粛清 残り1日

今朝、起きてすぐシャワーを浴びた。

いつもならそんな事はしないし、

浮かれていると息吹と四葉に笑われてしまったが、

仕方のない事だと割り切った。

いつからか、菫のことについて、

考えても仕方のないことで胸が高鳴ったり、

急に不安になったり、夢を見てみたり

することが格段に増えた。

勝手に期待したり、勝手に失望したり。

情緒が狂い初めているのは

自分でも分かっていたが、

僕にはそれを止めることは出来なかった。

菫と過ごした時間が、僕を簡単に酩酊させた。

今日も空は綺麗だった。

まるで僕のために世界があるかのように

錯覚してしまうほど、運命的に見えた。

いつものアパートの階段を降りて、

僕はまず、近所の薬局に向かって歩き出した。

数時間先の未来を想像して緊張しているのか、

足や手が震えて力が入らなかった。

昨日の帰り際、菫と性行為をする約束をした。

片方が求めたというよりは、

自然に、双方が求めるままに

そこに行き着いたのだった。

僕達にとって、性行為はただ、

互いを深く理解し合うために

辿り着いた地点でしかなかった。

性欲が歪んで絡んで、

動物の本能とはかけ離れたものを

僕達は求めている。

果たして、求め合った先に何があるのかは、

僕には分からない。

だが、想像してみると、愛に見せかけた

何かを掴んでしまいそうな予感はした。

それでも、僕が彼女を求めることを

止められないのはきっと僕達が人間だからだ。

薬局に辿り着き、コンドームを購入して外へ出た。

避妊という選択をしたのは、この世界で、

これから先も菫と一緒にいたいからだった。

自らの欲に従い避妊具を使用しないことは、

世界に叛逆することと同じだ。

僕達の未来の為に、

世界には従わなけらばいけない。

店内では、

パッケージだけではどれが避妊具なのか分からず、

店員に聞いて案内してもらった。

自分の男性器のサイズなんて考えた事も無く、

片手に提げているレジ袋には

サイズ別の同じコンドームの箱が入っている。

菫の家に向かって歩き出したと同時に、

胸の中に不安と期待が入り混じったような

複雑な感情が渦巻き始めた。

乱れる菫の姿や、柔らかい体、

少し硬い髪質で華やかな匂いのする髪と熱い吐息、

最中に覚えるであろう快楽を思うと、

自分が菫にとって特別な存在になれるようで、

より深く繋がって、離れなくなるようで、

胸が高鳴って止まらなくなった。

菫の家へはすぐに到着した。

玄関へ立ち、インターフォンを押す前に

昂ってしまう体を落ち着かせようと一度、

深呼吸をする。

目一杯肺に空気を送り込み、

古い空気を全て外へ排出する。

その途中で、いきなり玄関のドアが開いた。

これまでで一番の強さの、

目眩を誘うほどの甘い匂いが香ってきた。

「おはよう、朔真君。緊張してるんだね」

見ると、菫は白いパーカーに青色のスカートの

清楚さを感じさせる格好をしていて、

それに反するように彼女の匂いと濡れた唇、

こちらを見つめる溶けそうな目と

儚げで誘うような声には

例え難いほどの色気があった。

「お、おはよう」

緊張しているせいなのか

辿々しい口調で返してしまったが、

菫は返ってそんな僕を見て嬉しそうに笑った。

「とりあえず、入ってよ。

お父さんもお母さんも

帰ってくるのは夜遅くだから、

時間、いっぱいあるよ」


 「私、本当はもっと、

可愛い感じの服が着たくて」

隣の席に座っている息吹に言うと、

彼は私の全身を頭から足先まで

確認した後に言った。

「いいんじゃないか?

そういうのも似合うと思うぞ」

「じゃあ、息吹が私の服、選んでよ。

あんまり自分にどんな服が似合うのか、

分かんないから」

「いいけど、期待はするなよ。

女物の服なんて選んだことないし」

「あんまり難しく考えなくても大丈夫。

息吹の好みの服がいいから」

そう言うと、彼は数秒、

目を合わせず私の足の辺りを眺めた後、

恥ずかしそうに俯き、言った。

「膝が隠れるくらいの長さのスカートとか、

いいんじゃないの」

「スカート、制服以外で履いたことないかも。

似合うかな?」

「可愛いと思う、けどな」

「なら、スカートは買わないとね」

話していると、いつの間にか

自分の顔が火照っていることに気づき、

私は恥ずかしくなって横を向き外の景色を見た。

私達は待ち合わせをして、

少し前にこのバスに一緒に乗り込んだ。

無機質な建物と人間に囲まれたこの街を、

バスはゆっくりと移動していく。

一人だと退屈だったバスの移動も、

息吹と一緒だと楽しくてドキドキした。

目的地近くの停留所に停まったところで、

私達はバスを降りた。

今日は比較的風が強く、

体中を撫でる風が熱くなった体を癒してくれた。

私達は手を繋ぎ、歩き出した。

途中、手は繋ぎながら

息吹の腕を抱くように左手を回して引き寄せて、

じっと彼の顔を見つめた。

彼は満更でも無さそうな顔をして

「暑いでしょ」と言ってきたが、

引き剥がそうとすることも無く、

私の感触と体温と受け入れてくれていた。

私にとって、私が求めれば息吹の

どこまでもを犯せてしまいそうな甘くて脆い感じが

心地よくて堪らなかった。

怖がりだった私が息吹と一緒にいて楽しいのは、

きっと彼には幻滅されることが無いと

心のどこかで確信しているからだった。

本当の私を見せるほどに、

彼は私に溺れてくれそうだった。

それから私達はショッピングモールに入店した。

一階の奥にある洋服店へ移動し、

手を繋いだまま、二人で女物の服を物色した。

「これとか、可愛いんじゃないか」

そう言って彼が見せてくれたのは、

春をイメージさせるような

桃色の可愛らしいロングスカートだった。

息吹の好みなのだろうが、このスカートを

履いている自分を想像してみるよ

恥ずかしくなってしまった。

「私に、似合うかな?ちょっと私には

可愛すぎるような気がするような」

「俺の好みに合わせてくれるんだろ?

絶対、大丈夫。

もしどうしても不安なら試着室行ってもいいけど」

「じゃあ、行く」

息吹には待っていてもらい、

私は桃色のスカートを持って試着室に入り、

一度、今の自分の姿を確認した。

下から、白いスニーカーに、

黒のジーンズ、灰色のパーカー、そして、

白くて綺麗な肌と鋭い目、短い髪。

容姿には自信があったが、

今ではこの顔が少し嫌いになりそうだった。

こんな男の子みたいな顔立ちの私に、

息吹の好みだとかいう、

可愛らしいスカートなんて似合うのだろうか。

それに、私に桃色は明るすぎるような気もする。

躊躇しながらもジーンズのベルトを緩めていると、

カーテンの向こうから息吹の声が聞こえてきた。

「これも一緒に着てみてくれ」

白い服の掛けられたハンガーが

試着室の中に現れる。

私はそれを受け取って、ジーンズを下ろし、

桃色のスカートに脚を通した。

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