歪曲 残り0日

初めは同じだったのに、

いつの間にか二人は変わってしまった。

愛だとか恋だとか、

彼らの言っていることが理解できない。

私からしてみれば、彼らは段々と

学校のクラスメイト達のような人間に

変貌を遂げているように見えていて、

面白くもあったが、気持ちの悪さもあった。

この世界の人間は、何故か、

目に見えないものを大切にしたがる。

クラスメイト達や彼らもそうだが、

友情や、愛情といったものに異様に執着する。

そんなもの、存在する訳が無いというのに。

私にはそれが不可解で仕方なかった。

恐らく、利害関係が一致した

人間同士が見ている幻覚によるものなのだろうが、

それにしては、数が多すぎる。

世界規模の集団幻覚。

私には、そうとしか見えな彼。

だが、彼らの立場になってみれば、

私こそが幻覚を見ている狂人ということに

なるのかもしれなってしまうのかもしれない。

「ねえ、花水木さん」

名前を呼びながら隣を見上げると、

背の高い年上の彼と目が合った。

「どうしたの?」

「ほら、空、見てください。

あなたの目にも、この夜空は綺麗に見えますか?」

「ああ、綺麗だと、思うけど」

花水木さんは私から、目を離さずに笑う。

私は唐突に、突き放すように言った。

「嘘だ」

「え」

彼は困り顔で首を捻る。

自分の胸を手で隠し、

わざとらしく恥じらうような仕草を見せてやった。

「花水木さんは変態だから。

さっきから、私の胸しか見てない」

「そんなことは、ないから」

「昨日だって、凄かったじゃないですか。

私の胸、大好きでしょ」

花水木さんは恥ずかしそうに俯いて頭を掻いた。

「四葉ちゃんはさ、もうちょっと

清楚な物言いをした方がいいんじゃない」

「女子中学生の体をお金で買うような、

どうしようもない変態の、

性犯罪者のお兄さんにですか?」

「そう、そのお兄さんに。

大人の男の人は、怖いんだから」

花水木さんは言いながら、

私の左手に右手を絡ませてきた。

彼は、分かりやすく女慣れをしていない。

緊張しているのか、手汗が酷く、

左手が湿ったような感触に包まれた。

「花水木さん、昨日、

私とするまで童貞だったくせに」

絡み合う指同士を擦り合わせてからかってやると、

彼は顔を真っ赤にしてしまった。

それからしばらく歩き、

私達は古いアパートに辿り着いた。

数日前まで、彼はここで彼の兄弟の、教員だった

花水木先生と一緒に暮らしていたらしい。

育ってきた環境が同じだったからなのか、

それとも血の影響か、

はたまた人間の雄はみんなそうなのか、

リスクを負ってまで

兄弟仲良く女子中学生の私に手を出してくれた。

あの日、トイレの個室の中で

花水木先生と交わった後、

私は個人的に彼の家の電話番号を聞き出していた。

花水木先生が捕まった後、公衆電話で

その電話番号を使って彼の家に電話をかけた。

私は、私と交わってくれる雄を探していた。

彼の父親でも、祖父でも、兄弟でも従兄弟でも、

性行為をしてくれるなら誰でも良くて、

彼の家に電話をしたのはただ、

私のような中学生に

手を出してくれた性犯罪者を一人生み出した

実績を評価してのことだった。

そうして電話に出た花水木さんは

私との取引に応じて、

昨日、私達は外で初めて会い、

我慢出来ずにその場で交わった。

性的な快楽は忘れ難く、中毒性があった。

「そういえば今日、お祭りやってたんだっけ」

彼が呟くのを聞いて、

私は彼らのことを思い出した。

幻に支配された彼らは、

今頃どんな夢をみているのだろうか。

カシャ、と

軽いシャッターを切るような音が聞こえて見ると、

花水木さんは薄い板のようなものを両手で持って、

遠くに見える屋台らしきものに向けていた。

彼の人差し指が板に触れると、

再びシャッター音が聞こえてきた。

「それ、何ですか?板みたいな、変な機械。

カメラ?」

「ああ、これはスマートフォンっていうんだ」

彼は板のような、スマートフォンとやらを

私の方へ向け、画面に触れた。

カシャ、というシャッター音の後、

彼は私に光っている画面を見せてきた。

「誰ですか、この美少女」

「さあ」

画面の中には、暗闇の中、

間抜けな表情で佇んでいる私の姿があった。

「写真以外にも出来ることは沢山あるんだ。

何せ、僕はこの機械を、嫌っていうほど

宣伝し続ける仕事をしてるからね。

こいつのことは、何でも知ってる」

「ふうん」

少し誇らしげに語る彼を見つめながら、

私には一つ、

人間についての疑問が思い浮かんでいた。

機械は、効率的だ。

この先の未来、花水木さんの売っている

スマートフォンのような革新的な機械が

次々に登場していくとしたら、

いつの日か

機械はあらゆる面で、完全に人間を超えるだろう。

それはつまり、

人間の上に、機械が存在するということだ。

すると、人間がこの世界に存在すること自体が

非生産的な事柄になるということで、

その存在価値を失うということに他ならない。

では、どうして人間は、

機械になろうとはしないのだろうか。

人間と機械の差なんて

感情の有無くらいなものだと思うが、

その感情が無いから、

機械というのは人間の上に立つことになるのだ。

隣を見ると、異性の私にでは無く、

スマートフォンという名前らしい機械を

愛おしそうに見つめる花水木さんの姿があった。

改めて、人間というのは不思議で、

理解することの難しい動物だと思った。

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