第07話 仕方ないので石田君のところに行こう

「うむ、これは是非も無しというヤツなのじゃ」

 守るはずの伏見城をうっかり落としてしまい、ちょっと考えた島津しまづ維新いしん弘歌ひろかはそう結論付けた。

「本当は徳川の方が良いのじゃが、仕方ないから官僚派の連中に仲間に加えてもらおう」

「入れてくれますかね?」

 疑わしそうな新納にいろの問いに、楽観している弘歌はカラカラと笑ってみせた。

「ワシらの実力はこれで十分見せつけたのじゃ。ヤツらも頼もしく思ってくれるはずなのじゃ」

「もし応じてくれなかったら?」

「……確か、首謀者の奉行衆の城が近所にあったのじゃ。試しに二、三個落とせば悔い改めるじゃろ」

「それをいうなら“認識を改める”では?」

「そう、それじゃ」

「微妙に意味合いがあってるのが嫌ですね」


   ◆


 東征中の徳川が畿内に唯一残した拠点・伏見城を落としたと聞き、佐和山城に集まっていた反徳川連合軍の面々は一様に安堵のため息を漏らした。

 なにしろ守備隊がしぶとく抗戦してくれたおかげで、各地を押さえる為に派遣する筈だった部隊を攻城戦につぎ込んでしまっている。すでに美濃から伊勢にかけての徳川派攻略に遅れが生じている。


「やれやれ、これでやっと本来の計画に戻れる」

 豊国政権の実務を担っている奉行衆の一人、石田治部じぶは眉間に皺を寄せながら書状に修正を加えた。

 彼は政権を支えた文官の中でも筆頭格であり、その事務能力には亡くなった豊国大公も全般の信頼を置いていた……というぐらいの人間なので、気位が高く、せっかく作った緻密な予定がズレるのは許せない。

「大幅に兵が減っていたはずの伏見城を落とすのに十日もかかるとは……本来なら懲戒モノだ」

 自分に厳しい才人であるだけに、他人の失敗も許せない。


 ブツブツ言いながら計画表を修正している同志に、同格の小西摂津せっつ胡乱うろんな目を向けた。

「石田殿。予定に現実を合わせようと思うと、いつか足元をすくわれるぞ」

 商人から武士に取り立てられ、大名に成り上がって以後も貿易などに携わってきた小西は四角四面な石田のやり方が危なく見える。ちなみに石田治部は僧侶上がりである。理想論にこだわるわけだ。

「だが計画というものは、最も近道を行くために立てるものだ」

「それはそうだ。しかし予定通りに行かないのを当然と思わぬと」

 理想に近づけるべきという石田と、柔軟に変えていくべきという小西の意見はたびたび食い違う。普段ならそれもいいが、今は予定が大幅にずれて誰もが神経質になっている。次第に声が高くなり、言い争いになりそうな気配を察した周りが止めようとした、その時。

 思いっきり計画外の珍獣が、この場に乱入してきた。


   ◆


「ただいま合議中でございまして」

 石田家の家来に止められ、島津弘歌は不機嫌そうに唸った。

「その話し合いに出ようと思って来たのじゃ。今すぐ通せ」

「そう言われましても……」

 止めた壮年の家臣は困惑しつつも、一応丁寧に応対していた。

 なにしろ、目の前で主張しているのは……どう見ても、チビッ子。

 それが先約も無くいきなり主人に会いに来て、しかも大名たちの軍議に参加させろという。後ろに多数の家臣を引き連れていなければ、そもそも不審者として城にも入れないところだ。

「これでは話にならぬのじゃ」

 そのチビッ子は慨嘆すると、おそらく城主がいるであろう本丸御殿を睨んだ。

「よし!」

「何を……」

 訝しがる石田家の者たちを尻目に、幼女は大きく息を吸い込んだ。


   ◆


「まあまあ、双方落ち着け」

 第三者である大谷刑部ぎょうぶが間に入り、石田と小西を引き離した所へ……。


『おーい!』


 いきなり外から響く、幼い女の声。

「ん?」

「なんだ?」

 思わず揃って外に目を向ける一同。庭には誰もいないので、塀の外で誰か……おそらく女児が叫んだらしい。

「城内で童女の声?」

「石田、おまえのところの娘か?」

「うちにあんな躾のなってないのがいるか」

 そんなことを話していたら。


『おーい、うらなり陰キャのソロバン男無駄に細かいヤツー!』


「…………」

「…………石田、アレおまえのことか?」

「ぼ、僕に聞くなよ⁉」

 大谷に聞かれて我に返った石田治部は、当然ながら激怒した。

「だ、誰だ今のは!?」

「そ、それが……いま我が佐和山城へ、島津維新と申す女児が『味方に加えてくれ』と言って押しかけてきているそうで……」

「島津維新?」

 居並んだ武将たちは顔を見合わせた。

「もしかして、島津四姉妹の末っ子の?」

「西海動乱の際、最後の最後に没収する筈だった領土を大公殿下からもぎ取ったという……あの“ロリ島津”か⁉」

 一斉にざわつく参加メンバーの面々。特に戦後処理に走り回った奉行たちのあいだで困惑が大きい。それほどまでに、はいまだ語り草になっている。

「島津が謝りに来るからと言うので殿下が謁見したら、いきなり年端も行かぬ幼女が現れたのは衝撃だったな」

「しかも挨拶もそこそこにいきなり殿下の膝に乗って、『おじちゃん、ごめんなちゃい』だぞ……幼女好みの殿下がいっぺんに骨抜きになって、島津の罪を許すどころか没収予定の大隅と佐土原までくれてやった、アレだ」 

「アレは見ているだけで恐ろしい一件だった……」

 そんな因縁のある幼女が、突如「味方する」と言って現れた。

 まさかの交渉を進めた度胸は認めるが、百数十年に及ぶ大乱を鎮めた最高権力者にいきなりそんな事をやらかす頭のおかしさを考えると。


 ……仲間に入れたら、絶対ロクなことにならない。


「おい、僕は留守だと言って追い返せ」

「はっ……それで通りますかね?」

 軍議中だと分かって来ている相手に、居留守は苦しい。

「仕方ないだろう。会ってしまったら断るだけでも手間がかかる」

「ははっ」

 指示を受けた家臣が下がろうとしたところへ、また外から声が聞こえた。


『弘姫様、それではダメですよ。どこからそんなあだ名を聞いてきたんですか』

『ヤツの名前をド忘れしたのじゃ。だから特徴を叫んだら顔出すかなと……』


「…………」

 今にも血管の切れそうな顔で歯ぎしりする石田に、いま喧嘩したばかりの小西がイヤミったらしく訊ねた。

「おい、おぬしの事じゃないのか? 早く返事してやれよ」

「じょ、冗談じゃない! 僕を侮辱するのか⁉」

 また言い合いが始まりそうになったところで。


『あー、そうだそうだ。おーい、石田ー!』


 名前を思い出したらしい。

 ハッキリ言われてしまった石田治部の顔色が、もう赤を通り越してどす黒くなっている。逆に小西は声を押し殺してはいるが笑っているのを隠そうともしていない。

「ほらほら。石田殿、ご指名だぞ」

「き、きさま……他人事だと思って……!」

 そこへ、外からまた声が。


『おっかしいのじゃ。留守かのう……誰も出て来ぬぞ』

『石田だけではありきたりな名前なので、誰か分からないのでは』


 家臣も無礼。


『そうか……なんぞ特徴を付けぬと向こうも分からぬか。えーと、ヤツの目立つところというと……おーい、“ぬるゲー舐めプで関東征伐で一人負けした”石田くーん!』


「うがああああ!?」

「落ち着け、石田!」

「落ち着いていられるか! あのガキ、今すぐぶち殺してやる!」

「ハハハハハ、子供は正直だなあ。なあ、忍城攻めに失敗した石田君」

「小西、きさまも僕を侮辱するのか⁉」


『呼んでも出て来ないのじゃ。新納、どうしよう』

『石田様は留守ですかねえ。他に居そうな方を呼んでみたらどうでしょう』

『そうじゃな。えーと、他に居そうなというと……他の奉行か石田の友達かなあ。でも、あいつ細かくてネチネチしているから友達少なそうなのじゃ』


 もう頭に血がのぼって刀を抜きかけている石田を大谷が必死に止めている横で、大爆笑している小西その他。

 しかし。


『ほ、か、に、い、そ、う、な……あ! “口ばっかり器用で八方美人だからどっちの味方か分からないって陰口叩かれてたら本当に寝返っちゃった”安国寺くーん!』


 僧体の老将が黙り込む。


『それとー、“知勇兼備とか言われてるのにイマイチ影が薄くて目立たない”大谷くーん!』


 石田治部を押さえていた覆面の怪将が急に動きを止め、逆に石田がおろおろし出した。


『あいつらもおらんのかー。石田君も人望ないなー。後はぁ……あ、“おサルのおじちゃんの目を盗んで抜け荷密輸で稼いでた”小西くーん!』


 人一倍石田治部を笑っていた元商人が、痛いところを突かれて思わず怒鳴り返した。

「誰が“抜け荷で稼いでた”だ、人聞きの悪いことを言うな! だいたいそれを言ったらおまえら島津も同類だろうが!」

「あ、バカ!?」


『あ、小西君は居たのじゃー!』

『良かったですね』




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物語の豆知識:

 「はじめ島津義弘は東軍に加担しようとしたけど、伏見城で断られた」という話は、江戸期に悪気はなかったとアピールする為に創作した話のようです。

 「僕」「君」という人称は幕末期に始まったそうなので、戦国期にはまだありません。

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