第09話 特盛追加で

 天下分け目の一大決戦で反徳川派に混ぜてもらおうと、佐和山城まで参加表明に出かけていた島津弘歌ひろかが伏見屋敷まで帰ってきたら……なんか、屋敷にいる人数が増えていた。

旅庵りょあん、なんだか兵の数が増えとらんか?」

「見るからに増えてますねえ」

 元々二百もいれば結構多く見えるのだけど、今は明らかに人口密度が違う。屋敷のあらゆるところに人が一杯で、少なくとも数倍はいるように見えた。

 その理由を弘歌はちょっと考えてみて、ポンと膝を打った。

「凄いのじゃ……我が薩摩隼人は頭数が足りないと思うと分裂増殖するのじゃ!」

「いやいやいやいや」

「かの果心居士同時代の幻術使いも真っ青じゃ。まるで人間業にんげんわざじゃないのじゃ……!」

「本当にそうだったら薩摩人は人間じゃないですよ。どう見ても留守にしていた間に増えてます」

「そうなのじゃ?」

 推測、というより期待が外れてちょっと納得がいかない様子の弘歌アホの子。ただ、今は新納にいろと議論するより先に、解決しないといけない問題がある。

「……しかし、多いの」

 チビッ子指揮官と家老新納は、視界いっぱいに広がるむさくるしい男たちをぐるっと見渡した。 

「……今すでに場所が無くて座る所を探すのも難儀しとるのに、夜、まともに横になって寝られるのじゃろうか?」

「ちょっと、屋敷の者と打ち合わせしてきます」


 そんな話を二人がしていると、玄関から一人。遅れてその後ろにもう一人。旅装の侍が飛び出してきた。

「弘姫様ー!」

「お? おおっ、盛淳もりあつではないか!」

 それは弘歌が薩摩を急いで出てきたので、国元に置いてきぼりになっていた家老の長寿院ちょうじゅいん盛淳であった。

「おまえ、どこに行っとったのじゃ!?」

「どこかに行っちゃったのは姫様のほうですよね⁉」

 遅れて出てきたもう一人も追いつき、かぶっていた傘を取る。

「やっと追いついた……」

「おっ、チビ山田ではないか!」

「父より身体は大きいですよ。せめて若山田と言って下さい」

 先日島津家当主義歌よしかに弘歌の計画を知らせた、山田有栄ありながも長寿院に同行してきていた。彼は弘歌にお説教をかました本家の筆頭家老山田有信じいじの息子でもある。

「おまえまでどうしたのじゃ? ……まさか!?」

「そのまさかですよ」

「じいじが危篤ヤバいになったのじゃ!? このあいだ会った時はぴんぴんしとったのに……わずかなあいだに何があったのじゃ」

「ご自分の胸に手を当てて考えて下さい。それと、父はまだ元気です」

「じゃあ何しに来たのじゃ?」

 有栄は弘歌の襟を掴んだ。

「もちろん、弘姫様を捕まえに」

「姉ちゃんの追っ手だったのじゃ!?」


   ◆


 “勝手に出兵計画”が当主にバレた弘歌は、義歌よしかに捕まって折檻されないように即座に逃走した。その為準備に出ていた長寿院は薩摩に置き去りにされ、その他の重臣も走り回っていたのであった。


