歪曲 残り0日
屋台で買ってきたラムネのガラス瓶を傾け、
弾ける液体を口に含む。すっかり温くなって
爽快感は無かったが、飲んでいる感じは
刺激的で悪くはなかった。
家の屋根は意外と凹凸があって、
お尻をつけて座ると痛い。
ブランコしかない寂しげな公園で立っている、
菫ちゃんの友達だとかいう二人の姿を確認し、
私は姿勢を変えながら屋根の上で待機し続ける。
私は今日一日、朝早くから大地の家を監視し、
彼の後をついて回るストーカーと化していた。
持っている情報が
次の標的が菫ちゃんであることだけだったため、
運良く、その現場に居合わせることや、
新しい情報を得ることを期待してのことだ。
カメラで犯行現場を撮影して、
痛みと傷、罰を与える。
彼らを後悔させることも、
自由になった私のやりたいことの一つだった。
星が光っている夜空を見上げると、
心身共に抱えていた疲労が溶け出してくる。
早朝、健康的な匂いに包まれながら、
私は大地の家の玄関が見える
極力目立たない位置で、じっと待機していた。
見た目を変えたおかげで、
もし付き纏っていることを悟られても
私だとはバレない自信はあった。
待っていると、案外すぐに変化は起きた。
突然、扉が開いたのだ。
出てきたのは楽そうな格好をした大地で、
私はひっそりと後をつけた。
彼はだるそうにコンビニに行き、
サンドイッチとがっつりとした弁当を
購入しすぐに家に帰って、
それからしばらく、扉は開かなかった。
次に変化が起きたのは、
空の色はオレンジ色に染まり、
日が落ちかけ始めた頃のことだった。
男ニ人、女一人の三人組が、彼の家を訪れた。
彼らが、カラオケボックスで私を犯した人間たち
であることに、私はすぐに気がつき、
同時に緊張感と高揚感が湧き上がってきた。
彼らが私を興奮して貪っている光景が
フラッシュバックし、
吐き気が襲うがそれも心地いい。
程なくして大地が家から現れ、
彼らは歩き出していった。
そして、彼らが向かったのがこの公園だった。
公園には既にブランコに座っていた中学生くらいの女の子がいたが、彼らとは知り合いらしく、
大地と握手すら交わしていた。
私は近くの路地裏に身を隠し、
そっと聞き耳を立てる。
しばらく話した後、
大地と男二人は公園から去っていった。
見ると、レズの女と
初めからいた二人は公園に残り、
仲良くブランコを漕いでいる。
少し考えた後、
自分を落ち着かせるために溜息を吐いて、
私は、私の取るべき行動を選択した。
そうして、私は今、路地裏に設置されていた
汚いゴミ箱を伝って、屋根の上にいる。
温くなったラムネは、今朝、コンビニに行った
ついでに買っておいたものだ。
ガラス瓶を手に取った時には、
まさか夏祭りに行けなくなってしまうとは
思っていなかったが、
せめて気分だけでも
味わえてよかったと思うべきなのかもしれない。
よく考えてみれば、
女の子にとっての処女みたいな、
大切なものを奪うのが趣味の大地にとって
年に一度しかない夏祭りなんて
絶好のイベントだろう。
私から見ても、菫ちゃんと
朔真君は付き合ったばかりではあったが、
すごく仲が良さそうで、お似合いだった。
そんな彼らの間にある見えない何かと思い出を、
大地は奪って壊して、愉しみたいのだ。
想像すると、背中に寒気が走った。
だが、私の中には菫ちゃん達を
可哀想だと同情する気持ちが半分、
そして、大地についてもまた、
哀れだと思う気持ちが半分あった。
私が性交を断り続けたせいで、
彼はかつて、咲凛花を犯した。
その、たった一度の体験が、
大地を歪めてしまったのだと思う。
振り返ってみれば、
私達は、よく似た歪み方をしている。
私も以前、
お父さんを殺した時には酷く緊張したのに、
二度目の今は平然としていられている。
禁忌は案外見掛け倒しらしい。
一度犯した禁忌を再び犯すのは、
この世界に従うことよりも簡単だった。
私達は同じ、他人の大切なものを
奪うことに何の躊躇いも覚えない、
この世界で言う狂人で、私にしてみれば常人。
本当に狂っているのは、
この世界から教えられた常識を疑うこともなく
受け入れて、その通りに
苦しんで生きる大多数の人間達だと、私は思う。
屋台群から溢れて出る光を眺めながら、
静かな夜の暗闇の中でラムネ瓶を傾けた。
が、既に飲み切ってしまっていたようで
数滴しか口内に液体が入ってこない。
無性に喉が渇いて、堪らなかった。
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