第11話 いざ行かん!

 事態はわずか数日で急激に悪化していた。それは石田治部はじめ、大垣城の前線司令部に集まる反徳川派の面々も認めざるを得なかった。

 関東まで行ったはずの東征軍の行動は素早かった。反徳川派の決起と伏見城陥落の報を聞いて、先鋒の諸大名はあっという間に尾張まで戻ってきてしまった。特に東海一円の徳川派のかなめになる清州城に、福島軍六千が入ってしまったのが痛い。

 もちろんそれを攻撃しようと、こちらも兵を進めたものの……。


「集結した徳川派諸将の軍勢は尾張と美濃の国境を突破! 昨日にはもう岐阜城に攻め寄せました!」

「早い!?」

 清州城の包囲まではしたものの、落とす前に向こうの後続が着いてしまった。のみならず、慌てて防御を固めようとしたら逆襲されて押し戻されている。

「どうする、石田」

 中核メンバーの一人、大谷刑部に問われた石田治部はハッと我に返った。主導する彼が動揺していては、全軍に混乱が広がってしまう。

 治部は焦った顔を隠し、余裕があるように取り繕った。

「ハハハ、これは逆に僕たちに良い方向に働くかもしれないよ。なにしろまだ、徳川本隊は全然追いついていない。本隊到着前に手柄を立てようと、福島たち焦った連中が先走っているだけだ」

「なるほど。向こうの足並みがそろう前に、各個撃破するのだな」

「うん。なにしろ奴らが今攻めかかっている岐阜城は、かつて織田弾正だんじょう公が何度攻めても落とせなかった堅城だ。ヤツらが落とせず苦心している間に、こちらは外から包囲して磨り潰してやろうじゃないか」

「よし!」

 軍議の場にホッとした雰囲気が広がった。皆がややこわばった顔をほころばせたところで、次の軍使が飛び込んできた。

「岐阜城の織田中納言様が……!」

「おっ、さっそく押し返したか!」

「本丸まで攻め込まれ、降伏しました!」

「はああああっ⁉」


 かつて大英雄が六年がかりで攻略した天下の堅城、孫の代で一日でちる。


「えー…………」

「そんなバカな。腐っても稲葉山城岐阜城旧名だぞ……」

 ブランドに傷がつき、ショックが隠せない諸将。正直いくさの趨勢より、そちらのほうの衝撃が大きいかも知れない。


 モタモタしているあいだに戦いの主導権を、完全にあちらに握られてしまった。予定していた東海の平定どころか、今では畿内に攻め込まれる心配をしなくてはならない。絵に描いたような劣勢だ。

 もう石田の虚勢なんか吹っ飛んでしまい、皆がざわつく中で。

「岐阜城が落ちた……」

 ふと、何かに気がついた小西が地図を眺めた。

「そして福島たちはさらに西進しようとしている……」

「ああ、何としても次の拠点で防がねば!」

「次の拠点って」

「そりゃ、岐阜城の次って言ったら大垣城だろう」

 当たり前のようにそう言った治部も、自分の言葉に何か引っかかりをおぼえた。

「大垣城……」

 

 大垣城って……ここじゃん?


「待て!? 今伊勢志摩方面の攻略で、手元の兵を出しちゃってるぞ⁉」

「急いで呼び戻せ!」

 パニックになる人々の中で、大谷が図に示された地形をなぞってつぶやいた。

「敵がこの大垣城に攻め寄せてきたのなら、まだいいが……」

「うん? 何が言いたい」

「もし福島たちがこの城を無視してさらに西に向かうと」

 大谷の指先がツツッと地図の上を滑り、真西にある伊吹山系を撫でた。

「この谷を押さえられたら、我々は畿内との連絡を失って敵中に孤立するのだが」

 …………。

「あかーん!!」


   ◆

  

「石田からいよいよ出撃要請が来たのじゃ!」

 伏見屋敷に、島津弘歌のはしゃぎ声がこだました。

「なかなか出番が来ぬから、まさか忘れているのではと心配してたのじゃ」

 忘れてないから呼ばなかった石田君。

 

 届いた書状を皆で眺め、集合地点に注目が集まった。

「美濃の……関ヶ原ですか」

「何があるのじゃ?」

「何も無いですね。ただ、ここは近江と美濃の国境に近いですから……ここを突破されると、もう琵琶湖まで徳川方が押し寄せてきますね」

「ふーん」

 弘歌も地図を出してもらい、だいたいの場所を確かめた。

「石田、ここを抜かれると自分の佐和山城が危ないからなー」

 案外それが真相に近いかも知れない。


 まあ反徳川派首脳部の思惑はともかく。

 いよいよ島津勢にも出番が来た。

「ようし、いよいよワシらも出陣なのじゃ!」

 島津弘歌の号令一下。

 大坂についた時は二百だった薩摩軍は、千三百近くまで膨れ上がった陣容で伏見を出撃した。

 弘歌の本隊には長寿院盛淳と新納旅庵の二家老が補佐につき、別働の一隊を日向佐土原領主の島津豊歌が、もう一隊を本家地頭の山田有栄が率いることになる。


「あの……弘姫様」

「なんじゃ有栄」

「経験や経歴でいったら長寿院殿か新納殿が別働隊を率いそうなものなんですが、なんで指揮官が若輩じゃくはいの私なんですか?」

 山田、この時二十四歳。それなりに戦歴は積んではいるものの、五十前後の長寿院や新納と比べると経験値は格段に劣る。

「そんなことをワシに言わせるなじゃ」

「えっ?」

 弘歌は戸惑う若者の肩を、扇子でポンと叩いた。

本家姉ちゃんちのおまえに一隊の大将を任せておけば、有栄おまえが好き好んで付いてきたということになるのじゃ。あとで姉ちゃんから怒られる事になっても、『有栄も止めずにイケイケだった』と申し開きができるのじゃ」

「ヒドい!?」


   ◆


「なあ石田。おまえあんなに嫌がっていたのに、島津に援軍要請出したのか?」

「仕方ないだろう、兵が足りないんだよ! 各地に出した鎮圧部隊が全然戻ってこないんだ!」


 畿内は反徳川派が圧倒していたものの。

 これがその周辺部というと、割と各地に徳川派の大名がいたりする。

 松阪城や安濃津城を攻めに行った伊勢方面軍はなんとか帰って来るのに間に合いそうだが、丹後の田辺城はいまだに頑張っていて一万五千の包囲陣がまだ戻れない。どころか都と近江の境目、大津城がいきなり徳川方についてしまい、それも攻撃する為に兵が必要で……。

「予定通りに徳川が兵をまとめてから反転していれば、僕たちはこんな中途半端な状態で迎え撃たないでも済んだはずだったんだ! きちんと予定通りに動かないあいつらが悪い!」

「味方はともかくさ、敵に予想通り動けって言うのはムチャじゃないか?」 

 



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物語の豆知識:

 石田三成の居城・佐和山城は最初徳川方の井伊家に引き継がれましたが、すぐ近所に彦根城を建てたので廃止になりました。

 島津義弘は実際には大垣城にも行っていて、岐阜城の救援にも向かっているそうです。

 関ヶ原って言うと徳川秀忠の三万八千が真田に足止め喰って本戦に間に合わなかった事ばかり言われるんですが、西軍側も三万以上が参加できてないんですよね。大津攻めに行ってた立花宗茂が間に合っただけでも歴史は変わっていたかもしれない。

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