 とりあえず座敷に落ち着き、着替えた長寿院が弘歌に状況を報告した。

「それで募っていた志願者を取りまとめ、武器や兵糧も搔き集めて参りました」

「うむ、大儀だったのじゃ!」

 長寿院が引き連れて来た志願兵は一千にもなった。皆、当主の招集でないのにもかかわらず弘歌を慕って集まった者たちロリコンである。

「これで我が部隊は千二百。よそと比べても遜色ないのじゃ」

「よそは三千とか四千とかですが」

「我が薩摩兵は一騎当千。千二百もいれば、弱々の中央の兵なら百二十万に相当する大軍なのじゃ」

「それはもういいです。単純計算過ぎますよ……」

「もはや日ノ本も征服できると言っても過言ではないのじゃ」

「それが“過言”というモノです」

「まあ、それはいいとして」

 弘歌は自分の腹に巻きつけられた紐を見た。弘歌にくくられた紐は後ろに伸びていて、犬の散歩紐よろしく監督係ありながが掴んでいる。

「これは何の真似じゃ」

「弘姫様がどこに行っちゃうか分からないからです」

 今すぐ連れ帰るのは諦めたようだが、この様子だと薩摩に帰るまでこのままになりそうだ。

「おまえはなんで、そんなに心配性なのじゃ。薩摩武士ならもっと豪胆おおざっぱに行けなのじゃ」」

「もう一度言いますが、胸に手を当てて考えてみて下さい」

「うるさいのが来ちゃったのじゃ……」


 上方の戦に参戦しようとしたら、当主に却下されて兵を出してもらえなかったり。

 こっそり出ようと思ったらバレてしまい、急遽きゅうきょ国元を飛び出してきたり。

 徳川に味方しようと思ったらついうっかり伏見城を落としちゃったり。

 仕方なく官僚派につこうと思って訪ねたら留守だったり。


 それでも千二百も兵が集まり、それを指揮する武将も姪の豊歌とよかを筆頭に四人もいる。これで布陣もばっちりだ。

「あの、それ私も計算に入れてます?」

「当然じゃ有栄。“立ってる者は親でも使え”というのじゃ」


 いろいろ計算違いが重なったけど。

 おそらくこれから起こる決戦に、なんとか万全の体制で臨めそうだ。

 弘歌はご機嫌で立ち上がった。

「ようし、呼び出しが来るまで稽古に励むのじゃ!」

「良い心がけです、弘姫様」

 頷いた長寿院が、風呂敷から大量に本を取り出した。

「旅先でも自己の鍛錬を怠らぬようにと、師範たちから宿題を預かって来ました」

「ちょっ、何という物をもらって来るのじゃ!? ……ハッ!?」

 弘歌が気づけば。


 正面に長寿院。

 後ろに山田。

 左に新納。

 右に豊歌。


「いつのまにか囲まれてるのじゃ!?」

「叔母様、おとなしく机に座ってください」

「逃げ場はありませんよ?」

「必ず全部やらせろとキツく言われておりますので」

「石田様から呼び出しがあるまでに、しっかり終わらせましょうね」

「そういう稽古しゅくだいをしたいのではないのじゃーっ!!」


   ◆


 薩摩勢が出番に向けて(無駄に)張り切っていた、その一方で。

 弘歌の参加表明を適当にあしらっていた、反徳川派でも動きがあった。


「もう福島が尾張まで戻ってきているだと⁉」

 出兵の指揮を執っていた石田治部じぶは驚愕のあまり、持っていた将棋の駒を取り落した。各武将の陣になぞらえて地図の上に配置していたものだが、そこで予想していた徳川派の動きとはあまりにかけ離れていた。

「会津まで行かずに途中で引き返したのは聞いたが、それにしても早い」

「どれだけ急いだんだ。てっきりまだ駿河辺りだと……」

 同志たちも凶報に騒めいている。予測より早まっていては、こちらの打てる手がどんどん狭まってしまう。無理もなかった。


 徳川内府の動員令に従って下野しもつけまで行っていたはずの福島侍従じじゅうの軍勢が、すでに地元である尾張清州城まで帰ってきている。明らかに内府の意向を受けた徳川派の先鋒だろう。

「くそう、東海諸国の制圧がまだなのに……なんで予定通りに動かないんだ、あのバカは!? バカだからか⁉ だからバカなんだ! 僕、ああいうアホは大嫌い!」 

 治部、元から福島と仲悪い。

「敵が予想通りに動くと思うな! とにかく各地に攻め込んでいるこちらの兵力を戻さないと……」

「分かっている!」


 伏見城の攻略に手間取ったのがどんどん後ろに響いている。

 どう巻き返すか必死の反徳川派諸将は、いまだ気づいていなかった……本当に島津勢弘歌を呼び戻す羽目になることを。 




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物語の豆知識:

 実は西軍は伏見城だけでなく、松阪城や田辺城でも説得に時間をかけて攻城戦を長引かせています。出来るだけ味方にしたかったのでしょうが、タイムリミットがあるのにどんどんスケジュールがずれ込んでいく悪循環になっていました。

 実際の長寿院の到着は関ケ原の戦いの直前だったみたいで、義弘に合流したのは現場の岐阜でだったようです。

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