追求 残り5日

「ん?どういう状態?」

場違いな陽気で、元気な高い声が教室に響いた。

四葉は朝から特盛のラーメンを完食し、

膨れ上がった腹を撫でながら登場した。

まるで人の世に天使が舞い降りたかのように、

その場にいた全ての生徒の視線が

一斉に向けられた。

四葉は不思議そうに教室を眺めた。

息吹と咲凛花、そしてまだ名前も覚えていない

女の子と男の子の4人がなにやら険しい雰囲気で

向かい合っていて、

それ以外の生徒達は全員その様子を眺めていた。

その中には朔真の姿もあったが、

彼はひどく深刻そうな顔をしながら

ショートカットの女の子に手を握られているという

不可解な様子だった。

「ねえ、四葉ちゃん」

息吹達と向かい合っている茶髪の女の子が、

品定めをするような視線で私の目を見た。

「咲凛花のこと、どう思う?」

見ると、咲凛花は期待と不安が

入り混じったような顔をしていた。

「どう、と言われてもねえ」

「そっか。じゃあ、教えてあげる。

この子がみんなに、なんて呼ばれているのか。

豚女。豚女だよ四葉ちゃん。わかるでしょ?」

口元を大きく歪ませ、女の子は楽しげだった。

「は?分かんないけど?」

「え」

彼女の態度が気に食わなかった

私は反射的にそう言っていた。

教室の中を流れる空気の流れが一転し、

止まっていた時間が動き出したように

辺りから話し声が聞こえてきた。

挑発的な私の発言に驚いたのか、

女の子の笑顔は真顔に変わった。

「まあ、そうだね。少なくとも咲凛花は、

あなたよりは断然可愛いと思うよ?

ていうか、

あなたよりブスな女っているの?

お風呂上がりに化粧水を塗りたくるよりも、

まずその腐った性格を直した方がいいね。

あなたも顔は悪く無いんだからさあ。

まあ、どんなに頑張っても私には勝てないけど」

嫌味たっぷりに見下してやると、

女の子は顔を真っ赤にして近づいてきた。

息を荒くして、彼女は精一杯威圧してきた。

「誰に言ってるか分かってんの?」

「さあ?あなた誰?」

「覚悟しろよ、お前」

「ごめん。私、豚語分かんないの」

挑発を続けると、

耳まで赤くした彼女は手を振りかぶった。

内心、楽しくて仕方がなかった。

そして、私に向かって放たれた平手打ちは

当たる寸前のところで止められた。

横を見ると、

女の子の腕を掴んでいる咲凛花と目が合った。

その直後、停戦を告げるチャイムが鳴り響いた。

これから間も無く朝の会が始まる。

「覚えてろよ」

女の子はいかにも小物らしい

捨て台詞を吐き捨てて、自分の席へ戻っていく。

少し不安そうな顔をしたもう1人の男の子も

それに続いた。

「息吹、大丈夫?」

「ああ、心配するな、大丈夫だ」

咲凛花の声が聞こえて見ると、

息吹は疲れ切った様子で項垂れていた。

彼は顔を上げ、私に言った。

「おい、四葉」

「なに」

「あいつらには、気をつけた方がいい」

私はそれを、明るく笑い飛ばしてやった。


 「給食って案外美味しいよね!

