二戦目! 燃え上がるキャンプファイヤー

第06話 伏見城なぜか炎上

 そして十分英気を養って伏見に到着した、翌朝。

 畿内を二分する大戦(予定)で勝ち馬に乗ろうと徳川の陣を訪れた島津しまづ維新いしん弘歌ひろかは、伏見城の門前で途方に暮れていた。

「徳川のオジちゃーん! 入ーれーてー!」

 そう頼んでいるのに。

「一昨日きやがれ!」

 思ってもみなかった罵声が返ってくる。


「なんで入れてくれぬのじゃ」

 ふくれっつらの弘歌が一生懸命喚くが、あちらの塩対応は全く変わらない。

「せめて話ぐらい聞いたらどうなのじゃ。やつらも本隊が関東へ行ってしまって手薄なはずなのじゃ。二百も薩摩兵が来たら泣いて喜ぶと思ったのに」

 せっかく弘歌が応援に来てやったのに、伏見城からは思ってもみない返事が返ってきた。

「中のヤツら、どういうつもりじゃ」

「私、思うんですがね」

「なんじゃ、旅庵新納」 

 弘歌の家老新納にいろ旅庵りょあんが、横のほうを指さした。

「なんかすでに武装した大谷家や増田家の軍勢が展開しているので、もう籠城戦始まってるんじゃないですかね」

「ふむ」

 弘歌も見てみると、確かにぞろぞろと抜き身の槍を持った連中が集まり始めている。鉄砲を警戒してか、あちこち土盛りの防塁も作っていた。

「あと、城の塀にすでに弾痕があるんですけど。これ、今日できたものじゃないですね」

「もしかして……もう何日かやってるのじゃ?」

「この状態で『味方になるから入れてくれ』って言われても……普通は信じないんじゃないでしょうか」

「なんでこいつら、ワシらが到着するのを待てないんじゃろうなあ」

「知らせてないからじゃないですかね」


 城と包囲陣を交互に眺めた弘歌は、一つの可能性に気がついた。

「のう、新納。ワシ考えたんじゃが」

「はい」

「これ、どっちからも敵に見えているのでは?」

 中の反応は今見た通り。

 そして今まさに伏見城を包囲しようとしている集団から見れば、城門の前で刀も抜かずに門が開くのを待っている薩摩軍は……。

「間違いなく、両方から攻撃されておかしくないですね」


 いかん。

 これはいかん。

 両方から挟み撃ちにされては、あっという間に伏見城の玄関マットになってしまう。


「しょっぱなに無駄死にで全滅とか、恥ずかしくて墓碑銘にも書けないのじゃ」

「とりあえず帰る……てわけにも行かなさそうですね」

 気がついたら、もう横も後ろも反徳川派の軍でいっぱい。

「大阪に着いた時に見ないと思ったら、伏見にこんなにいたのじゃ」

「まずいですね……宇喜多まで来てる」

「あいつそんなに強いのじゃ?」

「数が多いんです。聞き込みした話ですと、一家で軽く一万を超える軍勢とか」

「うちは二百しか出せないのに……ずるい」


 なんとか頼んで伏見城の中に入れてもらうか、それとも何万の大軍の中に斬り込んで道を拓いて伏見屋敷に逃げ込むか。

「伏見屋敷に逃げ込んだぐらいじゃ、また包囲されて終わりだと思います」

「奇遇じゃな。ワシも同じ意見なのじゃ」

 そうなると、どうしても城に入れてもらわないとならない。

「ふむ……旅庵!」

「はっ、何でしょうか」

「志願ご苦労。おまえ入れてくれるように交渉してくるのじゃ」

「返事する前に言ってくれませんかね、そういう事は」


   ◆


『城内の徳川御家中! 拙者、薩州島津家家老の新納旅庵と申す者にござる!』

 一応武装を解いて一人進み出た新納が呼び掛けると、家老と聞いてさすがに身分のある指揮官が顔を出した。

『拙者がここを任されておる鵜殿でござる。この期に及んで何用でござるか!』

『我ら島津家、徳川家にお味方しようと薩摩よりまかり越した。我らも城中に入れていただきたい!』

 じゃないと死ぬ。むしろ助けて欲しいのは島津のほう。


 豊歌とよかに連れられ交渉を遠くから見ていた弘歌は面白くない。

「あいつら、ワシがいくら言っても顔も出さなかったのに……」

「まあまあ」


 名乗りを聞いて多少丁寧になったものの、城兵あちらの邪険な態度は変わらない。 

『加勢されると申されるのは重々ありがたいが……その人数で?』


「あいつ、慇懃無礼いんぎんぶれいの見本みたいなヤツなのじゃ」

「まあまあ」


『当家も厳しい事情の中、徳川殿の一助になればと維新公弘歌が選び抜いた一騎当千の精兵二百にござる』


「新納もうまいこと言うのう。たまたまワシの屋敷に在番していた兵なんじゃが」

「そういうことは交渉では言わないものです。手の内はバラさない方が良いんです」


 大人の駆け引きに弘歌は感心したが、残念ながら守将には通じなかった。

『えっ? 島津維新? なに、あの大公を骨抜きにしたとか言うオコサマの? おいおい、おぬしも子守役ならガキのいくさごっこに付き合ってないで、さっさと国元へ連れ帰るがよかろう』

