第13話 ザーコ! ザーコ!

「どういうことじゃ!?」

 語気荒く弘歌が詰め寄るが、格下なのに尊大な石田治部の懐刀しまさこんはにべもない。

「島津殿の兵は千二百」

「千三百じゃ!」

「はいはい、千三百。徳川方との戦いは、双方十万近い数での正面からのぶつかり合いになるでしょう。それだけの戦いの中で島津殿が独自に動いても、ほとんど役に立ちませんな」

「我が島津の兵は……」

「一人一人がどれほど強かろうと! これほどの大軍がぶつかり合っての乱戦では、あくまで数がモノをいうのです」

 島左近は語気を強めて口を挟ませないように言い切ると、さらに皮肉気に付け加えた。

「これぐらい、戦場暮らしが長ければ常識ですが?」

 言外に「おまえは素人」と言っている石田の老臣の嘲りに、弘歌は歯ぎしりするが反論はできない。何しろ数えで十歳、実戦経験の数を言われてしまうと……。

 ただ、十歳児でも念を押しておきたいことはある。


「でも、それ石田の計画どおりに事が動けばの話じゃろ?」


 直感だけは秀でている弘歌。

 どうにも机の秀才石田の太鼓判が信用できない。自信があると聞けば聞くほど、信用できない。

「……“殿”くらいは付けていただけませんか」

「うむ。石田殿の見立て通りにあちらが動いてくれれば、じゃろ?」

「その辺りはきちんと、殿石田が色々な想定を織り込み済みです」

「でも、石田だしなー」

 どうしても引っかかる弘歌。

 そして、どうしても戻ってしまう“石田”呼び。

「殿は島津家の家臣ではない! 呼び捨てはご遠慮いただきたい!」

「ワシも石田の家臣ではないのじゃ! 薩摩から駆けつけて、何が悲しゅうて頭でっかちの石田の下に付かねばならんのじゃ!」

「ぐっ……!」

 島の言うことは合理的ではあるが、弘歌の主張もまた正論だ。

 幼いなりに考えて……弘歌はやはり、自分の直感を信じることにした。


「我が島津は好きにやらせてもらうのじゃ!」

「……徳川に勝つために、ここは私情を捨てて団結すべき時なのですぞ!」

「でも、詰めの甘い石田の軍略にお任せでは、命がいくつあっても足りないのじゃ」

「なっ!?」

 はっきり石田の策を信用できないと言い切り、弘歌は鼻の頭に皺をよせた。

「ザコよ」

「せめて左近と呼ばれよ!」

「“戦場はナマモノ”なのじゃ。何が起こるか分からぬのに、計画から外れるなも何もないのじゃ。おぬしはそのくらいも知らんのじゃ?」

「弘姫様、“戦況はイキモノ”です」 

「そうそう、それじゃ」

 

 要請の形を取った島の頭ごなしの命令。何が気に食わないかを考えたら、原因を一つ思いついた。


 これは丁寧な言葉での、子供扱いなのだ。

 大人に成りに来た(語弊)のに、どこまでも子供扱いなのは我慢できない。

 そう気がついたら、弘歌の腹も固まった。


「いくさがどう動くか分からないことなど、当然我らも分かっております。ですからそれを勘案して、その上で我が殿石田が……!」

「だから石田の保証では穴だらけなのじゃ」

 くどくどと説得しようとする島に、弘歌はピシッと言ってやった。

 ……まあ、ちょっと言い過ぎてしまったが。


 当然、その石田の家臣であるところの島は激怒した。

「っ!? 重ね重ねの暴言……! たとえ島津と言えども、それ以上我が殿を愚弄するのは許しませんぞ!」

 幼女の暴言三昧にとうとうキレた島は、もう胸倉掴んで怒鳴りそうなほどに怒気を発し……不意に背中に感じた殺気に慌てて飛びのき、間一髪で白刃を避けた。

「なに!?」

 見れば、いつの間にか背後に回り込んでいた島津の若領主豊歌が鞘に刀を収めるところだった。

「意外と勘が良いですね。なるほど、名が売れているのもダテではないということですか」

「いきなり何をする!?」

「あ゛?」

 島の抗議に、なんか濁音の混じる疑問形の一言で返した豊歌。彼女はいつもの沈着ぶりもどこへやら、ゾッとする目つきで抗議した島をねめつけている。


 怖い。

 かなり怖い。

 歴戦の猛者が漏らしそうなほどに怖い。


「よそ者には分からないでしょうが我が島津の軍法では、叔母様をバカにするヤツは唐竹割りにすると決まっているのです」

「そんな軍法があってたまるか⁉」

「ちなみに悔悛かいしゅんの情を見せて真摯しんしに謝れば、罪一等を減じて鋸引き残酷な死刑に致します」

「もっと酷くなる⁉」


 危険な微笑みを浮かべた若武者娘が、これ見よがしに腰の刀を抜き差しして音を立てた。

「まあ……物を知らぬ他家の者ということもありますので、一度は見逃してあげましょう。でも次に何かやらかしたら……貴公のついでに石田にも、を取ってもらいますからね?」

「ぐっ……!」

 島は言葉に詰まった。

 この娘豊歌の脅迫だけで黙るような島ではないが……周りの島津家臣が、上から下までさりげなく武器に手をかけている。


 徳川との雌雄を決する戦いの前に、味方の中で揉め事を起こしている場合ではない。

「……とにかく! 島津勢は単独で動ける規模ではないゆえ、指示にはキチンと従っていただきたい! では!」

 とにかく用件だけ伝えればいいのだと使者の本分を思い出し、島はそれ以上は深入りせずにそそくさと立ち去った。


   ◆


 のだけど、言われるだけ言われた弘歌の方はそれで収まるはずも無し。

「むぅぅぅ……!」


 頭ごなしの子供扱い。

 格下からの上から目線。


 何もかも気に食わない。

 弘歌は去りかけた島の背中へ向かって、大声で……。

「ザーコ! ザーコ!」

「なっ……!」

 弘歌の罵声に一度は振り返った島だが……忍耐力を発揮して聞こえないふりをし、そのまま帰っていく。

 それがまた悔しくて、弘歌は後ろに控える兵に向けて怒鳴った。

「おい、塩を撒くのじゃ!」


   ◆


 無事に戦いにまにあい感無量の中馬ちゅうまん大蔵おおくらは、敬愛する維新公弘歌のお側を離れないようにずっと後ろをついて歩いていた。

 そうしたら。

「おい、塩を撒くのじゃ!」

 なんと直々のお声掛かりが!


(なんたるほまれたい! このいくさ、幸先よか!)


 ここは一つ、役に立つところを見せねばなるまい。


 殿様は、さっきの無礼な他家の武士に向かって清めの塩を撒けとの仰せだ。

 だが、言われた事だけをやるようではお側に侍る者として気が利かなすぎる。なので中馬は忖度そんたくをした。

(確実にあの野郎に塩をぶつけるたい)

 ちょうど足元に転がっていた石に塩を振りかけ、大きく振りかぶって……。


 ──ギャーッ!?


「うむ。おいどんの肩もなかなかでごわす」




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物語の豆知識:

 関ケ原で待ち受けるというのは早い段階で決めていたみたいなんですが、早い部隊は二週間以上前から関ケ原に待機していたみたいなんですよね。その後の動きものろのろしているし、時系列を見ると西軍の動きが行き当たりばったりに見えて仕方ない……。



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