私あのおばさん達舐めてたわ」

大声で話す四葉を朔真が注意した。

「おい、あんま声量出すな。

勉強してる人とかいるんだから」

「あ、ごめんごめん」

辺りを見渡してみると、

ちらほらと三年生らしき生徒達が

机に勉強道具を広げて難しそうな顔をしていた。

時計は一時を指している。

給食を食べ終えた朔真と四葉は図書室で

向かい合って話していた。

「まあ、確かに給食は思ってたより美味いけどさ、

それは今はどうでもいいんだ。

話さなきゃいけないことから話そう」

「私にとっては重要なことなんだけどな。

まあいいや。で、今んとこどう?」

「朝の騒動の写真を数枚撮ったくらいだ」

「ふうん。私も咲凛花についてそこらへんの人に

聞いてみたりしたんだけどね、

私が彼女の名前を出した瞬間

みんな黙っちゃうんだよ」

四葉は不満そうに髪を弄り出した。

「僕達は知識でしか人間のことを知らないし、

ここに来てから日も浅いんだ。

人間は合理性だけで動く生き物でも無いし、

彼らは本当に自分自信を

理解することが出来ている訳でも無い。

僕達が人間のことを理解しようとする方が、

もしかしたら間違っているのかもしれない」

「なるほどなるほど、一理あるね」

「だから、これは一つの見方なんだけどさ」

僕は力を込めて言った。

「感情とかそういうの全部抜きにして、

事実だけで善い悪い判断するのはどうだ?」

四葉は興味ありげに身を乗り出してきた。

「確かに、感情なんて飾りだもんね。

進化の途中で手に入れた、人間の

都合不都合を綺麗に濾過したものだもんね」

「ああ。だから、この見方で言うと、

弟切咲凛花の魂は、悪だ。

同級生からの嫌がらせに屈しているのは

彼女が弱いからで、弱いとは、

他より劣っているということだ」

言っていて、自分の発言ではあるが、

どこか違和感を感じていた。

「私は逆だと思うな。咲凛花ちゃんは強いよ」

四葉は言った。

「事実だけを見るなら、あの場で

一番苦しかったのは咲凛花ちゃんだと思う。

だから、それに耐えられている

咲凛花ちゃんは強い、のかな」

彼女も、言いながら最後には首を捻っていた。

「そもそも魂の善い悪いって

何で判断すればいいんだろ。分かんなくない?」

「ああ」

僕達は揃って溜息をついた。

「まあ、またこれについては今日の夜、

息吹も入れてゆっくり話そう」

「そういえば、息吹今何してんの?

昼休みはここに集合しようって

昨夜約束したじゃん」

「あいつは咲凛花と一緒にいるよ。

俺らと話すより、そっちの方がいいんだってさ」

「ふうん、そうなんだ。まあいいけど」

四葉は勢いよく立ち上がった。

「じゃあ、私は予定通りに放課後、

咲凛花のストーカーになるから。

朔真は買い物よろしくね」

彼女はそう言って足早に去っていった。

1人になってしまった僕は目を瞑り、

深く思考を巡らせた。

人間の本質とは、一体なんなのか。

どうして人間は、何によって、

あえて不合理なことをしようとするのか。

いくら考えても答えは出てこなかったが、

たった一つだけ、僕は手掛かりがあった。

それは朝の騒動の際、白咲から触れられた時に

僕の胸の中に生じた強い衝動だった。

その衝撃は、

確かに僕の思考を奪い思考を停止させた。

これこそが、人間性なのでは無いだろうか。

「だーれだ」

顔の目の辺りに優しく触られる感覚がして、

覚えのある儚げな声と肉感、体温が伝わってきた。

遅れて甘い香水の匂いが思考を鈍らせる。

再び、僕の胸の中に強い衝撃が走った。

今朝と同じように抑え込もうとしても、

胸の中から得体の知れない激流が

溢れ出して止まらなかった。

「白咲」

仕方なくその状態のまま返答すると、

目隠しのための手は離され、

「名前は?」と聞いてきた。

声のする方を見ると、

少し頬を赤くした白咲の姿あった。

衝撃のせいか、外に聞こえてしまいそうなほど

心音が早く大きくなって、

不思議な高揚感と体の震えが生じた。

「菫」

僕は彼女の名前の、

紫色の可憐な花の名を口にした。

可愛らしい彼女に、似合っていると思った。

「あたり」

それを聞いた彼女はそう言ってはにかんだ。

その様子を目の前にした次の瞬間、

僕の中で何かが切れた。

まるで体を何者かに乗っ取られたかのように、

それでいて僕のしたいように

無意識に体が動き出した。

そうしながら、僕は理解していた。

これこそが、欲望こそが人間の本質である、と。

気付いた時には、

僕は彼女の熱い肉体を強く抱き締めていた。

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