第04話 はるばる来たぜ、大坂!

「うーむ、長旅であったのじゃ」

 やっとたどり着いた大坂湊おおさかみなとの活気のある様子を眺める、勇ましく鎧に身を固めた幼女。薩摩の太守島津“竜伯”義歌よしかが末妹、島津“維新”弘歌ひろかは目前の光景に満足げに頷いた。

 ……のち、不思議そうにつぶやいた。

「だけど、やけに平和過ぎんかの?」


 好き勝手にやってる徳川のタヌキと好き勝手にやりたい官僚派の小童こわっぱどもが、政権の主導権を巡って今にも刀を抜きそうな睨み合いになっている……そう聞いてきたのに。


 幼女に聞かれた初老の男、家老の新納にいろ旅庵りょあんも首を捻った。

「おかしいですね。てっきりもうチャンチャンバラバラ、ぶつかるやいばが火花を散らす面白展開になってると思っていたのですが」


 大坂の街は以前来た時と何も変わらず物凄い人出で、商売にいそしむ庶民が忙しく走り回っている。どこを見ても、目を血走らせて槍を構えた侍なんか見当たらない。

「すでに前哨戦が始まってて、街のあちこちでヒャッハーしてると期待しとったのじゃ……」

「実はこの風景は我らを油断させる罠で、船を下りた途端に伏兵が一斉に……とか」

 ゆっくり縦揺れする船上から、栄える街をしばらく眺めていた弘歌と新納。だけどいくら眺めても、やっぱり平和な街だった。

「……普通過ぎてつまらんのう」

「ワクワクしてた分ガッカリですねえ」

 間に合ったなら間に合ったで、まだ盛り上がっていない様子にどこか不満そうな二人であった。


   ◆


 そんな二人に、船の下から声がかかった。

「主従揃って何バカなことを言っているんですか」

「お、お豊。久しぶりなのじゃ」

 視線を落とせば港の岸壁に、見目麗しい若武者娘が呆れた様子で立っていた。

 凛とした雰囲気の涼やかな美人である。その雰囲気はどことなく、見知ったに似ていた。

「おまえ、なんか最近目つきの悪さが姉ちゃんに似てきたのじゃ」

「そりゃ親子ですからね」

 都に用事があって畿内へ来ていた弘歌のは、相変わらずな様子の弘歌にため息をついた。島津“侍従”豊歌とよか。当主義歌の娘にして……子守り係である。

「お豊が上洛してる京に行ってるのは聞いておったが、なんで港なんかにおるのじゃ? ……はっ!? まさか、姉ちゃんからもう通報が廻って来たのか⁉」

「そう言うってことは、薩摩で何かやらかして逃げて来たんですね……? 大阪屋敷にいたら港に島津の御用船が着いたと連絡があったので、何があったのかと確認に来たんですよ」

「非公式に個人の立場で来たから、こっそり入港したのにのう」

「だったら家紋の付いた帆を替えてから来てください」


   ◆


「なんという……」

 大阪屋敷に落ち着いたところで新納からかいつまんだ話を聞かされた豊歌は、ひたいに手を当て絶句した。

「お豊がワシの慧眼けいがんに感動して、何も言えないのじゃ」

「逆です! なんでそう中途半端に首を突っ込むんですか! 叔母様の危機感は分からないでもないですが……」

「“オバサン”言うな! そう呼ばれるのは年増ババアの姉ちゃんだけで十分なのじゃ!」

「私から見たら、あなたは叔母でしょう」

「響きが良くないのじゃ! ついでに聞こえも! 産まれる前から姪がいる身にもなってみろなのじゃ!」

「それを私に言われましても」

「姉ちゃんが旦那とイイことするのを、十年我慢してくれれば良かったのじゃ……」

「後継ぎ作りが優先課題の国持ち大名に、それを要求しますか」


「いいですか?」

 豊歌は畿内一円の地図を見せながら状況を説明した。

「確かに大坂の街は何ごともないように見えますが、これはほぼ徳川派がいないからです」

「一方の主役が“祭り”に出ないで何をしとるのじゃ」

「祭り言わない」

「ぐぇっ!」

 豊歌に教育的指導で手刀を叩き込まれ、弘歌は痛む頭頂部をさすりながら恨みがましく姪を見上げた。

「もしかして、不利を悟って撤退したのじゃ?」

「不利を悟ってというより、演出でしょうかね」

「えんしゅつ?」

 豊歌が地図のずっと外を指さした。

「関東……というか奥州で上杉が徳川に楯突いて挑発しています。それで徳川はあくまで“政権に対する反逆を咎める”という形で、連合軍を組織して討伐に出発しました」

「わざと畿内を空白にしたとじゃ?」

「見え見えですけど、すきは隙。反徳川派にとっては千載一遇のチャンスです。徳川内府の留守中に決起けっきして都と大坂を押さえ、反逆者は徳川のほうだと宣言するつもりです」

「逆に徳川は……」

「わざとそうなるように運んでますね」

「ふうむ……」

 弘歌は地図を睨みながら考え込んだ。

「誘い受けというヤツなのじゃ」

「どこでそんな言葉覚えたんですか」

「我が島津の専売特許なのに」

「まあ、釣り野伏せの一種と言えなくもないですね」

「姉ちゃん表では傲岸不遜なのに、寝床では子猫ちゃんなのじゃ。旦那に押し倒されるのが好きなのじゃ」

「そっちですか!? 親のそういう話は聞きたくなかった……」

「でも“島津の鬼婆”がニャンニャン言うの、態度違いすぎて実は内心旦那はドン引きなのじゃ」

「父様……!」

 言ってやれ、夫婦なら。

 意味もよく分からずに口走ってそうな幼女に家庭の裏事情を聞かされ、もう泣きたい娘であった。


 豊歌の説明で畿内の状況は分かったが。

 いまいち納得できない弘歌は、横に倒れそうなくらいまで首をひねった。

「内府は老獪ろうかいじゃぞ? 政権を反徳川で固めても、あの腹黒古ダヌキなら何食わぬ顔で大坂城ごと焼き討ちして、しゃあしゃあと『反乱を鎮圧しました』とか言いそうなのじゃ」

「でしょうねえ」

 豊歌がまた地図の一点を指した。大坂ではなく、都の端っこだ。

「一応畿内の足掛かりとして、徳川は前から預かっている伏見城には留守部隊を置いています。この先反徳川派の武将たちが行動を起こすとしたら、おそらく伏見城を潰して畿内から徳川の勢力を一掃し、徳川内府を糾弾する声明を出すのではと」

「なるほどなのじゃ」

「大義名分を振りかざした反徳川派が主導権を維持しきれるか、それとも徳川内府が実力で包囲網を逆に叩き潰すか。それぞれ同調者が多いだけに、どっちが有利か……なんとも言えません」

 今の平穏は嵐の前の静けさ。豊歌の説明も終わり、理解した弘歌と新納は唸った。

「つまり、お祭り会場は伏見だったのじゃ」

「てっきり大坂だと早とちりしてましたね」

「だから“祭り”言わない」


「それで、ここからどうするつもりなんですか?」

「うむ」

 豊歌とよかにこの先の見通しを聞かれ、地図を見ていた弘歌ひろかは顔を上げた。


「決めたのじゃ。わが島津は……」




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物語の豆知識:

 史実では家族構成が全然違うけど話の都合上、大胆に組み替え。年齢性別も別物だからそれぐらい気にしない。

 実際の島津四兄弟は長男義久で次男義弘、三男歳久、四男家久。豊久は四男家久の子。

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