変容 残り4日

私は、少し変態らしい。

朔真君からする、柑橘系っぽいのに、

どこか甘くて重たい香水みたいに繊細な匂いが、

ここ3日、私の汚い部分を刺激し続けていた。

朔真君からも、私から強い甘い匂いがするらしく、

それによって、

私の体に手を出してしまったそうだ。

彼に求められた時の私の体の昂り様は、

今までに感じたことのないほどのものだった。

人間というよりは、動物のように。

一匹の雄と、一匹の雌として、

私達はお互いを求め合っているのだと思う。

もし、私達が匂いにだけ従えば、

行き着く先はきっと最高の快楽と充実感で、

心のどこかではそれを望んでいる自分がいた。

が、どうにかそれを理性で鎮め、

私は常に平静を装い、彼の隣に座っていた。

今朝、朔真君に告白をされた。

私はすぐにそれを了承したが、

そんなことをしなくても、

もっと本能的で、運命的に、

私達が繋がっていることは分かっていた。

大切なことは、私と朔真君が異性として、

互いに求め合っているということであって、

人間らしく、

形式や常識に自らを当てはめることではない。

出会って三日で恋人関係になったことについて

心配されることが少なからずあったが、

私はそれらを全て一蹴していた。

「朔真君」

名前を呼ぶと、彼は私の方へ顔を向けた。

「ちょっと、遠回りしていこうよ。

折角、一緒に帰ってるんだから」

「いいよ。菫の手、離したくないし」

「暑いのに、ね。全然、離したくならない。

もっと近づきたい、くらい」

手は繋いだまま、一歩彼に近付いた。

互いの腕の肌が触れ合い、私も、

朔真君も体温は熱く、薄らと汗をかいていて、

中毒的な幸福感が胸の中に広がっていった。

頭上には、天高くに登っている赤い太陽が、

私達ごと地球を焼いていた。

制服の中に熱が篭り、

汗が溢れて止まらなかった。

朔真君も私と同じように汗だくであったが、

そうなると、いつもよりも彼の匂いが濃く感じて、

意識が引っ張られるように、強烈に惹かれていた。

歩いていると、

朔真君は飲み物の自動販売機の前で止まった。

「菫、何か飲み物でも飲もう。何がいい?」

「私、お金持ってきてない、けど」

「なら、奢るよ」

「一応、校則では

お金持ってきちゃいけないことになってるんだよ」

「じゃあ、菫はその校則を守って

ここで干からびるか、

それとも共犯者になって生き延びるのか、

どっちの方がいい?」

「黙認するよ、朔真君。私達は共犯者。

校則なんて、破ってなんぼだね」

彼は小さく笑い、

自動販売機の中に小銭を入れ始めた。

朔真君が私から目を離す寸前に、

彼の視線が私の濡れた首元に

向いていたのが分かった。

私達は同じ、爽やかそうな、

レモン風味の炭酸飲料を購入し歩き出した。

日頃の運動不足が祟ったのか、

それとも初めての体勢で歩いているからなのか、

それからすぐに私の体力が底をつき、

私と朔真君は近くの公園のベンチで休んでいた。

「世のカップルはすごいね。

みんなこれで歩いてるんだもんね」

「多分、その世のカップルに

比べて菫はくっつきすぎなんじゃない?

だから、変な体勢になる」

「仕方ないよ」

「まあ、仕方ないのか」

隣に座っている朔真君の肩に頭を預け、

彼の左腕に私の両腕を絡めた。

すると、彼は持っていたペットボトルの

キャップを開け、私の口元に寄せてきた。

先程から、彼が飲んでいたものだ。

「一口でいいから、これ飲んでみてくれない?」

「間接キスしてみたいってこと。いいけど」

舌を出し、ペットボトルの口を一周舐めてやると、

彼は目を見開き驚き、

その後赤面し、手でその顔を隠してしまった。

「ほら、私のも、してほしい」

そう言って私の飲んでいたペットボトルを

差し出すと、彼は少量中身の液体を飲んで、

手で口元を隠した。

「変な気持ち」彼は呟いた。

「僕達は人間で、所詮、ただの動物なのに。

僕は、さ」

朔真君は私の頭を撫で、続けた。

「本当は、菫としたいだけだと思うんだ。

僕は、動物で、雄だからさ。

でも、何かおかしい。

僕の欲しいものは菫の体だけじゃなくて、

心、みたいなさ、多分存在すらしないもので、

その何かを、すごく強く、

狂いそうなくらい求めてしまうんだ」

「朔真君」

唐突に、彼の名前を呼んだ。

私には、

彼の求めているものの正体が分かっていた。

絡めていた腕を解き、

彼の膝の上に馬乗りになって、

私はじっと彼の目を見た。

「その気持ち、言葉にして私に言ってみてよ」

顔を隠していた彼の手を退けて、

お互いの息遣いがわかるくらいまで、

顔を近づけた。

「言って」

朔真君は感情を、

胸の、心の中から吐き出すように、言った。

「好き。菫のことが、好き。愛してる。

ぐちゃぐちゃで、苦しくて、

たまらなく寂しくて愛おしいようなこの感情は、

恋、だと思うんだ、きっと」

「人間ってのは、歪んでいるんだよ、朔真君。

心に、私達はずっと振り回され続けるの。

私達が人間じゃない他の動物だったら、

今すぐに一つになれるのにね」

「でも」

彼は私の唇に自分の唇を軽く重ね、

一度だけ私のを吸って、離した。

「歪んでいるから、僕は今、幸せなんだと思う」

「手を繋いだり、キスをして、

ドキドキすることもなく、

ただするだけじゃ、物足りなかったかもね」

小さく頷き、彼は腰に手を回してきた。

そのまま私は引き寄せられて、抱きしめられた。

とっくに私達は、互いの匂いに泥酔していた。

「朔真君が、人間として欲しいもの。

あげようか?」

聞くと、彼は答えた。

「お願い」

唇を彼の耳元に寄せて、囁いた。

「私も、朔真君のことが好きだよ」

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