歪曲 残り0日

彼らの会話に聞き耳を立て続け

得た情報によると、作戦内容は、

毎年一緒に花火を見ていたという

菫ちゃんの友達の二人が手を振って朔真達を誘い、

路地裏に隠れていた大地達が襲う、

という非常に単純で暴力的なものだった。

男三人で朔真に暴行を加え、動けなくし、

菫ちゃんに関しては口を塞ぎ、

そのまま路地裏へ連れ込む。

後は、朔真も同じように路地裏に連れ込み、

彼の目の前で菫ちゃんを犯す。

彼らはやはり中々良い趣味をしているらしく、

どうやら、菫ちゃんが自分達に

犯されているところを朔真に見せたいようだった。

そして、彼らが菫ちゃん達を連れ込んでくる

であろうこの路地裏の屋根の上に、私はいた。

菫ちゃん達を連れ込み、大地がズボンの

チャックを下ろした瞬間に、

包丁片手に私が屋根の上から落下し切り掛かる。

頭の中では、そういうシナリオを思い描いていた。

が、いざその瞬間が訪れると、

そう上手くことが進むのか不安にもなってくる。

鈍い音が鳴って、朔真の後頭部に

大地の振りぬいた金属バットが

直撃したのが見えた。

「よし」

右手の包丁を握り直し、左手に持っていた

エアガンのトリガーに人差し指をかける。

衝撃のあまり意識が飛んでしまったのか、

朔真の体は全身から力が抜けたように傾き、

勢いよく地面に衝突した。

次の瞬間、皮肉のように花火が咲いた。

花火の炸裂音と同時に、

隣で倒れている朔真の姿を見た

菫ちゃんが恐怖のあまり腰を抜かす。

公園の方を確認すると、レズの女も

恍惚とした面持ちで現場に走ってきていた。

「綺麗」

ここからは、夜空に咲いている花火がよく見える。

炸裂音と共に沢山の光の花が咲いて、

手際良く菫ちゃん達を抱えて運ぶ

彼らを照らしていた。

「情けねえなあ、こいつ」

大地の楽しそうな声を合図に

汚い笑い声が一斉に上がる。

朔真は大地に右足首を持たれ、引き摺られ運ばれ、

菫ちゃんはそれ以外の三人に

大事そうにに担がれていた。

彼女は現実を受け入れきれていないのか、

不思議そうな顔をしたまま固まっている。

そして遂に、私の真下に彼らはやってきた。

意識を失っている朔真は大地によって

乱暴に地面に座らせられ、

菫ちゃんはその目の前に移動させられる。

二人がかりの見覚えのあるやり方で

菫ちゃんは両足を固定され、

股を開かせられていくのを私はじっと見ていた。

「あ、あ」

言葉にすらなっていない消えてしまいそうな声を

上げて、菫ちゃんは無茶苦茶に

暴れ抵抗を試みている。

非情なことに、ああなってしまうと

もう逃れられないことを私は知っていた。

彼女の恐怖に歪んだ表情を静観していると、

体の奥が奇妙にざわついた後に熱くなって、

少し、大地の趣味が理解出来たような気がした。

そのうち、菫ちゃんの抵抗は止んで、

代わりに許しを乞う声が聞こえてきた。

「ごめんなさい、ごめん、なさい」

泣いているらしく、嗚咽する音もした。

それを聞いた彼らの嬉しそうで汚い笑い声に

混じって、確かに私は何かを開けるような、

軽い金属音を聞いた。

それを合図に足に力を入れて、

心の準備を済ませる。

その時、一際大きな花火が咲いた。

炸裂音が夜の街に響く。

光が走って、彼らの姿が明瞭に暴かれる。

「3」

私は小声で呟く。

右手から伸びる銀色の刃先には

僅かに赤い血痕が残っていて、残酷で美しい。

「2」

屋根に預けていた背中を浮かせる。

やはり金属音は聞き違いでは無かったようで、

大地のズボンからは

雄々しい突起が生えているのが見えた。

「1」

重心を前に放り投げて、包丁を真下に構える。

菫ちゃんは、泣いていた。

泣きながらも、彼女は

大地の性器に目を奪われていて、

私には一瞬だけ、

彼女が彼のそれで犯されることを、

期待しているように見えた。

「0」

炸裂音と共に私は飛んだ。

生温かい風に髪が暴れて、

花火が世界を照らすように私は包丁を振り下ろす。

狙いは大地の太い突起。

ただ、夢中でそれを狙って、

全力で右手を振り抜く。

死は、この世界から救われる唯一の手段だ。

死ねないから、人間は苦しい。

だから、私は彼らを絶対に殺さない。

足が地面に着く感覚よりも先に、

肉を切り裂く手応えを感じた。

空気が止んで地面から衝撃を感じた途端に、

意識が薄れて体が熱くなる。

今なら何でも出来るかもしれない、と、

私の中の怪物が目を覚ます。

体が軽くなって、血が騒めく。

音が消えて、一秒前の記憶が飛ぶ。

その場でエアガンを上空に向け発砲。

地面を蹴って大地の方向へ飛びついて、

そこからの記憶はない。

気付けば、私は暗闇の中にいた。

立っているのか、座っているのか、

自分の体の感覚が無く、分からない。

ただ、目の前で赤い液体が滴り落ちては

煌々と輝く金色の光が私の中で弾けた。

あるかも解らない心臓が震えて、

体の線が赤い液体ではっきりと引かれる。

金色の光が体を満たしていって、

私は、生きているのだ、と実感する。

ここにいると、気持ちがよかった。

何にも縛られず、自由で、

初めて私は、純粋な私だけの私になれた。

「気持ちいい、人切るの、気持ちいい。

