『申し訳ないがちょっと新しいルート作るわ。Ⅱ』
(こんな夜遅くに訓練?)
サブキャラが向かった先は宿舎を囲む森から抜けた先にある演習場であった。疑問を抱きながら気付かれないように、そして見失わないように後を追おうとした時である。
何者かが私を引き止めるように腕を強く掴んできた。驚いた私は叫びそうになったが、それを想定していたのか相手は私の口を手で塞ぐとそのまま木の陰へ強引に誘導した。
「こんな夜更けにお散歩とか随分豪胆な新入生ですこと。」
「!?」
まだ近くにいるサブキャラに覚られないように声量を抑えて静かに語る彼女に私は驚愕する。あの悪役令嬢が私の目の前に居るのだ。
「こ、こんばんは。」
「あら、現状を理解した上での挨拶かしら?今年の新入生は大物がいらっしゃるのね。」
目が笑っていない。やばい、このままでは乙女ゲーのように悪役令嬢と対立する羽目になる。私がここで選択肢を間違えれば主人公は退学処分だ。それだけは何がなんでも避けたい。
「え、えっと、私、宿舎の窓から外を歩く人を見掛けたので気になって後を、」
追っていたのです、と言い切る前に悪役令嬢の表情が一瞬強張った。
「貴女、彼を見たのね?」
「も、申し訳ありません!普段は校則を重んじる御方ですので何かあったのかと思いまして!…貴女様も彼の身を案じて此処へ?」
私が白状した直後に問い返すと悪役令嬢は目を丸くする。
驚くのも無理はない。生まれてからずっと畏怖され、同年代は彼女と友情を育むためではなく家柄の恩恵を求めて近付いてきた。
外面ばかりで内面を見せない人間達が常に居るような環境で育った彼女だ。取り巻きは居ても対等の関係を築けた友人はおらず、許嫁の攻略対象とは家同士の取り決めだから本心を明かせない。
別のルートでは誰かを思いやる心を示すことで彼女が心を開く場面があった。サブキャラとぶつかり合う攻略対象が悪役令嬢の許嫁だ。きっと誠心誠意を込めて想いを伝えればきっと、
「やはりそうでしたか。」
「?」
「入学式で貴女とすれ違った際、他者には無い何かを感じました。」
まさか的中するとは、と悪役令嬢は納得したように表情を少しだけ和らげた。
この表情に見覚えがある。
悪役令嬢の許嫁のトゥルーエンド終盤では彼への愛を賭けた決闘をする。決着後、彼女は主人公や許嫁への愛憎入り雑じりながらも憎みきれなかったことを告げて絶命する。
まさしくそれに似ていたが悪役令嬢が直ぐに心を許してくれたわけではない。いつもの彼女に戻ると冷ややかな瞳を向けて尋ねてきた。
「それで?」
「え?」
「彼を見た貴女はどうされますの?」
先生方に密告でも?と威圧的に問い掛ける悪役令嬢に私は怯みそうになる。
だが引き下がるわけにはいかない。このままではバッドエンドだ。
落ち着け、私。ゲームでは何度も悪役令嬢のみならず攻略対象から酷い目に遭って理不尽な最期を迎えてきたじゃないか。…本当に理不尽過ぎだろ、あの乙女ゲー。
「私、今夜の件は誰にも言いません。誓います。」
「貴女は口外せずとも私が規則を破った貴女の件を告げない保証はありませんわよ?」
そうきたか!?そうくるよね!!
「ば、罰を受けるのは嫌です。」
「でしたら速やかに」
「でもあの御方の身に何かあったら大変です。もし危ない目に遭ってたら、私は今夜の出来事を死ぬまで後悔すると思います。」
しん、と静寂が私達を包み込む。
悪役令嬢は戸惑いながら長考すると、やがて深い溜息を吐いて私を見据えた。
「…良いでしょう。ただし現実が予想内に収まるとは限りません。お覚悟はよろしくて?」
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