追求 残り5日

 「はー、美味しかった」

ラーメン屋から出てきた四葉は満足気だった。

空は黒一色に染まっていて、

昼間とは違う冷たい雰囲気の風が頬を撫でていく。

特盛のラーメンで膨らんだ腹を摩りながら、

彼女は近くのアパートへ歩いていった。

その途中で、顔中皺だらけのおじさん数人と

制服を着ている

女子高生らしき女の子という不思議な組み合わせの

男女が暗い路地裏に入っていくのを見た。

気になってその路地裏に近づいてみると、

女の子がおじさん達に押さえつけられている

のが薄らと分かった。

じっとその光景を見つめていると目が慣れてきて、

その全貌が明らかになった。

性行為だ。

女の子は取り押さえられ、

無理矢理なのかどうなのかは分からないが、

交わっているところがはっきりと見えた。

「なるほど。こういうのもあるのか」

感心して、四葉は立ち去った。

そうして彼女は目的のアパートへ辿り着いた。

階段を登り、目の前のドアの鍵を開けた。

「ただいま!」

四葉が元気な声で挨拶をすると、

活気のない二人の「おかえり」が返ってきた。

二人は揃って本を読んでいた。

「どうしたの。二人とも。元気ないね」

「俺たちは慣れないここでの生活に疲れてんだよ。

メシが美味ければ何でもいいお前とは違うんだ」

「情けないなあ」

四葉は呆れ顔で部屋の中に入っていった。

彼らはケーキのように部屋をきっちり三等分し、

生活をしている。

一番物が散らかっているだらしのない部分が

彼女の生活スペースだった。

ここに来てから敷きっぱなしの布団に寝転び、

大きな欠伸をした。

「息吹って意外と綺麗好きなタイプ?」

四葉が眠たげに聞くと、

息吹は読んでいた本を置いて言った。

「物が無いだけだけどな。

お前くらい沢山物持ってたら、

俺もお前と同じくらいのゴミ屋敷になる」

実際、息吹のスペースには大きなベットと

少しの本が散らかっているだけだった。

四葉は次は朔真の方を見て笑った。

「朔真は、

綺麗好きというかおっちょこちょいだよね」

朔真は「本当だよ」と自嘲した。

彼のスペースには、今日買ってきたと思われる

機械類の他に一切のものが無かった。

彼曰く、「あっちに全部忘れてきた」らしい。

四葉は昨夜不意に目が覚めた時、

彼が息吹のベットに

潜り込んで眠っているところを見ている。

「まあ、とりあえず私お風呂入ってくるから。

二人が今日得た情報とかもあるだろうし、

今夜も明日に向けて作戦会議はしようよ」

四葉が制服を脱ぎながら言うと、

二人は活気のない、

疲れ切った声で賛成の意を示した。

彼女は制服の中に来ていたTシャツ、

そして下着もその場に脱ぎ捨て、

裸の状態で指を指し言った。

「じゃあ、風呂行ってくるわ。

覗いたらもぎ取るからね」

二人は溜息をつき、面倒臭そうに返事をする。

「その格好で言われてもな」

「誰も見たがらないよ」

風呂場からシャワーの音が聞こえ始めた頃、

息吹と朔真の間には

本を捲る音だけが流れていた。


 作戦会議が行われたのは、

四葉が風呂から上がってしばらくしてからだった。

この部屋には時計が無く時刻は不明だが、

五分に一度、誰かの欠伸が聞こえてきた。

「ねえ、そろそろお話しようよ。

二人とも寝ちゃいそうじゃん」

布団に寝転び、

足をばたつかせながら四葉は言った。

「もう眠いしな。朔真、さっさと話して寝るぞ」

「おう」

一緒のベットに入っていた二人は起き上がり、

話し合おうとする態度を取った。

四葉も布団の上であぐらをかき、

朔真に指を指した。

「じゃあ、今日の成果から順に発表していこう。

朔真からどうぞ」

「ああ」

難しそうな顔をして、彼は話し始めた。

「その、

今日は大した写真は撮れていないんだけど」

朔真は白咲菫との間にあった事実と、

彼をそうさせた心の不可解で

衝動的な動きについて詳細に伝えた。

「後は、動画撮れる機械買ってきた、くらいかな」

彼は部屋の隅に置いてある袋を指を差す。

頷きながら聞いていた四葉は淡々と言った。

「なるほどなるほど。朔真は女の子の扱いって

ものを勉強したほうが良さそうだね」

息吹は悪戯な笑みを浮かべながら口を挟んだ。

「でも、本人は嬉しかったらしいぜ?」

「え、そうなんだ。意外」

顔色一つ変えず、朔真は言った。

「その話は今はいいから。

まずはみんな事実を共有しよう。

白咲の話はそれからだ。

ほら、息吹はどうだった」

聞かれ、彼はそうだなあ、と少し考える。

「俺も朔真と同じで、

胸に黒いモヤモヤしたものを感じたな。

でも俺はなんというか、方向性というか、

そんな感じのものが違ったんだ。

今日の朝な、咲凛花と一緒に登校したんだけど」

彼は、一日の咲凛花の生活と、

彼自身に起きた感情の爆発のような現象を

朔真のものと比較しながら説明した。

四葉は楽しげに指を鳴らす。

「なるほど、面白いね」

朔真は怪訝そうに聞いた。

「どこがだよ?」

「それはね」

彼女の口角が上がった。

「私たちはみんな、人間になってから

初めての感情の動きを体験しているってこと」

「もしかして、胸の中の黒いもやもやした何か、

衝動的な、感情?のことか。

四葉の中にも起きたのか、あれが」

息吹の問いに四葉は興奮しながら返した。

「起きたんだよ。二人とは全く違う状況で、

もっと本能的ですごいやつがさ!」

四葉は放課後、咲凛花と花水木先生の間に

行われた行為と

彼女に起きた強烈な体験を事細かに解説した。

「性への目覚めは多分、

私たちがより

人間になるために重要なことだと思う。

というか、息吹?大丈夫?」

彼女の視線の先にいた息吹の表情は、

何かを必死に堪えているようだった。

それが例の胸の中に

起こる黒い衝動によるものだと

3人は瞬時に理解した。

「多分、怒ってるんだよ、俺。

本当に多分なんだけど、

この気持ちは

咲凛花を思っての事なんかじゃなくて、

ただただ気に入らないんだ。

咲凛花になら何してもいいっていう人間に

腹を立てているんだ、俺は。

人間の腐り様に怒っているんだ」

朔真は息吹を優しくなだめた。

「落ち着け、息吹。ここに、人間はいないから」

「ああ、分かってるさ」

沈黙が場を支配した後、四葉が口を開いた。

「じゃあ、明日はそれぞれの人間性とその衝動に

向かい合う一日にしようよ。

私たちの目的は、

魂の善い悪いを判断してみせる事なんだからさ。

その為には人間の本質、

みたいなのを理解しなきゃいけないでしょ?」

「賛成」

朔真は言った。

「咲凛花の監視と写真撮影は続けつつ、

僕は自分と向き合ってみることにするよ」

「白咲ちゃんとよく関わってみるんだよ」

「了解」

「息吹も、それでいい?」

息吹は腕を組み、か細い声で同意した。

「ああ」

四葉が手を叩き、明るく言った。

「よし、作戦会議おしまい!

後は適当にくっちゃべって寝るぞ!」

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