稜線に兵を配置すれば、確かに徳川方は攻めるに苦心するでしょうね。しかしただの籠城戦と違って、今度の戦は追い返せばいいのではないのです。敵を一か所に集めて叩き潰さないと」

「ふむ」

 弘歌は長寿院の解説に頷いた。

 それから、納得できない様子で首をかしげた。

「石田にそんな深い考えがあるのかのう?」

「姫、それはあんまりな言いぐさでは……」

「でも、あの石田なのじゃぞ? 色々難しく考え過ぎて、あらゆる想定をしておいて基本を見落とす石田なのじゃぞ? そう、泥棒を心配して罠を張りまくって、いざ出かける時に戸締りを忘れるような……」

「うちの殿もえらい言われようだな」

 不意に聞こえた声に一同が振り返れば、そこに見慣れぬ老いた武士が立っていた。


 老人は目つきが鋭く、戦場で生きてきた者特有の迫力が全身から溢れている。ほとんどの島津兵は急に出てきた男に怪訝そうだったが、弘歌や長寿院は彼の顔を知っていた。

「おお、久し振りなのじゃ。元気そうだの、ザコのおじちゃん」

島左近しまさこんでござる! おかしな切り取り方をしないでもらおう!」

「ザコ自慢のおじちゃん」

「勝手におかしな組み換えをするな! だれも自慢しとらんわ⁉」

「ザコは認めるのじゃ?」


   ◆


「あちら、どなたです?」

 弘歌が気安く? 男と話しているのを見て、脇に控えていた山田有栄は島津豊歌にコソッと訊ねた。彼は大坂詰めをしていないので、上方かみがたの有名人を知らない。

「ああ。アレは石田治部殿の家老、島左近殿だ。軍配軍の指揮に自信のない石田殿がかつて、自領四万石の半分をやるからと拝み倒して迎え入れたという……」

「あ、あちらがかの有名な」


 大名の石高は国家予算みたいなもので、その中には領地の運営にかかわる経費、いざ戦争に備えた軍事費の積み立て、そして何より直属の家臣に払う給与が含まれている。

 それを半分やるというのだから、もろもろ経費の負担がある石田よりも島の方が収入があったと言ってもいい。本当にそんなに支払うかはともかく、その口説き文句は高く評価しているという名誉ではあった。


「ある種、伝説の人ですねえ。それほど強いんですか」

「さあ」

「……さあ?」

「名将の器として知られていますが、何をやったかはあんまり……仕えていた主も石田治部殿で四人目か五人目という風聞もありますし」

「ああ……まあ、仕官再就職するには派手な手柄話が必要ですしねえ」

 ちょっと察した顔で、山田は豊歌と共に石田家の家老を眺めやる。


 次々有力大名が入れ替わり栄枯盛衰の激しい畿内付近と違って、島津は滅亡せずにずっと西海道南部の三ヶ国を保持している。現当主の義歌で十六代目、歴史の長さで言えば鎌倉幕府より古い家柄だ。

 そういう点で流転の人生に理解のない島津勢は、より良い待遇を求めて家も主も渡り歩く戦国武士道が理解できない。我らが主君弘歌と言い争いをする猛将を(こいつ、見栄えだけの噂倒れか……)という生暖かい目で見守った。


 ちなみにこの手の憐みの視線というのは、意外とはっきり伝わるものだ。しかも弘歌配下の真っすぐな薩摩隼人たちは全く遠慮をしないから、左近の背中に好奇の視線が刺さること刺さること。

「クッ、こいつらのこの目つき……だから島津は嫌いなんだ」

 口の中で(田舎者どもが……)とボソボソつぶやく島に、さっぱり嫌われる理由が思いつかない幼女はどストレートに質問した。

「なんでじゃ? 我が兵は弱兵で知られる尾張や近江の兵とは、比べ物にならない強さなのじゃぞ。おまえのところのアテにならないソロバン侍近江衆どもより、戦力としてよっぽど頼もしかろう。何が不満じゃ」

 幼女の質問はどストレート過ぎた。

「喧嘩売ってるのか」

「いや、別に? どうしてそんな事を聞くのじゃ?」

 いらつくを純粋無垢な瞳で見返す弘歌。そう、幼女には余計なことを言った自覚がない。心のままに素直に、思った通りに言っただけ。


 だからこそ、イタい。

 嫌味でも当てこすりでも無く、まじめにそう思っていやがる。

「ぐっ……こ、の……!」

 主を支えて中央政界で一流どころとやりあってきた身である島左近としては、この口の減らないガキを教育した薩摩の芋侍どもに言ってやりたい。


(兵法なんか教える前に、常識と礼儀を教えておけ……!)


 もう大声で怒鳴りつけてやりたかった。


 ……が、すんでのところで島は罵声を飲み込んだ。

 自分は大人、こいつは子供。

 さらに相手は(一応)大名。こんなチビッ子でも、いけ好かないクソガキでも大名だ。陪臣大名家臣の自分が公衆の面前で怒鳴りつけるのは(少なくとも味方のうちは)非常にマズい。

(落ち着け……俺は治部様の家老だぞ)

 主に恥をかかせるわけにはいかない。

 ていうか、この切羽詰まった情勢の中で外交問題を起こすわけにはいかない。


 そういう諸々を思い出した島は、立場を思い出して自重した。代わりに聞えよがしに舌打ちをすると、島津の旗指物軍旗を指差した。

「こちらへ伺ったのは他でもない。徳川方との決戦当日の事なのだが」

「うむ」

「貴公ら島津勢は、我が石田軍の与力オマケという形になるので、その旨よくよくご理解願いたい」

「……なんじゃと?」




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物語の豆知識:

 サツマイモが薩摩に入ってくるのは、江戸時代初期のようです。

 尾張・近江などは商業の盛んな地域で、軍事的には兵が強くなかったようです。近現代でも東京や大阪などの大都市圏より東北や九州の方が精強と言われていました。  

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