第08話 軍議は踊る されど進まず

 ズカズカと入って来た幼女は居並ぶ諸将を見回し、脳天気な声を上げた。

「あれ? みんないるのじゃ。いるならちゃんと返事をするのじゃ」

「できるか!」

「何を怒っとるのじゃ?」

 本当に全然分かっていない様子の島津弘歌ひろかに食ってかかろうとした石田治部じぶの袖を、横の大谷刑部ぎょうぶが引いて止める。

「落ち着け石田。アレはアホの子だ」

「分かってる! 分かってはいるが……!」

「あれ、茶だけ? 茶菓子は?」

「このガキがあぁぁぁっっ!」

「だから抑えろ!」


   ◆


 一人笑顔で茶をすする弘歌に、これ以上ないくらいに不機嫌なこの城の主、石田治部がぶっきらぼうに訊ねた。

「で? いったい何用で我が城へ?」

「それはもちろん」

 歓迎されていないなど露ほどにも思わない弘歌は、元気いっぱいにこたえてやった。

「石田……殿が徳川と雌雄を決すると聞いたので、遠路はるばる薩摩から駆けつけてやったのじゃ」

「それはまことにご苦労様なことだが」

 治部は一応列席者を一瞥するが、思った通り嬉しそうな顔が一人もいない。それを確認した彼は自信満々の幼女に、厭味ったらしくお断りを入れた。

「せっかくのお申し出だが、正直ご助力いただく必要はないかな。すでに僕たちの決起には多数の同志が参加しているのでね、戦力は十分に動員できているのだ」

「そうなのじゃ?」

「ああ、それはもう。ここへ島津勢が、わ・ず・か・二百ぽっち参加したところで大勢に影響はない。お気持ちはありがたく受け取っておくので、さあどうぞお帰り下さい」

「それでいいのじゃ? 徳川は東征に多数の大名を連れて行っておるのじゃ。いくら兵がいても足りることはないのじゃ。そこへ島津兵二百、喉から手が出るほど欲しいじゃろ」

「ハッハッハッハッ、二百! 二百だよ? たかが二百! 戦局を左右する戦力というのはね、金吾小早川殿の一万六千ぐらい揃えてから言うんですな!」

 大人げない石田の嘲りを聞いた弘歌は、石田のおだてに鼻高々の小早川を見た。

「石田ー」

「なっ!? このチビ、面と向かってと呼び捨てするな!」

「一万六千と言ったって、慢性アル中小早川が連れてる弱兵なのじゃぞ?」

 あまりの物言いに石田が唖然としているあいだに、思いきりバカにされた本人がキレた。小早川は大大名だが、それ以前に豊国大公の生前は後継ぎ候補の一人として弘歌以上にちやほやされていた貴公子でもある。バカにされるのも慣れていなければ、忍耐力も低い。

「き、きさま……この小童こわっぱ、誰がアル中だと!?」

「すまぬ、言葉遣いが悪かったのじゃ」

 危険な響きのする小早川ボンボンの問いに、弘歌は素直に謝った。そして石田に向かって言い直した。

「石田、この慢性アルコール依存症が連れてる……」

「丁寧に言い直せばいいってもんじゃねえよ!? 俺のどこが……」

「ちょっとこいつ、うるさいのじゃ。誰ぞ、茶ではなくて酒を出してやるのじゃ」

「…………!」

「待て! 落ち着かれよ、小早川殿!」

 激怒のあまり言葉もなくブチギレる小早川。刀を抜きかける貴公子を皆で押さえ、小西が石田に耳打ちした。

「おい、何でもいいから三人目が刀を抜く前にこいつを追い返せ! 中納言殿小早川卒中脳溢血で倒れる前に早く!」

「この口の減らないガキをどうやって!?」

「適当に合わせてやるしかないだろう。いったん自宅待機とか言っておけ!」

「わ、わかった」


 石田治部は大人たちが揉める様子を眺めているお子様に、急いで用意した土産を持たせて言い含めた。

「島津殿の熱意は分かった。よろしい、同志として迎えようじゃないか」

「おっ、分かってくれたのじゃ?」

「うんうん。ただ僕の一存では決めかねることもあるから、いったん伏見か大坂へ戻って準備を進めていてもらえないかな」

「おお、さようか」

 

 なるほど、多数の大名が参加するのだから、配置を考えるのも手間だろう。

 誰に何をやらせるのか、仕事の割り振りを考えるのだけでも大変だと当主に聞いたことがある。

「承知したのじゃ。では、出番が来たら知らせるが良いのじゃ」

「分かった分かった、二度と来るな」

「ん?」

「いやいやいやいや、なんでもない! では、それでよろしくな!」

「おー? おお、承ったのじゃ」

 うっかり本音の漏れた石田の不自然な作り笑いに見送られ、弘歌は佐和山城を出て伏見への進路を取った。


   ◆


「やっと帰ったか」

 お騒がせ幼女の姿が無くなり、石田治部は疲れた顔で座り込んだ。

「アレ、本当に呼ぶのか?」

「冗談言うな!? 見ての通りだぞ!? 口ばかり達者なクソガキだが、後ろに島津がいると思うと無下に扱うわけにもいかない」

 日ノ本最南端の薩摩からほとんど出て来ない島津家だが、やる気を出したら手が付けられなくなる。現にわずかな期間で西海道を征服しかけ、豊国大公直率の十五万の大軍を敵に回したこともあるほどだ。

「あのガキを放り出すのは簡単だが、変につついて竜伯公島津義歌が出て来られても困る。適当に放っておいて、しつこいようなら裏から子守りの重臣に苦情を入れればいい」

「そうだな」

 大谷や小西も頷いた。

「にしても」

「なんだ?」

「まさか、本当にアテにするようなことにならないだろうな」

「冗談でもそういう事を言うのは止せよ!?」


 この瞬間。

 弘歌召喚のフラグが立った。


   ◆


 官僚派首脳部の軍議に直接乗り込み、反徳川派参加の承諾を取ってきた弘歌。

 だが帰路につくその顔は、とても晴れやかとは言えなかった。

「どうしました?」

「むう」

 馬で横を進む豊歌とよかに聞かれ、輿こしの上の弘歌は不満そうに唸りを上げた。

「ヤツら……表面上はワシを丁重に扱っておったが」

 いいえ、はっきりバカにしていました。

「内心はワシを若輩と侮っておったのじゃ」

 内心どころかハッキリ怒鳴っていたが、弘歌の感性ではそこまで悪意を察知できていない。ついでに言えば、周りにどれだけ悪口言いまくったかも分かっていない。

「悔しいのう。ワシが若くてぴちぴちしているから、オッサンどもは世間知らずと思って舐めてかかって来るのじゃ」

 弘歌は弘歌でやらかしまくっているのだが、それはさておき。


 やはり一人前に槍働きができるところを、姉にもアイツらにも見せつけねばならない。


 弘歌はそう、再度の決意を固めた。


   ◆


 そんな弘歌と豊歌が帰り着いた伏見屋敷では、意外な人物が二人の帰りを待っていた。

 



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物語の豆知識:

 小早川“金吾中納言”秀秋は七歳で飲み始めて十二歳の頃にはもう酒を手放せない身体になっていたとか。そりゃ二十歳そこそこで内臓疾患で死ぬはずだ……。

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