追求 残り5日
咲凛花の異変に気付いたのは、
生徒玄関にたどり着いてすぐだった。
俺は外靴を脱ぎ
すぐに中靴に履き替えたのだが、
何故か彼女はいつまでも
中靴を履こうとしなかった。
それどころか、外靴を脱ぎ、
靴下の状態で廊下を歩き始めた。
「おい、ちょっと咲凛花」
声をかけても、さっきまでとは打って変わって
反応が返ってこなかった。
咲凛花は迷いのない足取りで何処かへ歩いていく。
見ると、彼女の目からは光が消えていて、
ただ、悲しそうな目をしていた。
通行人や、廊下にたむろしている中学生達は
上靴の無い、
靴下の状態で歩く咲凛花の姿を笑っていた。
俺には、何が起きているのか理解出来なかった。
どうして咲凛花は中靴を履かない?
どうして彼らは咲凛花のことを笑っている?
どうして彼らは咲凛花を助けようとしない?
「咲凛花、一体何が起こってるんだよ」
俺がそう聞くと、咲凛花は震える声で言った。
「黙って。いいから着いてきて」
俺の胸の中に、黒い煙のようなものが生まれ、
そして蠢き出したのが分かった。
校内の端にある、
青くて大きなゴミ箱の前で、彼女は止まった。
この場所には人気が無く、
どこかから誰かの笑い声が聞こえてきた。
何をするつもりなのか、じっと見ていると
彼女はゴミ箱を開け、漁り始めた。
「え、何してるんだよ。そこに何があるんだよ」
恐る恐る聞くと、
ぼそぼそとした声で返答が返ってきた。
「私の、中靴」
「どうしてそんな所にあると思うんだよ」
「いっつもここだから」
「いっつも?お前、どういうことだよ、一体。
なんかやったのか?
それで嫌われちゃったとかなのか?」
「なんもしてないよ、私は」
「何もしてないなら、なんで」
聞いても聞いても、話が一向に掴めなかった。
その間にも、彼女はゴミ箱を漁り続けている。
俺はそんな咲凛花の姿を
見るのが耐えきれなくなり、
力づくで彼女の腕をゴミ箱から引き離した。
すると、彼女は観念したように小さい声で言った。
「虐められてるんだ」
虐める、という言葉は俺の中に
知識でしか無かった。
確か、弱い者を精神的、肉体的に痛めつけること
だったと記憶している。
彼女は続けた。
「でも、仕方ないんだよ。皆怖がりだから。
やりたくて、やってる訳じゃ無い。
私には分かるんだよ。
私がいなくなったら、次の人が生贄になる。
だから、仕方ないの」
「仕方ない訳ねえだろ!」
俺は反射的に怒鳴っていた。
胸の中に蠢く得体の知れない黒い煙が、
爆発したかのように俺を衝動的にさせた。
「人間のことはよく知らねえけど、
何もしてないのにお前がこんな目に遭って
悲しい気持ちにさせられるのが
仕方なくてたまるかよ!」
「でも、本当なんだよ。仕方ないんだよ」
「もし本当にそうだったら、
人間ってのは何て腐った生き物なんだよ!
お前の悲しい気持ちの上に成り立つ幸福の
どこに価値があるっていうんだよ!」
「でも、息吹だって人間じゃん。
気付いていないだけで、息吹だってそうだよ」
「いーや!違うね!」
俺は咲凛花の肩を掴み、真っ直ぐに目を見た。
「俺は人間じゃねえ!お前らみたいな
下等生物と一緒にするな」
咲凛花はこちらを見つめ、
理解できないといったように首を捻っていた。
「いいか?俺は人間じゃない。
だからな、俺には
お前らに出来ないようなことだって出来るんだ。
俺が、絶対お前を救ってやる。
頑張るから、そんな悲しい顔はしないでくれ」
そう言うと、咲凛花は俯いて
「勝手にしなよ」と言い捨てた。
だが、俺は確かに一瞬、こちらを見る彼女の目に
光が灯ったのを見逃さなかった。
「じゃあ、まあ。探すか、靴」
「うん」
俺たち2人はゴミ箱に手を突っ込み、
中身を漁り始めた。
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