第05話 ファイナルアンサーじゃ!

「我が島津は……徳川につくのじゃ!」

「ほう」

「徳川ですか」

 弘歌ひろかの宣言を、新納にいろ豊歌とよかが興味深そうに見つめている。

「……それだけなのじゃ?」

 ビックリすると思ったのに聴衆の反応が薄い。

「どっちを選んでも、どちらもあり得るかなと思ってましたから」

「そうなのじゃ?」

「一応、理由は聞いておきたいですね」

「ですね。どちらの陣営かよりも、そう決めた判断基準が気になります」

「むう、全く動じないのじゃ……。こいつら面白みがないのじゃ」


 物足りない弘歌は唇を尖らせつつも、ちいさな指先で数えて見せた。

「徳川内府内大臣は、あの豊国大公が“自分に成り代われる男”と警戒したほどのやり手なのじゃ。大坂を押さえておる官僚派に、そんなヤツはいないのじゃ」

「ふむ」

「それから、単純に徳川はデカいのじゃ。二番目の前田と三番目の上杉を合わせたよりも石高が高い収入があるのじゃ」

「この争い、どちらの勢力も連合軍になるでしょう。全体で見れば徳川派も反徳川派も、軍の規模は同じくらいになるかもしれませんよ?」

たわけめバカモノ

 疑問を口にした豊歌の頭を、弘歌はペシッと扇子で叩いた。

「大大名ということは、タヌキ徳川は普段から大軍を使いこなしておるのじゃ」

「それは確かに」

 弘歌の主張に新納も頷く。

 軍隊は号令に従って一斉に動けるかが問題だ。だから同じ数でも、単独と数家の連合軍では動きが違う。数が同じなら同じように働けるわけではない。

「しかも徳川はあちこち引越しするたびに、潰された家の家臣を拾って回っているのじゃ。まとめて引き受けただけでも、今川に武田に北条に……元は天下を狙えたような所ばかりではないか⁉ 何それ、うらやま……タヌキ死ね!」

「今から味方するんじゃなかったんですか」

「そうじゃった」


 一つ咳払いして醜態をごまかすと、弘歌は話を戻した。 

「……とにかく同じ数の兵を集めたとて、反徳川の奉行ども官僚派は元が中小の領主じゃ。経験が足りぬこやつらに、自在に動かせる能力は無いのじゃ」

「なるほど」

「それに……」

 弘歌は豊歌を叩いた扇子でペシペシと板の間の床を叩く。

「内府を失脚させたい連中は、みんなおサルのおじちゃん豊国大公が下っ端から引き上げたのじゃ。

 先祖代々の家臣なんかおらんじゃろ? 石田なんか自分の石高収入を半分やるって言って、侍大将島左近を雇ったんじゃぞ? 一方の徳川は当主が人質に連れて行かれても、給料も出ないのにからの城を十年も守るような忠義者がわんさかおるのじゃ。当主も家臣も、質がくらべものにならんのじゃ」

「確かにそうかもしれませんね」

「それほど結束力の高い家臣団なんて、徳川以外にはつぶれた武田と島津うちぐらいじゃ」

「うむうむ、我ら薩摩隼人は忠勇無比ですからね」

「あーあ……去年伊集院一門が反乱騒ぎなんか起こしたから、国元大混乱でその精鋭を出す余裕が無くなったのじゃ。あれが無ければのう」

「いきなりお話が矛盾してますよ、叔母様」

「オバサン言うなと言うとるのじゃ」


 弘歌の考える理由を一通り聞いた、豊歌と新納が頷きあった。

「まあまあ合ってますかね。及第点でしょうか」

「そうですね。普段からこれくらい、ちゃんとお勉強してくれれば……」

「おまえら二人して、ワシをバカにしとるのじゃ?」

 この姪と家老は総大将弘歌を試していたらしい。大人どもの上から目線に、その辺りに敏感なお年頃の幼女はイラっとする。

「なんじゃ、おまえたちから見てまだ他にもあるのじゃ?」

「そうですね……」

 新納があごをさする。

緒戦開戦直後の苦戦は内府も織り込み済みでしょうが……畿内が反徳川に占められている中で味方したとなれば、島津は徳川に大きく“貸し”が作れますね」

「ふむ、そういう考え方もあるのじゃ?」


 豊歌も小首を傾げ、宙を見つめて呟く。

「反徳川派、どうも人数のわりに頭になる人間がいないようですね。小物でしかない奉行たちが主導する一方で、大物も名誉顧問格で鎮座している。立場が複雑に絡んでいて、号令をかけられるほど立場の強い人間がいません。即断即決できないので、想定通りに事が動かなかったら方針変更もままならないでしょう。あれでは内府に対抗できるとは、とても……」

