『申し訳ないがちょっと新しいルート作るわ。Ⅳ』
★
「あ~、負けた負けた!あと一歩だったのによ。」
長くも短過ぎる激闘は呆気なく幕を下ろした。
許嫁がサブキャラの心臓に剣先を向けたことで勝敗が決まってしまい、サブキャラは観念したように剣を地面に置くと負けを認めながら石畳に寝転んだ。
「何言ってるんだ。此方は何回もヒヤッとさせられたぞ。」
「涼しい顔で何を仰るんですか?生徒会長殿。」
「減らず口を叩ける元気はあるみたいだな。もう一勝負するかい?」
「さすがに体力持ちません。」
心の底から「楽しかった」と互いに伝え合う彼らの表情や声のトーンは親友同士の会話そのものであった。
(イベントスチルがあったら良い雰囲気で話してるんだろうなぁ。)
私は遠くから彼らを眺めながら思った。前世の記憶を辿ると作中での彼らは幼少の頃から主従関係であったが、このように素顔を曝け出して軽口を叩き合う場面はなかった。
ゲーム本編で彼らが接する機会は許嫁のルートのみだ。他のキャラのルートで悪役令嬢の取り巻きが主人公に絡んできた時はサブキャラが仲裁に入るが許嫁は基本的に出てこない。
許嫁のルートで許嫁の好感度が高ければ彼が取り巻きから主人公を守るために出てくるイベントもあったが、それでもこの展開は無かった。
何が起きているのか見当もつかない。
暫く様子を窺っているとサブキャラが何かを思い出したように起き上がった。足早に何処かへ向かい、直ぐ戻ってきた彼の手には風呂敷に包まれた何かが握られている。
「今日は久々に『これ』を持ってきたんだよ。」
サブキャラは許嫁の前で風呂敷を解くと姿を現したのは弁当箱であった。
(ああああああああれは、もしや!許嫁を敬愛するナルシスト系先輩のルートで出てくるサンドイッチでは!?)
隣には悪役令嬢がいらっしゃるのに私は興奮を隠せず見入ってしまった。
この乙女ゲームには朝昼夕の選択肢によって開放されるスチルやイベントがあり、その先輩のルートで先輩と許嫁の好感度を一定基準満たした上で昼の選択肢の【中庭で昼食を食べる】を選ぶと其処で昼食中のサブキャラに出くわすんだよなぁ。
サンドイッチを頬張るサブキャラに話し掛けると「侍女が持たせてくれた」と返すけど許嫁が遅めの昼食を取りに現れてサブキャラのお弁当を見て「このサンドイッチは彼のお手製なんだ」と告げるし、先輩が颯爽と現れて「彼だけが知る秘密を一つ教えて貰ったからって調子に乗るな」と張り合ってくるんだっけ。
それがきっかけで何かと先輩に目を付けられるけど、先輩は幼い頃に許嫁の言葉で心を救われて恩に報いるため陰で鍛練しているという憎めないキャラだ。
(そういえば、まだ先輩に会えてないなぁ。)
許嫁と接する機会がないから会えないのは仕方ないと残念に思いながらサブキャラをじっと見つめる。彼が弁当箱を開けると彩り美しいサンドイッチが綺麗に敷き詰められていた。
(サブキャラのサンドイッチだあああああああ!)
やばい、テンション上がり過ぎて表情筋がおかしくなってる。しっかりしろ、自分。悪役令嬢が心配そうに此方を見ているぞ。
サブキャラが許嫁にサンドイッチを差し出す展開は原作に無かったから嬉しいけど笑顔で「気持ちだけ受け取っておくよ」って返すと思、
「嬉しいな。お前のサンドイッチ、もう食べられないと思っていたんだ。」
寧ろ嬉々としてサンドイッチを取ろうとする許嫁にサブキャラが諫めておしぼりを出してあげる光景に私は奇声をあげそうになったが間一髪で踏み止まった。
「先ほどからどうされましたの?」
「も、申し訳ございません。生まれつきの持病が出ただけです。」
嘘はついてないが苦し紛れにも程があることを私は思い知らされた。
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