 城門を守る鵜殿とかいう武将は薩摩の将が弘歌だと分かったら、とたんに気が抜けたのか言葉遣いも悪くなった。子供の遊びに振り回されて迷惑な……というあざけりが透けて見える。


「なっ!? あいつ、とんでもなく失礼なのじゃ……!」

 弘歌は怒った。自分としてはれっきとした武将のつもりなのだ。

 島津一門衆として、たとえ元服前でも矜持プライドは高い。まして姉から一人前に認められる為に、不退転の決意で勝手に上洛してきた身。まともに扱われないのは我慢ならない。

 ……のだけど、弘歌がバカにされるのがもっと我慢できない人が横にいた。


 ターンッ!

『ぎゃーっ⁉』

『わぁ⁉ 鵜殿様ぁ⁉』

「は?」

 いきなりの銃声に弘歌が横を見たら、綺麗な顔に青筋立てた豊歌が種ヶ島火縄銃を下ろして次弾の装填を始めたところだった。

「お豊、おまえいきなり何撃っとるのじゃ」

「すみません。叔母様が侮辱されたので、ついうっかり」

「ついうっかりで、一瞬の間に銃の発射準備を終えて撃ってるのは怖いのじゃ」

 そして、二人の後ろの人たちも。

「おう、ゴラァ! 味噌くせえ三河の田舎者がナニ維新様をバカにしてるんじゃ!」

熊襲くまそ舐めてんのか! 切り刻んでナマスにしてやるから降りてこいや!」

 弘歌の命令一下、文句も言わず薩摩から付いてきた直率の兵たちだ。当然彼らは弘歌に心酔している精鋭ロリコンたちである。

「なんか、収拾つかなくなってきたのじゃ……」

 弘歌が周りを見回しているあいだに、すでに豊歌はもう三発撃ち込んでいる。

 他の兵も見習って城門の櫓に猛烈な射撃をくわえ、既に一部は石垣をよじ登ってまもなく斬り込むところまで……。

「なんでうち島津の兵は血の気が多いのかのう」

「居ても立ってもいられなくて薩摩から駆け付けた、弘姫様がそれ言いますか」

「おお新納、ご苦労……それ、なんじゃ?」

「成果無しでは合わす顔もないので、上から降って来た鵜殿やら言うヤツの首を取って来ました」

「うむ、大儀なのじゃ……待て。それ持ってたら、後で徳川に言い訳する時にマズくないかの?」

「……そう言えば、そうですね」

 無言でちょっと考え、新納はソレを堀へ投げ捨てた。証拠隠滅した家老は手をはたくと、燃え上がる城門を見上げてため息をつく。

「これ、どうやって取り繕いましょうか」

タヌキ徳川はいま留守じゃし、黙ってれば分からんのじゃないかの」

 不都合なことは正直に言わなくていいと、弘歌はちょうど学んだばかりだ。


 そんなことを話し合っていたら、なんだか周りで大きな雄叫びが上がり始めた。

「ん?」

 辺りを見回すと、城門が陥落したと見て反徳川派の部隊が殺到してきていた。


『どこぞの物見偵察部隊が一番槍をつけたぞ!』

『おくれを取るな! 一気に落とせ!』


 スッキリして休憩中の島津勢を追い抜いて、どんどん城中に突入していくどこかの兵。

「アイツら、楽な作業になった途端に威勢が良くなったのじゃ」

「まあ、これで我々が伏見城をうっかり攻撃しちゃったことはうやむやに……」

「いやいやいや」

 バレる心配がなくなったと安堵する弘歌と新納に、火縄銃を肩にかついだ豊歌がツッコミを入れた。

「畿内に唯一の徳川の拠点がこれで落ちたわけですが」

「……あっ」




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物語の豆知識:

 熊襲(くまそ)は古事記・日本書紀に出てくるヤマト王朝時代の辺境民族でヤマトタケルとやりあったことで有名ですが、改めて調べたらちょうど霧島辺りから熊本の県境にかけた辺りが勢力範囲だったらしいです。島津義弘の領地付近です。

 豊歌が火縄銃を連射していますが、外国の方がフランス製の先込め銃で実験したところ1分で4~5発撃てるようです。

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