第10話 王弟、リオディッカ


「そろそろ聖女を呼び出さないと間に合わない」


 三年前にそう口にしたのは兄である国王だった。

「……もうそんな時期ですか? 前の召喚から何年です?」


 王である兄の前で膝を組み肘をつき、相変わらず行儀が悪いと窘められても不貞腐れていたのは、彼が根回ししていた婚約者候補にげんなりしていたからだ。

 相変わらずお節介な兄であると。

 それを気にする風でもなく、それでいて何かを諦めたように話し出したのが聖女の事だった。


「八十年だ。前聖女が天寿を全うして十年だからな」

「そんなになりますか、まあ保った方でしょうね」

 無関心に告げるリオに兄の鋭い視線が向く。

「次の召喚はお前の役割だ……リオディッカ」


 その言葉を受け、リオは溜息を吐いた。

 兄は結婚して七年。

 聖女を正妃には出来ないし、貴族にしては珍しく愛し合う二人では、例え側妃といえども妃に迎えるのは許容出来ないのだろう。 

 そして兄が勧める婚姻をつい最近断ったばかり。

 ……もしリオが先の令嬢を気に入れば、その役は公爵家に持ち上がっただろうけれど。


「僕は別に構いませんよ。結婚相手なんて、誰でも同じだ」

 重くるしい雰囲気を払うようにリオは軽い口調で口にした。

「……お前のその逞しい精神は、本当に心強く思うよ」

「どうも」

 ホッと、けれどどこか寂しそうに笑う兄を横目に、リオは紅茶に口をつけた。

 


 事はこの国の建国時に遡る。

 かつてこの国は他国より魔力値が低く、痩せた土地であった。

 初代王族はそれを改善すべく、異世界への門を開いた。そうして異世界では使われていない魔力を吸い上げ、国の魔力値の底上げに成功させたのだ。

 

 受け皿とすべく、複雑な紋章で綴られた聖樹を据え。異世界からの聖女を媒介とする事で得た、永続的な繋がり。


 初代国王は魔導の天才だった。

 それ故、その複雑な紋章術は儀式に必要なもの以外、解明されていない部分が多いけれど。

 かの王は剣で土地を切り開き、魔導を以って開拓していった。剣と魔導、この国では王族を彷彿とさせるどちらも重んじ、その発展に力を入れている。

 

 そんな彼の作った紋章では、異世界からの一方的な魔力搾取ではなく、召喚した聖女の住まう世界の災害を一部引き受ける事。そんな誓約を結んでいるそうだ。

 神殿が遠方に配置されているのもこの為。

 災害に民を巻き込ませない為である。

 これで世界の法則だか理とやらを破らず、滞りない循環を維持させている──らしい。


 災害。そんな負荷を負ってでも魔力の安定は国としての必須事項であり、魔力の補充というこの享受を途切れさせる訳にはいかない。


 そして異世界から喚びつけた聖女には可能な限り健やかに、長寿でいてもらわねばならない。

 やはり聖女の死後は聖樹の魔力供給力が衰えてしまうからだ。

 だからこその王族との縁付き。

 聖女としての役割を全うする事。それを彼女たちの本意として貰えば、働きも良くなるだろうという発想からの方針である。


 ──ただ異世界から連れてきた少女を王族に入れたところで、働きは悪い。礼儀も作法もなっていないし、価値観も全く違うからだ。


 そんな彼女たちの説得に、「聖女」という肩書きは大変便利だった。

 

 神殿に入り、神の巫女としての役割と、王族としての役割の両方を担って欲しい。

 これは宿命である。

 代々の王族はそんな言葉で彼女たちの心を擽ってきた。


 隔離という制限は付くが、何不自由ない生活を保障し、元の世界に戻り、即死の運命よりはマシだと思わせて。


(仕方がない事だ。今やこの国に住む民の数を思えば、たった一人の不自由など、比較のしようもない)

 王族として育てられたリオには迷う必要もない事だった。

  

 そんな事情のある中、五百年の間に五人、これから六人目を迎えるという話である。

 国の魔導機関からの報告で魔力値の低下が上がり、いよいよ聖女を呼び出す時期だと国王が決断した。


 国の為に犠牲になる少女。

 そんな印象が強い聖女召喚は、代々の国王に罪の意識を背負わせる為、本音ではあまり歓迎されていない祭事だった。

 ただリオには兄王のような良心の呵責は無かったので、彼の反応に王の気は幾らか晴れたようだ。


 儀式を行うのは、その法則を打ち立てた、初代国王の子孫にしかできない。

 リオはその手順に倣って異世界からの少女の手を引く。そして国の為に生きるよう説き伏せるのだ。


 ◇


 高い天井、暗い室内。

 王城の一角。儀式用の部屋に、多分建国時から描かれた魔法陣は今も褪せる事なくこの空間に息づいているように見える。


 玉座の間程の広さの中、赤く描かれたそれは、確かに不気味さと不安を掻き立てる。

 リオは息を飲み円陣の中央に向かった。


 そして起動した魔導の中、自分を囲むいくつもの映像の中に目を奪われた。

 知らない世界。見たことも、想像した事もない風景。沢山の異世界に目を回しそうになっていると、魔導士たちから急かすように声が掛かる。

 術を起動させ、維持をさせるのに莫大な魔力を使用する為だ。


 リオは異世界から意識を引き離し、たまたま目に留まった少女に手を伸ばした。

 

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