堕天 残り3日
教室から出て、のんびりと歩き出す。
初めは四方八方から話し声が聞こえてくるのに、
図書室に一歩近づく度に
その声が小さくなっていくのは
きっと彼らには本の価値が分からないからだろう。
図書室の扉にかけてある閉館、
と書かれた札をひっくり返し開館、に変えて
スカートのポケットから銀色の鍵を取り出す。
鍵を開け部屋の中に入ると、
どっしりとしていて落ち着く本の匂いが
私を包み込んだ。
本の貸し出しを行うカウンターに回り、
設置されている椅子に座った。
置きっぱなしにしてある文庫本を手に取り、
時刻を確認すると時計の針はもうすぐ
午後一時を指そうとしているところだった。
「はあ」
私は大きく溜息をついた。
それは今日、朔真君は熱を出したらしく
学校に来ていなかったことに対して
生まれてしまった不満からきているものであった。
おそらく、昨日の放課後に雨に打たれ続けたのが
引き金となって彼は体調を崩したのだろうが、
私が大丈夫なのだからそれくらいは耐えてほしい。
「夏祭りまでには、治るよね」
図書室に中に
私しかいないことを確認して、呟いた。
今朝、天気予報を見ると、
今日から週末まで、奇跡でも起こらない限り
雨は降り得ないとお天気お姉さんが言っていた。
つまり、
夏祭りの花火は綺麗に見えるということで、
土曜日は絶好の夏祭りデート日和だということだ。
毎年、夏祭りは決まった
友達数人で行っていたから、私が彼女たちに
「今年は、初めて出来た彼氏と行くから」
と言うと酷く驚いていたのを思い出した。
今頃、彼は寝込んでいるのか、
それともサボっているだけで
本当は何処かへ遊びに行っているのか、
何をしているのか無性に気になった。
「気にしない、気にしない」
自分に言い聞かせ、文庫本の表紙を確認する。
それは、木の上に立ち、傘を手放す男の写真に
青いフィルターが掛かった特徴的なものだった。
この本は主人公が死神の小説で、
一週間の調査の後、
その人間が死ぬかどうか判断する、
というのが大筋のものだ。
この物語に登場する、
会話の受け答えが微妙にずれている死神が
出会ったばかりの朔真君に似ていて、
それに気付いた途端に
脳内に正体不明の違和感が生じた。
「あれ」
無意識に、違和感の元凶を探し始めると同時に
音を立てて図書室の扉が開いた。
入ってきたのは身長差のある二人組。
並んで会話をしながらここまで来たようだった。
見ると、入ってきたのは
女子にしては背が高く、
ショートカットで独特な雰囲気の咲凛花ちゃんと、
珍しい、明るい髪色で背が低く、
外見も中身も派手な四葉ちゃんだった。
内面的にも外見的にも、
客観的に見ると真逆そうな組み合わせに、
物珍しさを覚えた。
二人は一番端の、
目立たないテーブルを選び向かい合って座った。
そして、小さい声で何かを話し合い始めた。
私は少しそれを眺めてから、
手にしていた文庫本を開いた。
骨の一本一本から
寒気が漏れ出しているような感覚と、
脳を鋭い針で刺されているような痛み、
独特の倦怠感が僕を襲っていた。
布団を跳ね除け、
息吹のベットから
這い出て窓の外へ視線を向けると、
作り物のように青い空が広がっているのが見えた。
折角綺麗な天気なのだし、外に出たい。
そう思うと、今朝、
息吹に忠告された言葉を思い出した。
「お前の体に起きているのは、
多分、風邪か病気だ。とにかく今日は寝てろ」
八時頃、息吹と四葉が学校に向かってすぐに
僕はベットに入り、
そのまま溶けるように眠った記憶がある。
時刻を確認しようかと辺りを見渡したが、
この部屋には時計が
無いことを思い出して少し暗い気分になる。
「寒い」
寒気、というのを体験するのは初めてだったが、
予想以上の不快感に驚いていた。
堪らず僕は再びベットに戻り、布団を被り直す。
不快感は拭えないにしても、
残っていた体温が心を癒してくれた。
目を瞑り、鈍い頭で思考を巡らせた。
このまま眠ってしまえば、確かにこの症状からは
一時的に逃げることが出来るし、
治りも早くなるのかもしれないが、
目を覚ました時には
もう日は落ちてしまっているだろう。
果たして貴重な今日を、
このまま終わらせていいものなのか。
人間の寿命は短い。
せいぜい100歳程度が限度だ。
日数に換算すると、たったの36500日だ。
そんな貴重な一日を、
簡単に捨ててしまって良いものなのか。
こんな綺麗な青空に恵まれることも、
もしかしたらもう無いのかもしれない。
それに、咲凛花が死んでからのことは、
何も伝えられていなかった。
このままこの世界で人間として
生きていくことになるのか、
それとも世界の狭間で、
死神として存在し続けることになるのか。
個人的な希望としては、
僕は人間で居続けたいと思うようになっていた。
理由は、人間という生物に対する興味と、
菫の存在によるものだった。
どちらにしても、今日は貴重だ。
特に僕の場合は、
残り三日で人間を辞めてしまう可能性も
あるのだから尚更のことだ。
「よし」
身体中に力を入れ、改めて布団を跳ね除けた。
軽やかにベットから硬いフローリングに
降りようと体の重心を移動させた瞬間に、
視界が真っ暗になって頭に衝撃が走った。
「痛い」
頭を擦り見上げると、
窓の外に広がっている綺麗な空が歪んで見えた。
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