泣いてる人間って、とっても可愛い」

どこからか、私の声が聞こえてくる。

その声は、一番私らしい私の声だ。

遂に、光が私の体を満たそうとしたその時、

突然、炸裂音が響いた。

暗闇の中に、七色の光の花が咲いた。

それの正体が花火であることを悟ると、

絡みつくような夏の熱気を覚えた。

足元に何かが触れて、見ると、

青いラムネのガラス瓶が転がっている。

「もう、いいから、やめて、

やめてよ、夕陽ちゃん」

菫ちゃんの怯えるような声が聞こえて、

目の前に、血だらけの大きい物体が現れる。

何者かに左手を触れられる感覚と共に、

目の前の物体が

人間のような形をしているのが分かった。

「夕陽ちゃん」

「え?」

あの頃より少し低くなった声でそう聞こえて、

反射的に声の方を見る。

しかし、暗い路地裏の先には、

寂しげな世界が広がっているだけだった。

「夕陽ちゃん、もう、大丈夫だから、落ち着いて」

菫の声が鮮明に聞こえて、

私はあの暗闇から冷たい世界に

戻ってきてしまったことを悟った。

心臓は熱いのは、一時的に私を支配していた

闘争本能が燃え尽きてしまったことを、

直感的に悟らせた。

止まっていたらしい息を吸うと、

濃厚な血の匂いが嗅覚を刺激し、咽せ返った。

「夕陽ちゃん、ほら、こっち」

左手が引っ張られるのに従って、

後ろに移動していく。

一歩後退する度に、粘性の少ない液体を

踏んでいるような嫌な感触がした。

「朔真君、もう、大丈夫だよ」

左手から彼女の体温が無くなる。

「大丈夫?怪我とか無い?」

「うん。私はなんとも」

「花火は?」

「もう、終わっちゃったよ」

二人の疲れ切った声での会話に、

一切、炸裂音が聞こえてこないことに気付いた。

私は血の匂いの充満した路地裏を見返した。

「すごい」と思わず呟いてしまう。

至る所に血痕があり、血液が散り、溜まり、

固形状のものがいくつも転がっている。

指のようなもの、耳のようなもの、

腕のようなものに、あれは目玉だろうか。

多数の部品の奥には、大きな赤い塊があった。

よく見ると、欠損した人体のようなものが

四人分、重なっているのが分かる。

全員顔がぐちゃぐちゃで

誰が誰なのか判断は出来ないが、

胸と思われる部分が僅かに上下していて、

かろうじて生きてはいるようだった。

が、彼らがこうなってしまったこの先も、

生きていたいと望んでいるのかどうかは

私には読み取れない。

出来れば、死にたがっていてほしかった。

「夕陽ちゃん。助けてくれてありがとう、ね」

声が聞こえて菫ちゃんの方を見ると、

彼女は逞しく、

朔真に肩を貸して歩き出そうとしていた。

私は彼女が誤解をしていることに気付いて、

行ってしまう前に急ぎ引き止めた。

「待って、菫ちゃん。

私は、私のやりたいことをしただけで、

助けるとか、そういう意図は無かった。

それどころか、菫ちゃん達のことは、

酷い目に遭うって知ってたのに

止めることもせず、利用したんだ。

感謝なんてされるべきじゃないよ」

「そっか」

彼女は優しい笑顔で、言ってきた。

「でも、ありがとう。

結果的には大丈夫だったわけだし、

それに、私ね、思うんだ。

最後に私達が助からない計画なら、

夕陽ちゃんは実行しなかったんじゃないかって」

菫ちゃんの短い髪が膨らんだ拍子に、

頬に赤黒く深い切り傷がついているのが見えた。

「ばいばい」

菫ちゃん達は手を振り、路地裏から姿を消した。

独り残された私は、

倒れ込むようにその場に膝をついてしまう。

菫ちゃんの頬の傷は、

私がつけたもので間違いない。

恐らく、闘争本能に任せて

見境無しに切り掛かったのだろう。

そう思うと、この世界に戻ってきてしまったことに強い後悔が押し寄せてきた。

「本能だけで生きることが出来たら、

きっと幸せだろうなあ。

ただ、気持ち良くなって、

死ぬだけなら、羨ましいな。

冷たい世界なんて知りもしないで、

死にたいなんて考えもしなくて、

狂ってる同族と生きなきゃいけない訳でもなくて、

後悔も期待もしない。過去も未来も関係ない。

真っ直ぐで、歪んでいない。

どうして私は、

人間なんかに生まれちゃったんだろうな」

上を見上げると、細い路地裏の間から

星が綺麗に光っている夜空が

広がっているのが見えた。

夜空に向かって腕を伸ばし、

手を広げ、口を開いた。

「ねえ、神様。楽しい?」

その声に反応するように、

空の暗闇の中を流れ星が光った。

「最低」

見たこともなく、存在するのかも定かではない、

この世界を造った神様にそう言い捨てて、

私は立ち上がった。

「まあ、帰りますか。

私にはまだ、やりたいことが残ってる」

路地裏から出ると、冷たい世界が目の前にあった。

溜息をつきながら、

隠してあったリュックサックに

包丁とエアガンを隠して、タオルで血を拭う。

カラースプレーを取り出し、

最後に、路地裏に落書きをした。

Only God is a villain。

神のみが悪役である。

私は自由になって初めて、

人間には善も悪もないことを知った。

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