間話 前
「あんたのせいよ!」
柚子が引き取られた叔母夫婦の家には、同じ歳の従姉がいた。
歳が同じだから小学校、中学校と同じで。結局高校も同じだった。都心は選択肢の幅が多いと聞いて、この時ばかりは羨ましいと思ったものだ。
小学校から中学校まで、学校側は柚子の境遇を二人の関係性から少なからず察していたようで。それとなく光る教師の目に守られて、だから最悪では無かった。
それでも所謂異端と言われる柚子は浮いていたけれど、小中と同じ環境だった柚子はそれが普通だと本人も思っていた。
ずっとこうなのだと思っていたのだ。
けれど高校に入ってからは少し違った。
同じ中学校の人も確かにいたけれど圧倒的に少なかったし、どうやら事情がある子も、柚子だけではなかった。
高校に入り三ヵ月。
期末試験の時期でいつもと違う状況という中で。
いつものように従姉が柚子に好き勝手な事を言っていた。思えば周りにいる人たちにも怪訝な顔をしていたかもしれない。それくらいその日の従妹は機嫌が悪く、口が悪かったのだ。
柚子はもう慣れっこだったから聞き流していたのだけれど。
『酷いな……』
突然そう間近で声を掛けられて従姉と二人、思わず顔を上げた。
そこには同じ制服の男子が立っていて。その彼が顰めた顔を従妹に向けてから、表情を和らげて柚子に向き直った。
『大丈夫?』
ぽかんとする柚子と、慰るような眼差しの男子。
それを見て慌てた従姉が必死に何かを言い募り、彼の瞳は益々冷ややかに瞬いていく。
『行こう』
まだ目的地に着かない電車の中で、その人に手を引かれ車両を移動し、そのまま一緒に登校した。
ちらりと見えた制服のカラーが同じだったから同学年。辛うじて分かったのはそれくらいで、柚子は知らない人。
登校中、彼はずっと怒っているようで、結局何も話す事は無かった。
けれどそれから彼は柚子を気にかけてくれるようになった。廊下ですれ違う時、食堂で見かける時。
そうして柚子も初めて知ったのだ。彼は学校で男女共に人気のある、有名人なのだと。
普段は部活に入ってあの時間の電車には乗らないらしく、あの日は本当にたまたま、柚子たちと同じ電車を利用していた。
有名人の関心を引けば、自然と柚子にも注目が集まる。どうして彼とと疑問をぶつけられるようになる。
そうして彼も、どうして彼女はと口にした、従姉と柚子の関係性を、誰かが彼に話したようだ。
「あんたのせいで嫌われちゃったじゃない! ……最低だって言われたのよ! 酷い、どうしてくれるのよ! 馬鹿!!」
取り巻きを伴い詰め寄る従姉に、柚子は何も言えなかった。何を言ったところで聞いて貰えないのは知っていたからだ。
それに何故か今迄と違って柚子に対して肯定的な人がいて、それが今迄の柚子には無かったものだから。
柚子だってその重みを受け止めきれず、どう応じていいのか、心がついていけない状況だった。
あの男子が人気者だという事。
彼の関心を柚子が、自分が不興を買った事が、従姉は許せない。今迄と違う状況への不満をいつものように柚子にぶつけていた。……学校の最寄駅でこんな事をすれば、直ぐに噂は彼の耳にも入るだろうに。
いつでもどこでも従姉は自分が思い立った時に柚子をいじめた。短絡的なのだ。我慢も効かない。
そうして今も何も言えず立ち尽くす柚子に痺れを切らし、思い切り突き飛ばしてきた。
ホームの端では無かった。
それなのに柚子は
あっと声を上げる間もなく。
誰もが口を丸く開けたまま。
柚子の落ちた場所を電車が通り過ぎていくのを、そこにいる誰もがただ見守った。
柚子がぎゅっと目を瞑るその瞬間。
柚子を庇おうと、守ろうとしていた彼が視界に入った。誰かが彼を呼んだのかもしれない。ここは学校の最寄駅だから。だから彼は息を切らしてプラットホームに駆け込んで、それからまるで自分が痛いように、顔をくしゃりと歪めるのが見えた。
だからだろう、あなたのせいでこうなったという思いが、確かに柚子の頭を掠めたけれど。
最後だという思いの方が強かったから。
ごめんねと、ありがとうと思ったのだ。
さようならと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます