変容 残り4日

今日の授業が終わり、時刻は四時を過ぎていた。

空にはまだ高くに白い太陽が浮かび、

生温かい風が体中這ってどこかへ消えていった。

肌の上に薄らと汗が浮かぶ中で、

私は校門前で大地を待っていた。

「俺、教室掃除当番だから、

ちょっと待っててくれよ」

大地が私にそう言ったのは、

体感的には十五分くらい前のことだと思う。

校門を出入りする

生徒の人数もかなり少なくなった。

学校の近くにあるコンビニで買った、

爽やかなレモン風味の

甘い炭酸飲料を喉に流し込む。

冷たい液体が私の中で弾け、

体の熱と一緒になって無くなった。

「ふう」

体の中の熱を吐き出すイメージで息を吐き、

制服の袖をぱたぱたとして

服に籠る暑い空気の排出を試みた。

私がこうして、

彼のことを待つのは久しぶりのことだった。

付き合い初めてから中学生になるくらいまでは

それなりに約束をして遊んだりしていたのだが、

ここ一年は

私から距離を置こうとしていたこともあり、

めっきりそんな機会は無くなっていた。

出来る時は一緒に下校をして、

学校にいる時は適度に関わる。

それ意外では特に会うこともなく、

恋人関係はとりあえず続けたまま。

そして、何があっても一線は超えさせない。

これが、彼との安定した関わり方だと

私は思い、そうしてきた。

だから、朝の彼の誘いは意外だった。

その時の彼の表情が

昔の頃の彼ように素直なものに見えて、

つい約束をしてしまったが、

改めて考えてみるとたまたま遊ぶ相手が

いなかったから私を誘っただけかもしれないし、

その場の思い付きだったのかもしれない。

なんにしても、あの頃の彼は戻ってこないし、

彼の犯した罪が消えるわけでもない。

これから彼が来たら、適当に遊んで

また元の関係に戻るだけだ。

一歩一歩の間隔が大きい足音が聞こえ

生徒玄関の方を見ると、

丁度大地がこちらへ歩いてきていた。

「すまん、待ったか?」

私の近くに駆け寄り聞いてくる彼に私は

「全然」と返してやった。

私達は手を繋ぎ、歩き出した。

学校から目的地のカラオケまでは

それほど遠くなく、歩いても行ける距離にあった。

「そうだ、これ飲む?」

そう言って私の飲んでいた

炭酸飲料を揺らして見せると、

彼は「お、いいのか」と手を差し出してきた。

渡してやると、彼は一切恥じらうこともなく

器用に片手でペットボトルの

キャップを開けて中の液体を口に含んだ。

昔の彼なら、

間接キスでさえ、顔を真っ赤にしていたのに。

愛おしい、あの頃の彼は一体いつ、

死んでしまったのだろうか。

「ありがとな」

キャップを閉め、こちらに返してきた。

「うん」

返事をして、

ペットボトルをリュックの中に入れる。

長い時間手を繋いでいると、彼の手の硬い、

ごつごつとした部分の感触が気になった。

あの頃の彼は、

私と変わらないくらい柔らかい手をしていたのに。

それからもう少し歩き、

私達はカラオケに辿り着いた。

店内に入ると心地いい冷気が私を包み、

道中で火照った体を癒してくれた。

手は繋いだままカウンターの前に移動し、

大地が受付を始める。

無愛想な態度で店員は聞いた。

「何名様ですか」

「六人です」

「時間は」

「じゃあ、二時間で」

「かしこまりました」

六人?

