第10話 予定通りで予定外
「無駄な抵抗は止めて、おとなしく出てきなさーい!」
『そちらこそさっさと降伏しろーっ!』
「故郷のお母さんは泣いているぞー!」
『そんなわけがあるかっ!』
「女房子供の命が惜しくないのか!」
『ここにおるわ、ボケッ!』
包囲した官僚派による清州城に立てこもった福島勢の説得工作は、まるでうまく行っていなかった。
「石田様、福島
前線からの報告に、石田
「ええい、理非の分からぬ福島のヤツめ……あの野郎、あくまで僕に楯突く気か! くそっ、僕はあいつの理屈をわきまえないところが昔から嫌いなんだ!」
「寝返らないのも、あっちもそういう個人的な感情のもつれがあるからなんじゃないのか?」
悪態を友人にたしなめられ、石田は神経質そうに顔をしかめる。
「僕はあくまで大義の為に行動している! 個人的な感情は関係ない! それに僕たちの決起は、決して
「おまえの献身は否定しないがさ。しかし、ものの言い方というか……」
「だが福島のバカは頭に筋肉が詰まっているようなバカだから、その辺りの大事なことが理解できないんだ! バカだから! 常人ならちょっと考えれば内府がどれほど危険な存在か分かるはず。それが忠犬よろしく、餌をくれるからと誰彼構わずしっぽを振りやがって……ああもう、なんで世の中こうも手元しか見えないバカが多いんだ! 僕は絶望した!」
「長い長い」
大谷
「こいつの人望の無さは、こういう所から来るのだよな……」
石田は頭の回転が良く、正義感もある。
……だけでは、ダメなのだ。
無茶を言っても家臣が付いてくる。
ワガママでも許される。
そういう人間は仕えにくく、一見迷惑なようでいて……実際たいていは迷惑そのものなのだが……不思議と他人から愛されたりする。そんな我の強さと人を惹きつける魅力は、戦国武将には大事な資質だ。実際、亡き豊国大公にもそういう所があった。
(石田には、残念ながらそれが無い)
正論だけでは人は付いてこない。
理屈を説けばわかるはず、と石田は言うが。
人間には他人につべこべ言われると反発する心がある。どれほど正しかろうと、正面から論破されて気持ち良く感服できる人間は少ない。
(そして残念ながら……)
大谷の見るところ。
石田君、他人の神経を逆撫でする才能だけは人一倍。
(福島は
公平な視点から見れば、福島にはどう考えても寝返る理由がない。むしろ徹底抗戦して、徳川内府にやる気を見せた方が後の立場が良くなる。
大公への忠誠心で言えば子供の頃から可愛がられていた福島も、決して石田に引けは取らないだろう。それに石田はああいうが、福島は内政能力にも定評がある。猪突猛進のただのバカではない。
可愛がってくれた大公は死んだ。ならば、誰の下に入れば自分の家臣や民を守れるのか……福島にしてみれば石田の説く豊国体制の正当性よりも、徳川の狙う新時代の安定性の方が魅力的に思えるだろう。
きれいごとにこだわる石田の方こそ、そういう所が見えていない。
(他の連中も、そう思っているだろうな)
黒田に藤堂、池田に細川。徳川率いる東征連合軍の主だった連中は、皆亡き大公に良くしてもらった恩義は感じているだろう。だがおそらく、石田の下につくぐらいなら徳川を選ぶ。いざという時の頼もしさが、
やっとヒステリーが収まった石田治部をなだめながら、大谷は先行きの困難さを思わずにはいられなかった。
◆
大谷刑部の思う
「逃がしませんよ!」
「くそう、見つかったのじゃ!」
宿題からの逃亡を発見されて、家臣からタックルを受けていた。
「頼む
「ダメです! 今日の分を終わらせないと剣の稽古には参加させませんからね!」
「これには深い理由があるのじゃ!」
「何があるっていうんですか」
「年増をこじらせた
「それ
「姉ちゃんに知られたら、有栄がそう言ってたから探しに出たって言うのじゃ」
「危なっ⁉ 弘姫様、今すぐ座敷牢に入りますか⁉」
「有栄の鬼ーっ!」
そんな取っ組み合いを濡れ縁でやっていたら、急に何やら騒がしくなった。屋敷の玄関のほうだ。
「んん? おい有栄、なんか客らしいのじゃ。見に行け」
「客の予定も無かったですが……石田様からの使者にしてはおかしな賑やかさですね。それはともかく、対応は誰かするので私は行きません。逃がしませんよ?」
抵抗むなしくとうとう弘歌は、山田有栄に引きずられ始めた。
そこへ取次の家臣が急いでやってきた。
「
「おおっ!」
イヤイヤしていた弘歌がパッと目を輝かせる。
「姉ちゃんが軍を出してくれた……は無いのじゃ。追っかけの第二陣が来たのじゃ?」
「国元から応援?」
一方の山田は訝し気に首をひねった。
「長寿院殿が船を出す前に、一通り残りがいないのを確認していたはずですが」
「そうなのじゃ? でも、来とるぞ?」
「変ですね」
ちょうどそこに騒がしいのを聞きつけた
「……アレかな」
「心当たりが?」
「弘姫様が急ぐとおっしゃって出てしまった直後に、志願兵の一部が」
「一部が?」
「次の船を出すと教える前に、追いかけると言って先に出発してしまって……」
「……どうやって」
「走ってだ」
弘歌と山田が振り返り、玄関のほうを見た。
「そんなバカな。薩摩から大阪までどれだけあると思っているんですか」
「それを考えないのが、薩摩隼人よ」
理屈が合ってないからこその説得力に、弘歌と山田が何とも言えない顔になったところへ……。
「殿様! ただいま着きもうした!」
「維新様! 遅くなってもっさけなか!」
旅塵にまみれ、むさくるしさがアップした見覚えのある男たちがぞろぞろと……間違いなく、薩摩にいたはずの家臣たちだ。こんがり日焼けした髭ヅラが、満面の笑顔に輝いてまぶしい。
「
感激と嬉しさで手を取り合う主従たち。
「いやもう、てっきりどこかで野垂れ死んでいるとばっかり……」
「思いついても実行できないですよね。ましてや、まさか本当に着くなんて」
重臣たちのボヤキも耳に入らず、弘歌と想像を絶する忠臣たちは再会を喜び合った。
◆
「石田様! 清州から続報です!」
「おお、待ちかねた! どうだ、
「いえ、それが。むこうの増援が間に合っちゃったそうで、こちらの包囲部隊は諦めて撤退を始めました」
「あああああああああ⁉」
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物語の豆知識:
中万大蔵が陸路を走って追いかけたエピソード、恐ろしいことに仲間がいたみたいなんですよね。
ちなみに島津蛮族伝説、半分以上は中万のせいじゃないかと思います。この人、それくらい色々やらかしてる。
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