3


「花音、起きて! 大変だ!!」


電車の揺れと椅子のやわらかさ、そして薫くんのぬくもりのおかげか、ふんわりとした夢を見ていたのに、それを破ったのはくしくもその要因のひとつだった。

薫くんが唐突に立ち上がったせいで、私は電車の椅子に思いきり頭をぶつける羽目になった。

椅子がやわらかくてよかった。地味に痛かったけど!


「もう、痛いよー。着いたの?」


だったらもっと穏便に起こしてほしかった。

おもむろに目を開くと、珍しく途方に暮れたように肩をおとす薫くんと、向かいの窓の外が見えた。

窓の外に広がる景色はいつもよりも心なしか暗い。暗いというよりは、何も見えないと言ったほうが正しいかもしれない。

私たちの降りる予定の駅は、こんなんだったっけ……? 


「いいから。とりあえず、早く降りて!」


いまいち状況を掴めないまま薫くんに急かされながら電車から降りると、すぐに後ろでドアが閉まり、電車は行ってしまった。確かに、急いで正解だったのかもしれない。


いや、正解なんてとっくの昔に過ぎ去っていた。

結果から言うと、私たちは終電で乗り過ごすという馬鹿をしでかしてしまったわけだ。


降りた駅は終点のひとつ前にあたる、来たこともない田舎の無人駅だった。

かろうじて屋根はあるけど快適とは程遠い。

それに加えて、不幸にもまた雨が降り始めた。今はまだ弱い雨だからいいとしても、強くなってくると間違いなくぬれてしまうだろう。……季節が夏でよかった。少なくとも凍えて死ぬということはないから。


あたりを見回してみる。ホームには私たちしかおらず、そこに佇む電灯すら消えかかってちかちかしていた。

あとは古びたベンチがあるくらい。

わらにもすがる思いで、ところどころ印字が薄くなっている時刻表を見る。でも、私たちの乗っていた電車が終電なのだから、当然次に来るのは始発しかないよね。


人の気配なんて全然しなくて、田舎らしく名前も知らない虫の鳴く声しか聞こえない。どうすることもできなくて、絶望的な気持ちを抱えたまま私たちはホームの隅にぽつんと置かれていた古いベンチに並んで腰かけた。


知らない土地。

すでに日付を越えてしまった遅い時間。

私服とはいえ高校生である私たちは、大人に見つかったら補導とかされてしまうのかな。そもそも明日は学校なのに、遅刻してしまうのはもう確定……。そうだ、親! 遅くなるとは言ったけど、まさか一晩中帰ってこないとは思っていないだろう。何も気にせずに眠っていてくれるとありがたいんだけど。


ぐるぐると頭の中をめぐるのは妙に現実的で嫌なことばかりだった。

ネガティブな思考を断ち切ろうと、静かなままの薫くんとの会話の糸口を探してみた。薫くん、花柄の傘、雨……。

案外すぐに見つかった。


「ねえ、さっきの小さいときの話さ、やっぱりうそじゃないよ。私覚えてるもん」


「またその話? もういいじゃん」


一刀両断にされただけだった。

本当だってば。だって、夢で見たんだもん、なんて。言ったらまた馬鹿にされそうだったから言うのをやめた。

それに、薫くんの横顔を見ていると口ではああ言っているけど、実は覚えているんだろうなってなんとなく感じられたから。

多分、だけど。


「……なんか、ごめん。俺が起こしてやるって言ってたのに。こんなことになって」


いつになくしゅんとした薫くんの声が妙に大きくホームに響いた。薫くんはばつが悪そうにうつむいていた。珍しい。本気でへこんでいるようだ。


「私も寝ちゃったのが悪かったから。朝になれば帰れるし、大丈夫だよ」


「ん……。あ、お前心配してそうだから一応。ここ、無人駅だし多分夜中に人……警察とか、来ることはないよ」


「え。よくわかったね。私が補導されたらどうしようって考えてたこと」


「ばーか。何年一緒にいんだよ。お前がたかが校則違反すら深刻に考えるくらい真面目ちゃんだってことくらい、知ってるよ」


「べ、別にそんなことないし!」


なんだ、自分のせいで乗り過ごしたって気にしてるのかと思って優しくしてみたのに、別にいつもと変わらない。でも、薫くんが変に気にしてるわけじゃなくてよかった。


「なんだよ、急に黙って。……まあ、屋根とベンチだけでもあったのがせめてもの救いだよな」


「雨降り始めちゃったもんね。本当に屋根、感謝だね」


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