聞き間違いか、それとも言い間違いかと思い

彼の方を見た。

そういえば、朝約束をした時、

二人きりで遊ぶとも

言ってなかったような気もするが、

流石に六人は間違いだと確信していた。

「ねえ、六人って言ってない?」

聞くと、彼は平然と「言ったけど?」と返答した。

混乱する脳内を必死に整理していると、

誰かに肩を軽く叩かれ驚いた。

「やっほー、夕陽」

「え、や、やっほー、みんな」

後ろを振り向くと、

そこにはさっきまではいなかったはずの、

制服姿の見知った顔が四つ並んでいた。

男子が二人に女子が二人。

約束が破られたわけでもないのだが、

どこか不思議で、

狐につままれたような、感覚がした。

ついさっき、来たのだろうか。

それとも、これは計画的に行われたことなのか。

だが、二人の女子の存在が

私を安堵させ、そして油断させた。

思考を、辞めてしまった。

「不思議そうな顔してないで。

ほら、いくよ?」

女子の一人が私の背に手を回し、言った。

「そうそう、せっかくみんないるんだし、

楽しまなくちゃ、な」

大地は不気味に笑った。

頭の中に疑問と違和感を残したまま、

女子に背を押され私達は部屋に移動した。

重たいドアを開くと、そこは

いくつものソファや壁掛けのディスプレイ、

大きなテーブルの上には

歌を入れる機械が二個置いてある、

一般的なカラオケボックスだった。

部屋の中に入り並んでいるソファに腰掛けると、

硬い座り心地がして、私を少し安心させた。

私の後に入ってきた女子や男子も、

それぞれソファに腰掛けていった。

女子の一人が小さいデジタルカメラを取り出し、

男子達は着ていた制服のボタンをいくつか外した。

もう一人の女子は、

何故だか私の方を楽しげに見つめていた。

どこか違和感はあったが、

いざこうして部屋に入ってみると

現実感を感じるのか

それもあまり気にならなくなってきた。

最後に部屋に入った大地が、

ゆっくりと部屋のドアを閉めた。

彼はそのままテーブルの上に置いてあった

マイクを二つ手に取り、一つを私に渡してきた。

彼はマイクを自分の口元に近づけ、言い放った。

「夕陽。お前、

生理、ずいぶん前に終わってたらしいな」

その言葉は、

まるで夢でも見せられていたかの様な感覚でいた

私を現実に叩き落とし、体中に鳥肌を立たせた。

「何、言ってるの?」

反射的にそう言った次の瞬間、

足の太ももと脇に触れられる感触がして

正体不明の浮遊感が私を襲った。

「何、何」

咄嗟に横を向くと

私の体へ伸びる太い腕が見えて、

いきなり口内に硬い異物が入り込んできた。

塩を舐めているような味と

共に汗の匂いがして、

両足が左右に引っ張られ

痛いほどに、私の股は開いていった。

何か話そうにも口内にある異物のせいで声も出ず、

股関節の痛みと味覚、嗅覚による錯乱、

そして恐怖が私を満たしていった。

「ごめんな、夕陽」

大地は低い声で笑った。

「金積まれたから、売ったわ。お前の事。

そいつら、お前を一発五万で買ったんだぜ?」

カメラのシャッターを切る音がして、

防音のカラオケボックスの中に

五人分の笑い声が響いた。

体を滅茶苦茶に動かして暴れても、

力では男子に勝てるわけもなく、

微塵にも動かなかった。

左足を持ち上げていた男子が

足を指でなぞり、私のスカートを捲った。

右足の方の男子は中に履いていた短パンを、

ゆっくりと下ろしていった。

大地が制服のズボンのチャックを

下ろす音をマイクが拾った。

「女子がいるからって油断しただろ?

こいつら、一人は変態カメラマンで、

もう一人はレズなんだってよ。

十五万。お前、本当良い女だよな」

一歩一歩の間隔が長い足音がして、

私の広げられた股の、目の前で止まった。

その足音が大地のものであることは、

感覚的に分かった。

少し前まで繋いでいた、

彼の変わってしまった硬い手が

私の足の肌の上を這って、

少しづつ、下着が脱がされていった。

「じゃあ、俺こいつの処女奪って、

一発出したら帰るから。後は適当に犯していいよ」

大地が男子達に言うと、

彼らは嬉しそうに笑った。

「了解、大地君」

女子の一人が昂ったように聞いた。

「私付いてないから分かんないけどさ、大地、

処女ってそんないいもんなの?」

「うーん、あんま気持ちよくはないけどさ。

大切なものを奪ってるって実感が、

何より興奮するって感じ?」

「えー、なんかいいね、それ」

急に、性器の中に指が入れられた。

中で、規則的に早く動いて、

湿ったような音が

カラオケボックスを大きく震わせた。

性器に触れるほどに近づけられたマイクが

音を拾っている様だった。

「じゃあ、入れるから。ちゃんと撮れよ?」

「うん」

カメラを持っていた女子の返事と同時に、

私の中に、何かが、入ってきた。

痛い。

私が叫んでも、

口の中の異物のせいで言葉になっていかなかった。

「うわ、こんなふうに血、出るんだ」

レズだとかいう、女子の声が聞こえた。

彼女はいつも、私の近くにいてくれた友達だった。

大地は、私の中を探るように掻き回していった。

私が叫ぼうとするたびに、それは激しさを増した。

この行為は、かつて私が見た

咲凛花ちゃんが犯されている光景と重なった。

「ちゃんと撮れよ」

彼の声と同時に、熱いものが

私に植え付けられたような、感じがした。

彼が性器を抜いても、その熱は消えなかった。

「あ、そうだ。夕陽」

絶え絶えの息で大地は言った。

「俺、このカメラマンちゃんと

付き合うことにしたから。ちょっとこっち見ろよ」

大地とその女子は、私の前で執拗に舌を絡めた。

「お前と違って、この子はいつでも

どこでもやらせてくれんだよ。じゃあな、夕陽。

お前の、咲凛花のより雑魚だったわ。

まあ、せいぜいそいつらに可愛がってもらえよな」

「私が撮った夕陽ちゃんのえっちな写真。

せめて、高く売ってあげるからね」

間隔の長い足音が遠ざかっていき、

重いドアが開き、閉ざされた。

私の前で、興奮した様子の女子が屈む、

制服の衣擦れの音が聞こえた。

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