「なるほど、そういうのもあるのう」 


 弘歌が「へー」とか思っているあいだに、二人から出るわ出るわ……。

 ちょろっと考えた弘歌の思いついた以上に、反徳川派の問題点は多いらしい。途中からなんだか二人だけで議論を始めた新納と豊歌を眺めながら、ボケーッと見ているだけになった弘歌は手持無沙汰になり……スクッと立ち上がった。

「うむ、分かったのじゃ」

「え? 何がですか?」

議ば好かん口先の理屈は無駄じゃ

 弘歌は手に持った扇子でピシッと都のほうを指した。

「“兵は拙速を尊ぶ”と前に姉ちゃんが言っておったのじゃ! こんなところでゴチャゴチャ言ってる暇があったら、直ちに向かうのじゃ!」

 弘歌の指先を見て、豊歌と新納はそれが指す方向北西に首を回した。

「大仕事の前に有馬温泉で湯治ですか?」

「……あっちが都じゃないのかや?」

「それと“拙速”云々は、“戦いはサッと終わらせて無駄に長引かせるな”と言う意味です。“準備不足でも機を逃さないために早く動け”という意味ではありません」

 よく分からない議論に退屈して打ち切ろうとしたら、やぶ蛇で弘歌の知性にツッコミが入ってしまった。


 これは良くない。旅先に来てまで宿題を出されてしまうかもしれない。

 とにかく弘歌は「議ば好かんつべこべ言われたくない


「……細かいことは良いのじゃ! すぐに伏見城へ出発じゃ!」

 豊歌が広げた地図の大坂から伏見までを指先でなぞった。

「大阪屋敷から伏見まで、鹿児島から指宿いぶすきくらいありますよ?」

「……そんなに遠いのか?」

「歩いて行ったら四……五刻8~10時間はかかりますね。今から出たら着くのは夜中ですが」

「半分にまからんか?」

「晩ご飯……下手したら朝ご飯も無しになりますが」

「うっ……!」

 新納も屋敷の奥の方を指した。

「連れて来た兵も、まだ陸についたばかりで船酔いで伸びてます。ここはせめて一晩、休んでから行きましょう」

「うう……」

 戦の仕方はともかく、ご飯と休憩については二人の意見ももっともかもしれない。

 是非も無しどうしようもない

「分かったのじゃ……明日にするのじゃ」

 しぶしぶ弘歌はやる気を押さえ、新納たちの忠告を受け入れた。


   ◆


 その後は夕暮れまで畿内の情勢を大坂在番の者から聞き、夕飯を食べ、豊歌と風呂に入って一緒の布団で寝た。

 だが弘歌は、豊歌に抱えられるように寝ていても眼が冴えて眠れなかった。

(手柄を立てるのじゃ……)

 燭台を消した時は真っ暗だった視界も月明かりに目が慣れて、うっすら竿天井のはりが見える。

(コレは間違いなく大きないくさになるのじゃ。そこで華々しく活躍して、日ノ本中に『西海九州に薩摩あり!』と思い知らせることが出来たら……姉ちゃんもワシの活躍を認めるのじゃ)

 

 前に出て槍働きこそしたこと無いけれど、この年で弘歌もそれなりに手柄を立てたと自負している。

 島津が豊国大公に攻められた時は薩摩一国の保持も危うかったが、弘歌の交渉で大隅と日向の一部まで領有を認められた。あの逆転劇を義歌はもっと評価してくれてもいいのに……。

(姉ちゃんは何かというと、ワシをひよっこだの未熟だの言うのじゃ)

 なお、弘歌はかぞえで十歳満九歳

(ここで、姉ちゃんも文句をつけられない活躍をして見せるのじゃ!)


 姉たちや重臣たちに、一人前と認めてもらう。

 そのために弘歌は飛び出してきた。

 手柄なしでは帰れない。弘歌は、明日からの戦いを思って決意を新たにした。


「あれ? 待てなのじゃ」

 伏見城に、前にも行ったことがある。けど……。

「前の時は歩きと言わず、舟で伏見屋敷まで行った気が……ハッ!?」

 歩きより川舟の方が楽で速い。そして豊歌のこの抱き方。添い寝というより、逃がさない為の拘束だ。

「はっ、謀られたのじゃーっ!?」

「夜中にうるさいですよ。寝て下さい」




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物語の豆知識:

 大阪になったのは江戸時代中期以降と言われているので、安土桃山時代は大坂。

 そしてこの大阪という呼び方自体が大坂本願寺以降らしいので、実は戦国生まれの若い地名(当時)です。

 島津家家臣団、この関ヶ原の撤退戦でとんでもない忠誠心の高さが有名になったんですが。年表や経歴を読むとむしろ粛清・反抗が割と多いので、あれ? って感じがあります。これは武田や徳川でもそうなんですけどね。たぶん江戸時代以降にPRされた都市伝説? なんだろうなと思います。

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