『申し訳ないがちょっと新しいルート作るわ。Ⅲ』


「す、凄い。」


 私は目の前の光景に息を呑んだ。


 悪役令嬢と演習場に忍び込むと内部中央に設けられた巨大な競技盤の上で熾烈な剣技が二重の金属音を甲高く響かせて激突していた。

 一人は勿論サブキャラだ。その彼が相手しているのは悪役令嬢の許嫁である攻略対象である。


「随分と腕が鈍っているじゃねぇか?」

「ははっ、お前は相変わらず辛辣だな。」


 悪役令嬢が事前に教えてくれた視力強化と音声傍受魔法で二人の会話や表情が身を隠して遠くから窺っていても手に取るように分かる。

 ただ聞いて見るだけならば簡単な術式で出来てしまうが、本来は学校で習わない魔法である。そういえば攻略対象の一人に悪役令嬢の執事が居て、その正体は周辺諸国で諜報員してるんだった。


「剣よりペンに持ち換えた方が良いのでは?生徒会長殿。」

「言うじゃないか。…後悔するなよ?」


 入学式後に新入生のための授業見学があった。生徒会長である許嫁はサブキャラとの模擬戦を見せてくれた。

 授業は文武両道をモットーとしており、戦闘訓練も組み込まれている。どんな内容を学ぶのか物腰柔らかく説明しながら軽い手合わせを披露したが、その時は訓練用の木剣であった。


 今の彼らは真剣で『演習』と呼ぶにはあまりにも本気過ぎる一撃を相手にお見舞いしている。刀身同士をぶつかり合い、一歩踏み込んで一閃をお見舞いしようとして受け止められる。


 こんなにも活き活きしている二人を見るのは初めてだった。


 ゲームの中では常に笑みを絶やさず物腰が柔らかく(ルートによっては終始厳しい表情を浮かべてきつい口調にもなったりするが)王子様的存在の許嫁が年相応な一面を見せることはなかった。

 入学早々異例の早さで生徒会長になり、三年間首席を貫いた許嫁は常に上に立つ者として他の同年代よりも大人として振る舞っていた。


 サブキャラはそんな許嫁の影を踏まないように距離を置いて傍に付き従ってきた。許嫁のために生徒が秩序を乱さないように目を光らせて威厳を保ちながら尽くしてきたが、その表情は何処か寂しさがあった。


 許嫁とサブキャラは顔を合わせれば直ぐ憎まれ口を叩き合って周囲をひやひやさせてきた。一触即発に見えるだろうが、それが彼らにとって唯一出来るコミュニケーションであると知るのは許嫁のトゥルーエンドを迎えられるかどうかの分岐点になる選択肢だ。


 たとえ何度もデッドエンドやバッドエンドを迎えることになっても、選ばなければ最後まで分からなかった設定が沢山あったので無茶振りして自分から酷い目に遭いに行ってたなぁと前世の記憶に思いを馳せる。


 否、今はそちらに気を向けている場合じゃない。


 私は隣にいる悪役令嬢を横目で見る。彼女は終始無言で、代わりに鉛筆の音だけが聞こえていた。気付かれないように視線を向ければ其処には次から次へと彼らの動きを素早く描いていく悪役令嬢の姿があった。


(ええっ!?初めて見る光景だぞ!?)


 本編で絵に興味がある素振りを見せたが絵を描く姿は全く無かった。意外な特技に私は度肝を抜かれた。

 設定では趣味が乗馬で特技はバイオリンの彼女が「一秒も無駄にしてなるものですか」と言わんばかりの迫力で彼らの素早い動きを追い掛けながら描き続けている。


 彼女の足元には許嫁とサブキャラの動きを描いた紙が散乱して積り重なっている。その中の一枚を見て私は崩れ掛けた。


(神絵師が!神絵師がいる!)


 彼らの一瞬を切り取ったラフ画は躍動感があり、描かれた二人の表情が読み取れる。この瞬間を楽しんでいる様子が伝わってくるのだ。


 思わず涙が溢れそうになったが悪役令嬢を邪魔してしまう恐れがあるので必死に耐えながら双方の成り行きを交互に見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る